治療に重要なことは前向きな姿勢と
正しい治療法を選ぶ判断力であろう


治療とは「治す」もの・・・
患者さんの悩み苦しみを解消し、癒すこと。

自然良能会は常に「正しい治療とはなにか」
を問い実践している。

今回のSさんの症例で、その点を考察してみようと思う

骨盤調整の真髄とは?

自然良能会に関わるところの例を一つ挙げれば、
「骨盤教室」である。

そこでは、腰痛やその他の症状の根本は「骨盤である」から、
その骨盤を正すのを目的としているところだと紹介している。

それは自然良能会は50有余年前から主張してきたことで、
正論である。

だが、問題は「治し方」であった。

同会は当初からその理論を提唱し、
その治療法を「骨盤調整」と、そのものズバリの名称で、
骨盤の歪みを調整することで根本から治す方法を
具体的に示してきた。

そして実際に治した数多くの実績を積み重ねてきた。

だからといって、その「骨盤教室」なるものが
自然良能会の盗用をしたというのではない。

同じ理論に立ちながら、
我々とは違う新たな治療の方法であるならば、
反対に学びもしよう。

ところが実際はこれまで出ている
明確な治療法はなく、「腰痛体操」と称する
ストレッチと大同小異のものでしかなかった。

体操ができるくらいの軽症ならば、
同会が勧めているバラコンバンドという
生ゴムのバンドを腰に巻いて、
くるくると腰を回す運動の方がはるかに効果的である。

自然良能会が問題にしているのは、
体操ができないどころか、
身体にふれるだけでも悲鳴を上げる
難度の高い患者さんの対応をどうするか・・・
ということ。

しかも老齢者だとなおさら。

今回紹介する股関節痛に悩む、64歳になる
Sさんもそうしたひとりです。

腰痛本には、そうした患者さんをどう治すか? 
については言及していない。

「骨盤教室」にもそれがいえる。
それでもメディアで紹介されると人が押しかける。

同会も以前に何度かテレビや新聞、雑誌で取り上げられ、
その効果の恩恵を受けている。

なにが正しい治療法なのか?
ということは、我々は日ごろの
地道な実績の積み重ねで示すしかないだろう。

さて、Sさんだが、股関節痛を訴えて
自然良能会に来だのは、昨年の11月の末だった。

Sさんが、股関節部の左側に痛みが出るようになったのは、
3年前からのこと。

同時に左の太ももの部分にも痛みをおぼえだした。
「これはなんなのだろう・・・?」と思い、家人にいうと、

「年齢が年齢だからね」
 つまり、老化現象だというのだ。

そう言われて自分でもそんなものだろうと思っていたが、
そのうちに左の腎部にもひきつるような痛みが出はじめたし、
うつ伏せになっていると両膝も痛むようになってきた。

