端的な例を上げると・・・。

骨盤の右側が上に傾き、脊椎がS字状に歪んでいる
レントゲン写真を見ると、整形外科医は背骨の曲がりを指摘し、

骨盤の傾きは無視する・・・?

自然良能会が主張していることは、
骨盤が左右均等になっているから、
その上に乗っている脊椎(背骨)は安定しているが、
骨盤が傾けば当然脊椎は不安定になる、
余分な負担がかかって歪みを生じさせるものである。

その骨盤を狂わせるのは、骨盤の仙骨と腸骨をつないでいる
一対の仙腸関節のズレなのである。

骨盤調整は根本の原因である仙腸関節を矯正することで
解決する治療法であって、これは同会が編み出した、
他にはない独特のものである。

そうした自然良能会の理論を、現代医学の医師たちよりも、
交通事故を扱う損害保険会社の担当者の方が理解したのか、
支部によってはそうした保険会社から、

「治療は自然良能会の骨盤調整を受けた方がいいですよ」
と勧められて、治療に来る事故被害者が多くなったと聞く。

理解云々というのは少々言い過ぎかもしれないが、
病院や他の治療を受けるよりは、
骨盤調整にかかった方がはるかに治りが早いことを、
実際のケースでみてわかったのであろう。

そして、当人がびっくりするくらい、
早く回復していく。

そうした評判で、保険会社は安心して同会の治療を
推奨しているようである。

さて、Mさんだが、病院に通ったが
よくなるどころが悪くなる一方で、
歩くのも苦痛になり、仕事にも障りが出て困っていた時、
知人の一人が同会の噂を耳にして、

「ためしに一度治療を受けてみたらどうだろう」
そう勧められて、自然良能会に来たのだった。

頚椎がズレており、そのまわりの筋肉がかなり萎縮していた。
当然仙腸関節も狂っていた。

同会では、ムチウチ症だからといって、
やたらにひっぱるような治療はしない。

いってみれば、ムチウチという症状が
いまひとつ釈然としないし、
適切な治療をしていないように思える。

自然良能会独特の仙腸関節を調整し、
そして仙腸関節に次ぐ要の関節である胸鎖関節を調整する。

そして最後に頚椎を、バキ と、
なんとも凄い音をたてて調整すると
Mさん、びっくりした表情で、

「ウソみたいに首筋が楽になりました」
ニコニコ顔でそう言った。

それからMさんの自然良能会への通いが始まったのである。
だが、思った以上にやっかいな症状であった。

週1度の通院だから、当初は一進一退を繰り返す日々がつづいた。

そうしながらも、緩慢ながらじりじりと良くなっていった。

Mさん自身も手応えをはっきり感じられるようになったのは、
3ヵ月後のことである。

そのころから回復の加速度がぐんとついた。
現在は、以前のように、好きなスポーツを
若い人たちに混じって楽しんでいる。

そして、疲れがでると、すぐ治療を受けにくる。
治療を受けると疲れがすぐに取れ、
後に残らないという。

いまにして思うと、Mさんはムチウチ症というよりは
骨盤変位の全身症状だったようだ。

交通事故の症状


■ 治らない治療に苦しんで


現在48歳になるMさんは、自然良能会に初めてきたのは、
2年近く前の7月の半ばだった。

Mさんが訴えた症状は「ムチウチ症」。
交通事故によるものであった。

背が高く、肉付きの良い体型であった。

だが、初めて治療室に入ってきた時は、
首を固定するためのコルセットを巻いていた。

身体の右半身をかばうような歩き方で、
そろそろと入ってきた。
いかにもつらそうな格好だった。

聞けば、首から右側の背中、腕、
そして腰にかけて痛みとシビレがあるという。

幹線道路を走行中、とある交差点の手前で信号が赤だったので、
停車するためにスピードを落とした瞬間、
後続車がぶつかってきたのだった。

ドオーン、と追突された瞬間、
ガクンと頭部がのけ反ったのである。
(やられた・・・)と内心叫んだ。

首筋に一瞬、激痛が走ったが、車を降りて、
追突した男・・・会社名の入った車を運転していた。

30代半ばの営業マンであった。
と話し出した時には、
首筋をねじったような疼痛を伴う違和感と、
身体全体にだるい感じがあったが、
さして悪い症状ではないと思ったという。

