『固定観念に気付き、捨て去る』
自由に生きたい、と叫び旅に出る若者は多い。
日本を出て海外を一人歩きすれば何もかもから解き放たれ、その感覚を"自由"だと感じるかもしれない。私もそうだった。一人旅は自由ではない。ただの休暇である。
"自由"とは寂しい人間を指すあだ名。ある詩人はそう言ったがそれもちょっと違う。
自由。それは今まで生きてきた中で成長と共に体に巻きつけてきた固定観念という鎖を1つ1つ外していく作業である。と私は定義したい。
残念な事に学校でこの鎖の縛り方は学ぶが、外し方は学ばない。
具体的にどんな鎖が我々に巻きついているのか箇条書きにしてみよう。
・年相応に生きる
・大学は賢いほうがいい
・会社は大きいほうがいい
・出世すると嬉しい
・サービス残業当たり前
・金持ちがいい
"年相応に生きる"は分かりやすい。よくこんな言葉を良く聞く。
『もう30歳なんだから結婚しないとやばい』
『もうそんな歳でフリーター?』
『オレも歳だから落ち着かないとな』
だれが決めた訳でもないのに、そんな会話は当たり前に飛び交う。
その当たり前の鎖を外す事は君にはできるか?
『結婚は縁が周ってくるまでゆっくり待つわ』
『定職につかなくても健康だったら大丈夫』
『オレはジジィになっても青春は続く』
そう言えるだろうか。
アメリカ人には年相応という鎖が初めから巻き付いていない。
人は年齢ごとにこうあるべき、という概念がない。だから好きな時に好きなことをする。
僕はニューヨークで演劇の専門学校に通っていたがクラスメイトに70歳の老夫婦がいた。
これからドラマに2人で出たいと言っていた。
"会社は大きい方がいい"も分かりやすい。大きい会社に勤めると良いのだろうか?
『一部上場企業で部長やってますから』
そんなもの何も偉くない。僕は一部上場企業の大手で働いていたが、みんな働き過ぎて疲れきっていた。休日も仕事の事で休まらない。僕の元同期はメンタルがやられ会社を半年以上休んでいる。
良い大学を出て、良い会社に入って、20代半ばで結婚して30歳になる前に子供つくって後は子育てと老後の為に働く。出世するために頑張る。
きっとそんな骨組みが日本にはあり、良しとされているから勘違いする人が増えてしまうのだ。きっと戦後はこの生き方をすれば食いっぱぐれなく生きていけるから良しとされたのだろう。時代は変わった。変革が起きるぜ。
変化"とは今あるもので今あるもを変化させる事ではない。
今あるものを陳腐化する新しい骨組みを僕が構築します。
