当然、日々の動作も緩慢になってきて、
やがて歩くのもままならなくなってしまった。

その間、マッサージや整体などの治療を受けたが、
これといった変化はなかった。

「このまま歩けなくなったらどうしよう・・・?」
 正直あわてたという。

そんなおりにパソコンで自然良能会(骨盤調整)
のことを知ったのであった。


「そういえば、若いころにスキーをしていて、
思いきり強く尻もちをついたことがありましたが、
それが原因なのでしょうか」

Sさんは、問診時にそういうのだった。
そしてつづけて、
「私、娘時代から足の長さが違っていました」ともいった。

原因はなにに起因するかは定かではないが、
確実にいえることは(仙腸関節のズレからくることで)
骨盤が歪んでいるということであって、

それから起きる症状は「点」ではなく、
次々に連鎖していく「線」であり、
そのことが症状をよりやっかいなものにしていること。

Sさんを治療しつつ、「なぜそうなのか」との、
いうところの仙腸関節理論を平易に説明し、

ことに股関節に関わる症状は治癒に長くかかるだけに、
根気よく継続して治療することの大切さを強調した。
加えてバラコンバンドの活用法をも指導したのだった。

自然良能会が患者さんらに常に勧めているバラコンバンドは、
本来骨盤調整の治療効果をより高めるための補助用具と
して考案されたもの。

自分で治す方法として治癒効果を上げていて、
いまや独立した治療法としもあり、

そのことと同時にこのバンドを励行することにより、
治療に前向きに努力するという、
気持ちの上での相乗効果を生むものにもなっている。

Sさんは実に素直な患者さんだった。

それは、初診のときの治療で、
自分自身でも手応えを感じたからだろう、
それから年内はほとんど毎日のように治療した。

「年期のはいった症状だから、やっかいかと思ったが、
案に相違して考えたよりも早く結果がでるかもしれないね。

年齢からすれば、Sさん、体がまだ柔軟だ」
と治療にも手応えを感じていたのだろう。

Sさんは、バラコンバンドにも熱心だった。
治療に来ると、すぐにバンドを腰に巻き
腰回し運動を熱心にやっていたし、
家でもかならず腰回し運動を欠かさなかったという。