その運転者はしきりに「申し訳ない」と謝罪し、
警察に事故の報告をした。

ともあれ病院に行って検査してくださいということで、
もよりの病院へ行きレントゲンを撮ったりとあれこれ検査をした。

その結果、ムチウチのおそれはあるが、

他はさしたることもないだろうという診断だった。

Mさんは大事な会議があったので、
その足で会社にでたのであった。

それから数日してから、
違和感のあった首筋が激しく痛みだし、
身体の右側が随所に痛み、シビレが出てきたのである。

Mさんはあわてて病院へ行き、
整形外科にかかることになった。

医者は「ムチウチ症」との診断を下したが、
その他の痛み、シビレについては具体的な説明はしなかった。

ともあれ首輪のようなコルセットを付けられ、
首の牽引などの手当を受けたが、
改善する兆しはまるでなかった。

いつも繰り返しているように、
現代医学は「対症療法」であるから、

患部が見えるもの・・・
傷口とか炎症、腫瘍などには明確に対処できるが、
「見えない」症状である、骨格や筋肉などの
歪みや癒着などには手を焼くようだ。

ましてや腰痛や神経痛関連の症状の根本原因である骨盤、
すなわち仙腸関節についてはいまだ無視しているのだから、
対応のすべがない。
 

翌日、大袈裟なようですが、
私は最後の望みを託して行きました。

いま思うと恥ずかしくなるほど、人目も気にせず、
髪も振り乱していたのではないだろうかと思いますが、
ただただ楽にしてほしい、という気持ちでいっぱいでした。

そこにいる人々の顔もなにも覚えていないくらいです。
先生にこれまでのことと現状について質問され、
必死な思いでお答えしました。

それからは、バラコンバンドというゴムの巻き方、
足と腰の運動を教えていただき、
恐る恐る動かしてみました。

その後は全身の状態をひとつひとつ確かめながら
丹念に時間をかけて治療してくださいました。

なにより、どこに行っても触れようとしなかった患部に、
加減しながらも直接治療行為をやってくださるのが
有難く思われました。

すぐに楽にはならなくても、
当分ここに通ってみようという思いを強くしました。

少しずつ、少しずつ、しかし確実に
腰痛が薄らいでいくのがわかりました。

トイレに行くことが初日からさほど苦痛でなくなり、
10日あまり顔も洗わず、髪の手入れも怠っていたのが、
2回、3回と通ううちに
ひとつずつできるようになりました。

次第に自信も出てきて、台所にも短時間ながら
立ってみたり、その辺を庁付けてみたりと、
だれの目にも明らかに良くなっていくのが
はっきりとわかりました。

外見にも表れるようで、
「あんなに辛そうだったのに、
もうそんなによくなって・・・?」
と会うう人ごとに声をかけられました。

それでも痛みは少し和らいだかと思うと、
またぶり返したりで、睡眠もなかなか充分にとれず、
まだまだ時間がかかるなあ・・・と覚悟してまし

1ヶ月月完全に休んでいた仕事も、治療所に来て、
3週間もしないころに少し始めました。

家事はほぼ元通りにやり、買物や外出も
その日の様子に合わせてですが普通にやっています。

苦しめられていた不眠さえ、
4時間は確保できるようになり、
どうかすると6時間も続いたりして、
これは腰痛が始まる以前よりよい状態です。

歩くことも立っていることも苦痛だったのが、
次第に痛みを覚えることが頻繁でなくなり、
時には全く感じなくなっていることに気がつきました。

もうなにも心配することはなく、
あとはきるだけ通い、家ではバラコンバンドを使った
体操を欠かさずやることに尽きると思います。

思えば治療も体操も人一倍嫌っていたこれまでの
私ですが、治療所へ行くのが少しも苦痛ではなく、
むしろ楽しんでさえいることに驚いています。

毎日、毎週自分でも気付くなんらかの
「うれしい変化」がありました。

先生も助手の方々も、いつもその「変化」に
いち早く気づいてくださり、
励ましてくださいました。

骨盤のズレを中心として矯正・治療していただいていることで、
同時に身体のほかの部分も矯正され、
改善されていくこととうかがっています。

腰痛になったおかげで前よりも
健康になったと言えるように、
これからも治療に励みたいと思ってます。

病院で治らなかった症状が骨盤調整でみるみる解消!!


