今後のトンガの火山噴火に伴う津波注意報には、奄美の島民の避難所への

行動は早かった。

約60年のチリ地震津波のことを、覚えている中高年の方々は、時代の移り変わりを

感じたと思う。その時の方か確実に名瀬の街に、津波の波が打ち寄せた。

今も語り草になっている。

 

奄美大島は、リアス式海岸になっている。地震津波に弱い風土だ。

 

江戸時代の薩摩藩は、奄美の砂糖搾取により藩財政を立て直した。

それは、奄美大島特有のリアス式海岸を埋め立て、その開発地に

サトウキビを植え付け、砂糖から莫大な利益を生み出した。

 

 

島の至る所に、その痕跡があります。内陸部で、勝という名のついた集落(私の勝手な思い込み、笑)の大勝、中勝、など龍郷の干拓地、又は、海岸沿のリアス式海岸の

浦の干拓地、又は、加計呂麻島の安脚場、などであるー。

 

 

 

 

NHKの土曜日に放送された「ブラタモリの奄美」では

当時の薩摩藩の財政立て直しに、酷使されたサトウキビ栽培が行われたことの、紹介があり、いかに島民を苦しめたかが、放映されました。

 

加計呂麻島の安脚場で開拓に携わった人々で、新しく竜郷町の安木場を開拓した、そのことは、あまり知られてない。

 

暗い影を落とした歴史の事実を、語り継ぐことをためらう風習があったのではないか。

 

歴史を直視して、新しい奄美大島は進んで欲しいものです。

 

奄美大島の主都、奄美市新安田市長は、若さを武器に、未来志向の期待を背負って当選した。果敢な市の行政を行なっていただきたい。