治療でも仰向けになった患者さんの曲げた足を胸に当て、
そのまま身体ごとぐうっと押し出すようにする方法。
股関節のひらきをよくする操作をかならず行っていた。

それにプラスして、Sさんのそうした熱心な努力もあり、
どんどん股関節のひらきが大きくなり、
動きもよくなってきた。

股関節の症状としては、わずか1ケ月に満たない日数で
驚くばか変化といえるものだった。

なによりもびっくりしていたのは、
Sさん自身であった。

その手応えを「何年も、よくなるどころか悪くなるばかりで、
このままではどうなってしまうのかと、
不安でどうしようもなかったのが、
こんなに早く楽になって・・・。

この治療を信じた私の判断は間違っていませんでした」
としみじみいう言葉にこめられていた。

そして、新たな年を迎えた。
「この正月、旅行に行ってきました」
ニコニコ顔でそういうのだった。


「旅行は前々から予定していたの
ですが、正直歩けるか心配でした。

でも、思い切って行ったのです。
ずうっと腰と膝にバンドを巻いていました。
なんの障りもなく、旅行を楽しむことができました」
そういってよろこんでいた。

だからといって、それで完治したわけではない。

ことに股関節の症状は年期の入ったものであるだけに、
好転しただけにより念入りな治療が必要である。

そのことはSさんもよく理解していて、
また熱心に治療に通ってきて、
バンド運動も懸命にやっていた。

そんなある日、腰回し体操をしていると、
突然股関節が「ポキッ」という音をたて急に足が軽くなった
のだ。

「あっ、これなんだ・・・」

骨盤調整の骨盤調整たるところは。
そう思ったという。
そんなことがその後も起きた。

Sさんは、あれほど悩んだ症状が確実に「治る」方向に
むかって加速したしかことを確信したのだった。
今日もまた、Sさんの姿が見られる。
 

歪みきった身体が骨盤調整で治った
信じられない効果に喜びを



椎間板ヘルニアと診断。
その時に、大きく背骨が曲がる側弯症と
いうこともわかりました。

そのころの私の身体は歪みきっていました。

腰が曲がり、左足の痛みとしびれで寝返りもうてず、
手術しかないと思っていました。

当時は自然良能会のことはまったく知らなかったので、
悩んだ末に手術を受けました。

術後は、今までの痛みはまったくなくなり、
完治したと思い喜んでいました。

しばらくして、妊娠、出産、子育てと
忙しい毎日を送っていると、
また左足にあの時と同じ痛みが感じられました。

「もしかして、また・・・?」

と思いながらも、「そのうちに治るだろう」と
考えていると、どんどん悪化してきました。

そして整形外科へ行き、
やはり椎間板ヘルニアと言われました。再発です。担当の先生は、

「2回目だし、手術しても3回目の再発もあるかもしれない。
そうしたら、3回目は手術できなくなる。
慎重に考えたほうがいい」

と言われました。

私も子どもがいるし、入院はできない。
それにもう手術は嫌だし、周囲の反対もあり、
どうにか治らないかと思い惑いつつ
毎日を過ごしていました。

「椎間板ヘルニアは手術なしで治る」
という本を読んだのでした。

そして、「これだ」と思いました。
その本の末尾に紹介されている治療所で、
治療を受ける決意をしたのでした。

先生に診てもらうまでにはどんどん悪くなり、
腰は老人のように前に曲がり、

伸ばそうとしても左足にしびれ、
つっぱるような激痛に悩まされ、
頑張って伸ばしても身体全体が左に曲がってしまう。

「わたしの身体はいったいどうなっちやったんだろう?」
と思い、憂鬱な毎日を送っているばかりでした。

そのころには、子どももやんちやになり、
外で遊びたいだろうに、私が動けないばかりに
とても可哀想な思いをさせてしまっていました。

それに家事もしなければなりません。
本当につらい毎日でした。

初診の日、先生はまず人体の構造から始まり、
骨盤の歪みがいかなる影響を与えるかを、
詳しく説明してくださいました。

それはとてもわかりやすく、
今までの医者の説明では納得いかないことが多かったのに、
1回聞いただけで納得できるものでした。

それから毎日、主人、両親の協力もあって、
子どもと一緒に遊びたい、
もちろん治したいという思いで治療所通いが始まりました。

最初のころは、腰が前に曲がった状態なので、
ゴムを巻いても痛くて腰が回せません。

治療も、ちょっと身体に触れられると、
悲鳴をあげ、冷や汁がでるほどの痛みでした。

うつ伏せになる時はおなかの下に座布団を入れ、
仰向けでは、ひざは伸ばせず曲げて治療を受けていました。

そして、ひとつひとつ治療のたびに、
身体を起こしての「休憩」の繰り返しでした。

どれだけ時間がかかったことでしょう。

それでも先生はあせらず、
ていねいにゆっくりと治療をしてくれました。

1ケ月~2ケ月くらいは、治療後は痛みが
ひどくなったり柔らいだりの繰り返しでした。

「こんな治療で、本当に良くなるのだろうか?」
と不安な時もありましたが、

先生の、「それは好転反応だよ」
の言葉で安心することができました。

3ケ月目くらいになると、座布団がとれ、
治療中も悲鳴をあげることが少なくなりました。

そういった日々の治療の変化が、
身体で感じてわかるようになると、
毎日の治療所通いが楽しくなりました。

明日にはもっと良くなる、
そう確信してきたのはこの時期に入ってからです。

そして、4ケ月目に入った頃には
急速に良くなってきました。

治療中も悲鳴をあげることもなく、
仰向けになってもひざを伸ばしても痛くない。

静かに寝て、治療を受けることがこんなに
うれしく思ったことはありません。

先生にお世話になって、半年が過ぎようとしていました。

毎日通うのは本当に大変でした。
家から治療所まで遠くはない距離ですが、
子育てもあり、家事もしなくてはなりません。

家族の協力が本当にありかたかったです。
自分の身体は自分で治すしかありません。

しかし、腰が痛く通うのさえつらく、
大変な思いもしました。

そんな時、先生に
「通えるだけでも良いと思わなきゃ・・・」
と励まされて頑張ってきました。

日々の治療でも痛いところや不安なことを聞くと、
的確に答えてくれて、
気持ちの面でもとても支えてもらいました。

今では先生に「実は背が高いのだね」と
言われるほど、腰も伸び、身体の傾きもだいぶ治り、

子どもと公園へ行ったり買い物に行ったり、
毎日楽しく過ごせるようになりました。

思い返せば、半年前の激痛がウソみたいに思われます。
椎間板ヘルニアになり大変な思いもしましたが、
ヘルニアにならなかったら自然良能会のことを
知ることはなかったでしょう。