日々新たな患者さんとの出会いがあり、
つらい思いで来たその患者さんが、
温かい雰囲気と励ましの中で「治る」
確かな手応えに際して見せる無言のほほ笑み。

 

それこそが患者さんばかりではなく、
治療する先生方にとっても、
なによりのよろこびであり、
励みであり、感動なのです。

 

これが自然良能会の各治療所(支部)で
見られる日常的な光景です。

 

それは治療する人とされる人とが、
信頼の絆で結ばれていればこそのことで、
「治す」ことに共に懸命な努力をする。

 

こうした同会の治療所なればこそ
他のもろもろの治療にはない
熱気と和みがたえずあるのでしょう。

 

■ 腰痛を転じて福となす思いで

 

これまでは「腰痛」とか「ヘルニア」などといった言葉とは、
まったく縁がないと思っていた私でした。

 

それが、ある朝、激しい痛みを腰に感じたのです。
突然のことに信じられない思いでした。

 

それでも、疲れからくる一過性のものだろうと軽く見て、
痛みをこらえて職場に行きました。

一時間もしないうちに激痛に耐えられなくなってしまいました。

 

腰は90度に曲がり、わずか30メーートルほど移動するのに、
何度もしやがみ込んでしまったのでした。

 

結局、病院での検査の結果は
レントゲン、CT、MRIのいずれも


「椎間板ヘルニア」という診断で、

 

急速入院となりました。

 

そして、痛みが激しい間は様子を見て、
いずれ手術か牽引をすることになるだろうという宣告で、

プロック注射、筋肉注射、座薬、錠剤と、
医者のいうままに行いました。

 

どれも痛み止めの処置でした。
でも、全て1回きりで断わりました。

 

少しでも効き目があって眠ることができれば、
痛み止めの処置を受けることもしかたがないと
考えていたのですが、ほとんど効かなかったからです。

 

一睡もできずに朝を迎え、2日目の夜も同様でした。
そこで、退院を決意しました。

 

退院してからも、20分、30分と寸断された睡眠しかとれず、
必死になって治療が受けられるところを探しました。

 

結局、鍼灸、脊椎矯正などの治療院にも
数回ずつお世話になったのですが、
いずこも私があまりに痛がるので、
患部の周辺の治療にとどまりました。

 

痛みはその場だけ和らいだような気がするものの、
家に帰ればまったく変わっていないことに気がつき、
目の前が暗くなっていくような気持ちでした。

 

家事はいっさいできず、トイレに通うのも大仕事に感じ、
30分以上続けて眠ることがでません。

睡眠時間は極度に不足していました。


それが一番辛いことでした。

そんな日が10日あまり続くうちに、
痛みは大腿部にも拡がってきました。

 

このまま治らなかったらと思うと、
落ち込まずにはいられず、挫けてしまいそうでした。

 

そんなときに、近所の友達が見舞いに来てくれ、
2冊の本を持参していました。

 

それは、「椎間板ヘルニアは手術なしで治る」

という本と、その具体釣な説明を中心とした本で、
どちらも「自然良能会」とあり、著者の名前も同一でした。

 

痛みをこらえて必死に読み進むうちに、
なぜか希望がわいてきて、

 

「私のさがしていたものはこれだ!」
と心で叫んでいました。

 

すぐに巻末の治療所等の一覧表が目に入り、
同じ近所にも治療所があるのを知って
夢中で電話をかけました。

 

しっかり、こちらの話を受け止めてくださり、
次の日に来るようにと言われました。

 

求めていたのはここかもしれない、
と予感のようなものを感じながらも、


その一方で、もしここがダメだったら、
どうすればいいのだろう・・・


という不安も拭いきれませんでした。

 

