娘と風呂に入って「何大陸にはどんな国があるか問題を出して」と言われた。
「南アメリカ大陸は」と聞くと、「ブラジル、アルゼンチンと」答えた。「あとは?」と聞くと、「う~ん」と言って出てこない。そこで、「チリやペルーもあるよ」と教えた。「そうだ。それもあった」と、むすめが言い、そのあと、「ウルグアイとパラグアイもある」と言い出した。確かにその国名には聞き覚えがあり、たしか南米だったとあやふやな記憶しかなかったので、今度は私が「う~ん。確かあったような・・・よく覚えていないな」と言って、その時は風呂を出た。
寝る前の歯を磨くとき、仕上げ磨きで母親が待機してが娘は、工作で作った地球儀を私のところに持って来て、「パパほらここパラグアイとウルグアイ」と見せようとした。私は、寝る時間も時間も過ぎて、妻が待っているので、適当に見て「分った分かった。さぁ、ママが待っているから早く歯を磨きなさい」と急かしてしまった。後から、“ああ、ここか、よく思い出したね”と褒めてあげればよかった。わずか30秒もかからない事なのに、何故、そんなに急かしたのか。何故、やらなければならないという固定観念がこんなにも強くなってしまったのか。物凄く落ち込んだ。確かに30秒の積み重ねがあとあとになって影響し、寝る時間が遅くなることはあるが、それよりも、子どもが興味を持って楽しんで覚えよう、伝えようとしていることを自分の“早く寝かせなければならない”といった“強迫観念”で子どもの思いを否定してしまうことの方が、子どもにとってはよっぽど不幸で不健全なことなのだろうと改めて考えた。