そうして、骨盤調整という素晴らしい治療法にも
出合えなかったのでした。
縁でしょうか、先生に出会えたことにとても感謝しております。

治療をしてもらい、

「ヘルニア自体の痛さは2~3割で、
その他の痛みは骨盤のズレ、筋肉の硬直、
血液循環の悪さからくるもの」

という先生の言葉を実感する毎日です。

日々良くなってきていますが、
まだまだ油断はできません。

毎日のゴムバンド運動を頑張り、
もっとたくさんの人にこの治療法を知ってもらいたいと
思いながら、私は毎日の治療に励んでおります。

一進一退の状態を恐れずに前向きな気持ちで治療を・・・
難症患者さんの治療奮闘記


少し触れただけでも悲鳴を上げる患者さん
なんとか楽にしてあげたいとの気持ちで挑んだもので
「治りたい」と切望する患者さんと二人三脚で、
前向きで明るさを忘れず取り組んだ努力の治療日記です。

椎間板ヘルニアと側弯症。
身体が前に大きく曲がり、そして横にも曲がっている。

こんな患者さんは、開設以来おそらく
初めてではないでしょうか。

Hさん、二十六歳。

とにかく、MRIの検査でも20分と入っていられず、
飲み薬、坐薬、注射も効かないというのです。

もともと側弯症があったものの、
ここ3ケ月くらいでひどくなってきたそうです。

初診の時、ひと通り説明して施術に入ろうとしたのですが、
うつ伏せになれない。

それならば、ということで座ぶとんを
2枚お腹の下に入れてみました。

なんとかなるかな・・・?

そう思ったのでしたが、
腰にちょっと手を触れてみても激痛を感じるという。

それでは仰向けになってもらおうと、
やっと仰向けになったものの、
膝は曲がったまま伸びない。

「普段は横向きで寝ているのです」といいます。

とにかく動かせるところから動かそうと、
膝をさらに深くお腹の方へ曲げてみる。
痛がっていました。

軽く調整する。もう1度うつ状せになってもらい、
背中から腰にかけて軽く指圧をしてみました。

だが、1分と同じ姿勢をして寝ていられない。
座ってもらう、また寝てもらうの繰り返し。

坐骨の押し上げの後、仙調関節(骨盤の中の一対の関節)
に蹟を当てようものなら、悲鳴一発、顔は歪んで、
それはひどい状態でした。

座ってもらってひと休み。
正座をしてもらいました。
その姿勢が今のところ一番、楽らしいのです。

また施術に入る。足首をゆるめ、膝を曲げてみる。
背部全体をゆるめ、大腿部をゆるめましたが、
骨盤調整法の一通りの流れの中で
仙腸関節部だけは痛くてダメ。

そこで考えました。

坐骨に施術者の土踏まずを当ててみる、
そして、押し上げてみた。

痛くないという。
これだ・・・!
ようし、坐骨の押し上げを徹底してやってみよう。

初診から10日後、施術を待っていたHさんが、
以前やはり身体の曲がっていたYさんと一緒になったので、
Yさんの施術経過を話してもらうことにしました。

実際の患者さんの話は説得力があるからです。
やはり得るものはあったのでしょう。
励みにもなったと思います。

そして私にも、Yさんの以前の症状、
施術過程をいろいろ質問してきました。

坐骨の押し上げを左右100回ずつやってみようと決めました。
しかし、これも100回つづけてできるほど
甘くはありませんでした。

10回押し上げるだけで限界。
座ってもらってひと休み。

それを左右に施す。そしてまた10回ずつ。
毎日これを100回ずつ、かならずするようにしました。

初診から1ヶ月後、左の仙腸関節が初めてグキッと、
軽い音をたてて入りました。

よし、これでいい!