今回の症例であるHさんが、初めて自然良能会に
来たときは28歳であった。

だが5~6歳は若く見えた。
とはいっても、若々しいというのではなく、
弱々しくて力のない風情が、
たよりなげな女性と映ったのであった。

顔の色艶がない。
中肉中背で、痩せている様子はないのだが、
とにかく見るからに不健康な感じであった。

痛いのだろう、右の臀部に手をそえて、
そろそろとした足取りで治療室に入ってきた。

訴えた症状は、「腰椎椎間板ヘルニア」

腰椎の3番と4番の間と、4番と5番の間に
ヘルニアがあると話したのである。

右腰はもちろん、右臀部から太もも、膝から下まで、
つまり右下半身が全て痛いというわけだ。

それに背中もキリキリと痛むそうで、
椅子に座ってなにかをしていても、
ちょっと身体を動かしたりとか、
なにかの拍子で激痛が走ったりするという。

いまは、「家の近所を歩くのもつらいので・・・」
ほとんど家の中でブラブラしていると言った。

「私って、しごく丈夫だとは思っていませんが、
だからといってそんなに弱いわけでもないと思っています。

第一、これまで病院へ入院するような病気に
かかったこともないんですよ」というのだった。

ところが2年半ほど前から、
腰に違和感をおぼえるようになったのだ。

当初は軽い痛みで、「ちょっとした疲れかな」と思った。
おぼえがある。少し前に女友達3人で旅行をしたのだった。

そのときに、楽しいばかりについついはしやぎ過ぎてしまった。
その疲れが出たのだろう。(そのうちに治るわよ・・・)
そう思って意に介さなかった。

一般的な通例の「たかが腰痛くらい」という感覚だった。
だが、Hさんは自身では「弱い体質ではないのでは」と
思っているようだが、十代のころから疲れやすい体質で、
それだけに活発に遊んだり、運動したりした記憶はない。

あまり外へいって遊んだことがなかった。
また、外へいっても遊び相手もいなかった。

みんな低学年のうちから学習塾へいっているからで、
Hさんも同じように塾へいき、
その他にバレエ教室へも通わされたが、
それはすぐに「お稽古がきついから」といってやめてしまった。

そんなHさんの腰の痛みは、当初のときおり痛みが伴うが、
さして気にもならなかった違和感が、
いつしか絶えずしくしくした疼痛になり、
その痛みが次第に強くなった。

ふと気がつくと軽く跛行をしている自分に気づき、
愕然としたものでであった。

痛みは慢性的になり、耐え難い激痛に襲われるようになって、
あわてて病院の整形外科にかかったのである。

そこで医師に宣告されたのが、
「腰椎椎間板ヘルニア」であったというわけだ。

だが当然のように整形外科の処置では・・・?

五味会長も本誌や著書の中で詳しく述べられているが、
端的にいえば根本原因である骨盤(仙腸関節)を
無視しているのだから、治るわけがないのである。

きわめて簡単な理屈なのだが、
Hさんはそうしたことを知らなかった。

つらいのでマッサージにもかかりながら、
整形外科に通院していた。

そのうちに歩くのも大変になってきた。
会杜の仕事もできなくなって、母親に相談すると、
「辞めて家で静養しながら治しなさいよ」と言われ、
退職したのだった。

それからしばらくすると、担当の医師から、
「これはもう手術するしかないでしょうな」と言われた。

ショックだった。悩んだ!

でも、それしか方法がなければと半ば覚悟した時に、
五味会長の著書「椎間板ヘルニア手術なんてとんでもない」
を母親が書店から見つけてきたのである。

それで自然良能会に来たのだという。
初診は五味会長が診る。

右仙腸関節が大きくズレている。左も同様だ。
だが、それほど重度な症状ではない、とさらりといった。

いわれてHさんはびっくりした。
同会長はすぐに調整治療にかかった。

終わると、再度驚いた。
身体がウソみたいに楽になっていたのだった。

それからHさんの治療所通いが始まった。
何回かすると、顔色がよくなってきた。
弱々しかった所作がしゃきっとしてきた。

骨盤調整の本当の効果は、まさに眼を見張るものがある。
それだけに、こうしてみるみる良くなる経緯を記しても
「ウソっぽい」と取る素直でない人もいる。

「これまで私、どうしていたんでしょうね」
というHさんもそうした一例である。

腰痛になる事態が異常なことであり、
しかも腰痛にとどまらず、いろんな症状を誘発する。

 

その恐ろしさを知らないのだ。

 

■ 若い人たちの腰痛が増加する原因はどこにあるのか?


「四十肩に五十腰」という言葉があるように、
肩こりゃ腰痛は高齢者特有のものと定評であったのは、
かなり以前のことである。

 

たしかに本来はそうしたものであり、
若年層には無縁の症状であった。

 

それがいまでは死語になったように思えるほど、
肩こり、腰痛は年々低年齢化している。

 

にひどい状態になってようやくあわてるのが常である・・・

そうした傾向が問題だといえる。


まだ小学生の、それも低学年の子どもが、
「肩がこる」と訴える。

 

本来なら、肩がこるとか、
腰がだるいと言い出す中高年の人たちにとっては、
自らの幼児期を振り返って愕然とするだろう。


考えられないことである。

 

ところが現在では、幼少児の肩こり、
腰痛が珍らしいことではなくなっている。

そうした現実が問題だ、というのだ。


いまだ10歳前後の子どもが
「肩こり、腰痛」を訴えることが多い事実に驚くよりも、
こうした子どもたちを作りだしている
「現実」の異常さに驚くべきであろう。

 

いまの生活環境、育児法、教育のあり方などの
もろもろを含めた現実が、
不健康な子どもを生み出しているのは確かである。

 

それは単に肩こり、腰痛だけの問題ではなく、
根本的な体力、体質に関して子どもたちを蝕んでいるようだ。

頭脳の秀れた人間に育成することは大切だ。

 

しかし、そのために塾などに通わせ、
勉強漬けにして体力のない、
不健康な子どもにしては意味がない。

 

教育とは・・・知育・体育・徳育の三つの要素が
バランスよく取ることで成り立つものである。

 

ところが教育の現状は、知育ばかりに偏重して、
体育(身体を銀えること)や
徳育(正しい心のありようを育むこと)を怠っている。

 

いずれにしても、最近の若年層は体格は大きくなってはいるが、
根本的な体力は格段に落ちていることは確かである。

 

「若い人が腰痛を訴えるなんて・・・」
と不思議がったのは以前の話であり、
いまではきわめて自然のことといえよう。

 

つまり遅かれ早かれかならず腰痛に見舞われるということだ。

 

生活環境の面からいえば、現在の住居は洋式多用で、
昔の日本式と較べるとはるかに腰への負担は軽いのだが、
それでいて腰痛人目が増えているというのは、
便利過ぎることが反対に腰(つまりは骨盤)を
鍛えることを怠って、やわな身体にしてしまったといえる。

 

つまりは、良くも悪くも「環境」がそうした若者を
つくり出したといえるのではないだろうか。

 

 

Aさんの息子さんも腰痛で自然良能会に
かかったことがある患者さんのひとりであった。

それなのに、左足が重くて痛いなどといった
症状が出だのは3年ほど以前のことである。

それからずうっと病院通いをして
整形外科の治療を受けていたもので、
結果的にはよくなるどころか悪くなるばかり。

全身症状になって歩行もままならぬようになり、
息子さんに言われてようやく
自然良能会の治療を受ける気になったという。

このことは、Aさんの不明というよりは、
我々の治療法がまだまだ知られていないということを
反省しなくてはいけない。

骨盤調整のなんたるかを広く知らしめる努力が
いまだ足らないということである。

Aさんを治療したのだったが・・・?

当人が訴えたのは全身症状だが、
痛みは左首、左府、左腰、左足と左側ばかりだが、
仙腸関節を大きく狂わせていたのは右であり、
骨盤も右上後方に傾いていた。

これは、狂った右側を自然にかばおうとするために、
左側に過剰な負担をかけることから痛み、
シビレなどを誘発するもので、
珍しいことではなくてよくあるケースといえる。

左仙腸関節も当然狂わせていた。

そうした証明は、足の長さを当人に見せるのが
一番てっとり早いし、納得もいく。

骨盤が右上に傾いているから、
右足があきらかに短いのは当然で、
五味会長はそのことを示して、
右仙腸関節から調整を始める。

「ハーッ」と気合をかけて調整すると、
右足が伸びて、逆に左足よりも長くなっていた。

今度は左足を調整した。両足がピタッとそろった。

そのことにも驚いたが、
それ以上に身体がウソみたいに軽くなって、
こころなしか前屈みであった背筋がピンと伸びたように
思えたことにびっくりした。

翌日もAさんは治療に来た。
結局、初診のときから7月まで毎日通ってきたのである。

Aさんは、一見運動とは緑のないような
弱々しさを感じさせる人だが、
イメージとは裏腹に活発なところもあって、
ことに「歩く」ことが大好きといい、
ご主人と毎日散歩をするのが楽しみだといっていた。

だが、今年の春は長く歩けないので、
大好きなお花見に行くことができなかった、
と口惜しげに話していた。

それが治療をつづけるうちに、
またご主人との散歩を再開するようになっていた。

背筋も日をおって伸びてきて、
「まるで子どもに帰ったみたいで、少しずつ背が伸びていくのよ」
と笑っていた。

またご主人と歌舞伎座で歌舞伎を観に行ってきたともいった。
その表情が実に屈託がなかった。

そして、7月に入ると、何日聞か顔を見せなくなった。
毎日通っていた人だから、どうしたのだろうと思っていると、
旅行にいっていたのでと、

ニコニコ笑いながら治療所にきたのだった。

「来年7月の祇園祭りには、ぜひ行きたいので、
これからも頑張って通ってきます」

さて、Aさんの骨粗髭症であるが、
この症状はざっかけなくいえば、
骨の栄養不足からくる弱体化であろう。

それを医師は、ややもすれば老化現象と結び付ける。

老齢者の腰痛、神経痛などにもこの言葉が使われて、
ただ、「安静にしているように・・・」
といった言葉で糊塗する。

たしかに長年使い込んだ機械と同じで、
老齢の身体はガタがくるのは当然である。

しかし、手入れをすればまだまだ活動できる。
骨も同じだ。

その手入れが骨盤調整なのである。

骨盤の狂いを矯正し、血液循環を活発にすれば
これまで栄養のまわりの悪かった個所にも栄養がいきわたり、
活力が出てくる。

Aさんの変貌がそのことをなによりも端的に
物語っているのではなかろうか。



月刊自然良能より

■ 正しい治療とは何かを考える

Aさんが初めて施術に来たのは、昨年の3月である。
そのとき74歳。

女性で小柄でほっそりしていて、歩くのも歩幅が狭く、
すり足で、前かがみになってそろそろと歩き、
見るからに弱々しい感じであった。

訴えた症状は・・・?

「左首、左肩、腰の左側が痛い。
また左足も重くて痛くて、これは3年前からのことだし、
高血圧にも悩まされている」

病院でも治療を受けていたようで、
診断結果では「骨粗しょう症」と言われたという。


■ 骨粗しょう

特に女性の腰痛の主要な原因のひとつで、
骨量の減少を呈する状態のこと。

つまり骨の成分が変化しないままに、
その量が減少することなのである。

端的にいうならば「骨がもろくなる」もので、
一般的には骨の老化現象と考えられている。

医学書などでは、
この骨粗しょう症について次のように説明している。

骨粗しょう症は、大きく分けて続発性骨粗しょう症と
原発性骨粗しょう症と二つに分けられる。

前者は、その背景疾患がはっきりしているものをいい、
例えば副腎皮質ステロイドの過剰によるCushing症候群、
または副腎皮質ステロイド療法のときに
腸管からのカルシウムの吸収が減少するか、
尿中カルシウムの排泄が増加するなど召といった、
副腎皮質ステロイドの作用が原因であると考えられている。

そして後者は、閉経後の女性に多く、
老年男性にもみられる症例だが、
その原因がはっきりしないものをいう。

骨粗しょう症のような複雑な現象は
ひとつのホルモンだけの過剰や欠乏では説明できず、
いくつかの異なった要素からくる症候群である可能性が
大きいゆえに、原因が特定しにくいというものだ。

以上は、医学書に見られる
骨粗しょう症についての記述であるが、
この説明はわかるようでいてわからないし、
わからないようでいてよくわかる。

医学書は、骨粗しょう症ばかりではなく、
腰痛関連についてはことにそうだが、
それぞれの症状、疾患については、
専門用語を駆使して微に入り
細にわたって説明しているのだが、
それでいて「はっきりした原因はわからないのだが」
という記述が意外に多いのである。

本誌では何度もいっているように、
「真の原因がわからなければ、
本当の治療法はあるわけがない」
のも至極当然のことであろう。

だから、治療とはいうものの、
実質は間に合わせの処置に過ぎないのだ。

その例が椎間板ヘルニアである。

(なんらかの理由で)突出した椎間板の髄核が
骨化したもの(ヘルニア)が神経を刺激し、
腰痛などの激しい痛みを誘発するので、
その突出部分を削り取る。

それがヘルニア摘出手術なのだ。

ところが、自然良能会では「なんらかの理由」
などとあやふやなことをいわず、
「骨盤、すなわち仙腸関節の変位」が真の原因と明言し、
その狂いがどのようにして椎間板ヘルニアを誘発するかの
メカニズムを詳しく説明している。

骨盤の歪みを矯正することでヘルニアを
確実に解消させているのである。

現代医学はそれをやらない。

レントゲンで撮ると、あきらかに骨盤が傾いているのが見える。
だが医者の辞書には「骨盤」の変位については
記載されていないので、完全に無視する。

そして、前号で紹介したレントゲン写真のような場合、
Sの字になった脊柱には注目して「これは大変だ」と、
なんとかしようとするのだが、根本の原因である骨盤を無視して、
脊柱の狂いだけを矯正しようとしても、
どだい無理というものだ。

その「どだい」だが、つまり建物の土台、
それを人体でいえば骨盤なのである。

土台の上に乗る脊柱は、左右均等な位置に立っているから
バランスが取れているのだ。

その骨盤が左右どちらかに傾けば、当然脊柱は不安定になり、
とくにその基部にあたる腰椎4、5番に過重な負担がかかってしまい、
脊柱を歪ませ、その狂いが椎間板を圧迫して、
中の髄核をはみ出させることになる。

それが外に突き出て骨化したものが
椎間板ヘルニアというわけだ。

そうすると医者は、
「これは大変だ、ヘルニアを切らなくてはならないでしょうな」
とヘルニアを削り取る手術をするが、
やはり骨盤は無視してのものだから、
当然のように再発する。

この点がどうしても理解できない。
脊椎の歪みやヘルニアには注目するのだが、
同時に骨盤が大きく傾いていても意に介さないのだ。

だが、患者さんは再発すると、
さすがに現代医学の手法に疑念をもち、
骨盤調整のことを知ると自然良能会の門を叩く。

「椎間板ヘルニアは手術しなくても治ります」と明言する。

患者さんは一様に驚く。
そして、五味会長の著書のタイトルではないが、
「手術なんてとんでもない」と、なぜそうなのかを説明すると、
患者さんは納得し、その言葉通りの結果になると、

「病院で受けた手術はなんだったのか?」
と後悔するのである。

それは椎間板ヘルニアだけではない。
Aさんの骨粗しょう症でも同じことがいえよう。

母と子ら三代が身体と心を癒されて

 

母と共にお世話になって早くも
三ケ月が過ぎようとしています。

 

背骨の症症をかかえていることは
去年と変わりのないものですが、
今年の冬は寒さを感じさせない母の笑顔があります。

 

それまでは手のしびれ、腰痛などは薬と付き合いながら、
いつかせざるをえない「手術」という二文字が、
重々しくのしかかり、私以上に母の心に
不安と恐れがひろがっていたことでしょう。

 

物事には原因があり、結果が生まれてきます。
身体の歪みは生活習慣による過剰な負担によるもの。

 

そのために身体はさまざまな筋力を駆使して支え、
ありのままに生きてゆく手助けをしてくれます。

 

しかし、負担はやはり無理があるもので、
相応な年齢になったころには、
身体が悲鳴を上げてきます。

 

私は「まだ若い」という気持ちがあって、
その若さのパワーで乗り切るしかないと思いました。

 

しかし、身体の線を見つめて、
改めて今日までの生きざまを感じた次第です。

歪みひとつひとつが人生の証です。

 

そうした症状は、私の生きてきた経緯を
あらわすものにほかならず、
ある意味では感謝しなくてはならないでしょう。

 

そうして身体が「改善される」こと「治る」ことに
必死に立ち向かっているのです。

 

それだけに、ゆっくりと治療を受けて、
歪み一つ一つに「ありがとう」と伝えていきたいです。


母は今年、七十七歳になりました。

 

治療を受けてからは、痛いと伝えてくれるようになり、
また歩くのが、楽しくなったといい、
先日はバス停を二駅分歩き、皆を驚かせました。

 

母にとって、動けることが若さの証なのでしょう。
時にはハラハラすることもありますが、
これからも二人三脚で歩んでいければ幸いであります。

 

母から始まった骨盤調整とのお付き合いも、
今では私、娘、息子へと喜びはひろがっております。

 

息子については、先生のもとへつれていきましたが、
当初はくすぐったがり、暴れておりました。

 

骨盤は歪んでおり、
結果としてでてきたと思われる夜尿症も始まり、
寒さにより、しもやけもできてしまいました。

 

そこで腰まわし、指先のゴムまきなど、
先生よりご指導いただき私白身で子供に
やってみせておりました。

 

ゴムまきは色の変化、温かさなどすぐにわかりやすく、
また手品のようで遊び感覚で受け入れ、
徐々に腰まわしなども一緒に行えるようになりました。

 

結果は、その日から夜尿症は止まってしまいました。


子供は七歳、少しあたたかい冬を迎えました。

自然良能の月刊誌より、
五味先生が老骨の定義について
語られたことがありました。

 

同先生は、老骨とは「単に加齢ではないのだ。
心のありようと、常に身体を鍛え、
気配りを怠らなければ老骨といえぬ」とありました。

 

痛みは身体の声です。


その痛みに触れることでやわらぎ、そのやわらぎが、
また心を支え、身体をも支えてくれるのではないでしょうか。

 

先生に少しずつ身体、そして心をほぐしていただき、
ひとつまたひとつ感動を見い出していただきました。

 

私はなにもできませんでした。
しかし、この感動と感謝を、これから生かせるよう、
生活のなかに取り入れてゆければと思っております。

 

末筆になりましたが、改めて骨盤調整の門となりました
五昧先生との出会いに感謝いたします。

 

お導きに感謝いたしますとともに、
これからもあわてることなく心身共に健康な身体になりますよう、
母ともどもお付き合いいただきますようお願いいたします。

 

本当にありがとうございました。

 

■ 自然治癒力の根源にあるものは

前向きな努力の必要性
日々の治療で思うことは・・・

Nさんが、実家の76歳になる
お母さんを連れてやって来られた。

お母さんの主な症状は、
頚椎ヘルニアによる両手指のしびれ、
腰と両膝の痛みであり、

病院では頚椎ヘルニアの手術をすすめられていた。

初めての時、杖をついてそろそろと入ってきたのだった。
身体はかなり前屈している。

うつ伏せになるのもやっとのことで、
背中は側背に加えて前屈しており、
骨盤の変位はもとより全身の筋肉の硬化が大きい。

とにかく膝が曲がらないので、
座骨の押し上げもままならず、
仙腸関節の調整も足を持つことができないなど。

どのくらいできるものかと、
正直なところ前途多難を思わせたものだった。

それでも親孝行なNさんに応えたいと思い、
調整を続けたのであった。

数回の調整後、思いのほか成果が上り、
指のしびれは半減し、身体を起こしやすくなって、
立っていられるようになったのだ。

もともと働き者のお母さんは、
40歳と41歳での高齢出産に加え、70歳までお仕事をして、
どうにもつらくなってお仕事を辞めたという。

つまり、働けなくなるまで無理をしつづけたといえるのだ。

ところで、このお母さんは屈託がなく、
とても明るい人だった。

普通は身体が不自由になったり、痛みがあると、
イラ立ちや不安が出て、
けっして笑ってはいられないというものだ。

このお母さんはそうではない。
かといってつらさがそれはどのものでもない訳でもなく、
もともとがそうした性格であったのだと思う。

だから、少しでも身体が楽になると、じっとしていない。
そこらへんの掃除や買物にと、さっそく動き出す。

するとまた、その分の疲れやつらさは伴うものの、
Nさんは、お母さんが動けるようになっていることに
驚きと喜びをかくせない。

調整の間も、お母さんにじっと付き添い、
ひとつひとつ私の話しに聞き入っている。

お母さんが自分勝手にどんどん話すので、
私に気を追ってお母さんを優しくたしなめたりしている。

そうしているうちに、自分も、
3人の子供も身体(骨盤)が悪いと知り、
自分らも調整をと考えたのだった。

特に長男の夜尿症には、心をいためていた。
小学生にもなると、本人も親も深刻になってくる。

けれどもあまり調整を受けたがらない息子さんのために、
私はNさんに軽い調整の技法を教えたのだった。

さっそく家で試してみて、夜尿症に変化が表れた。
とNさんはびっくり、
そして大変喜んだのは言うまでもないことである。

一人で暮らす母親を心配する優しい思いが、
やがて自分も子供達も良くなる方法を見つけ、
毎週のように親子三代で仲良く通って来られる姿に
ほほえましさを覚え頭が下がります。

Nさんのお母さんのように、
長い期間を経て悪くしたものは、
そう簡単にはいかないものだが、
常に会長が言われる通り、
良くなるのはその人自身の自然治癒力で、
私達はそのお手伝いをするのみです。

なにより本人の心が大事で、前向き、積極的、
そして忍耐があれば、自然良治癒力も大きくなる。
そのことを改めて痛感した。

Nさん達にも大いに期待している。
熱心に通って来て下さる限り、
私も心を尽くして調整をしましょう。
皆の笑顔が絶えないように・・・。