その後、仙腸関節の調整は前よりも痛がらずに
できるようになっていきました。

坐骨の押し上げも、このころになると
左右20回ずつつづけてできるようになっていました。

治療開始3ヶ月目に入り、ようやく仰向けの状態で
両足が仲ばせるようになってきました。

でも、まだ両膝は浮いたままです。

それまで、1~2分おきに休憩(座ってもらう)をとっていたのが、
つづけてできるようになってきました。

座ぶとんなしで施術することにしました。
膝も伸びるようになり、身体もだいぶ伸びてきた、
とお互い顔を見合わせ喜んでいました。

4ヶ月目に入っても、毎日々々同施術がつづく。
でもお互い手応えを感じ、明日はもっと良くなるか、
来週はどこまで良くなるかと、
楽しみになってきたという感じでした。

そして、5ヶ月目の末には本当に良くなってきました。
身体は伸び改めてHさんが背が高いのにも驚いたものでした。

痛みも8~9割方良くなってきたと本人が言っていました。
Hさんは途中、「一進一退」「二歩進んで一歩後退」
を繰り返していましたが、

痛い痛いと言いながらも決して笑顔は忘れず、
私との会話も常に前向きで、

「先週よりいいです」
「以前から思えばずつといいです」

と言い続け頑張ったのでした。

Hさんの手記の中にもあるように、
毎日の施術を3ケ月、4ケ月つづけるというのは、
ご家族の協力なしでは
絶対にできることではありませんでした。
 

■ 仕事で頑張る高齢者の悩みと症例から
  より痛切に思うのは健康面

 

常に健康に不安や問題をかかえているのは、
むしろ当然のことであり、
だからこそ医者やいろんな治療を頼っていくのだが、

老齢者をうっかりいじって壊しでもしたら大変と、
だいたいがその場しのぎの処置が通例のようです。

そんなとき使われる言葉が「老化現象」。

今回は73歳のYさんの症例を通して、
そうした問題を考察してみました。

Yさんは、建築設計の仕事に携わっている。
70代になっても第一線で働けるということは、
能力や専門技能があるからで、
同世代の人だちからみれば羨ましいことだろう。

これで健康であり、元気いっぱいならばいうことはないのだが、
骨盤調整を頼ってきたのだからやはり問題あり。

先に述べた症状の他にも、
Yさんは、
「たまに朝、肝臓のまわりが痛くなることがあるのですよ」
と問診するスタッフに語った。

そればかりではなく、これまでの既往症をみても、
けっして頑健な人ではなかったようだ。

20代の前半で結核をやり、右の肋骨を7本も摘出しているし、
その後、耳の難聴からメニエルも患ったという。

そして7年前に腰椎椎間板ヘルニアになり、
整形外科で手術を受けている。

「手術を・・・と医者にいわれ、
楽になりたい一心で応諾したのでしたが、

手術した当初は本当に完治したように思えたのですがね、
その時ほどの凄まじい痛みではないのですが、

じくじくした症状がつづき、腰ばかりではなく、
あちこちに違和感をおぼえるようになって・・・」
というのだった。

もちろん病院(整形外科医)へも何度も相談にいったそうだが、
そこでいわれた医師の言葉は、


「もう老化現象なのだから」
ということで、あまり動かず、
できるだけ安静にしていること。

もちろん重いものの持ち遅びはもってのほかです、
そう宣告された。

つまるところは「なにもするな」ということ。

だが、建築設計の仕事はデスクワークだけはすまない。
建築現場にも出かけなくてはならない。

年齢と健康状態を考えれば、いささかハードではある。
仕事をやめることも考えなかったこともないのだが、
なによりも仕事は好きだし、
建物を「創る」楽しさは捨て難い。

なんとか動けるうちはつづけようと思った。
それから今日まで、折々にあんま、マッサージや、
鍼、カイロプラクティックなどの治療に通いつつ、
なんとかやってきた。

そこへもってきて、今度は首の痛みに苛まれて
耐え難い状態になったという。

五味会長の著書を見たのだった。
「その本の中で椎間板ヘルニアの記述がありましたよね、
あれを読んで、どうして骨盤調整の治療をしてもらいたい、
そう思ったのです。

ヘルニアについての考えが、
病院で説明されていたものとまるで違うのですよね。

これまでのことはなんだったのだろうと、
正直複雑な気持ちになりました」

いろいろ説明を受け、そして治療を受けた後、
指圧を担当したスタッフに、
「こんな楽で爽快な感覚は、これまでになかったことです」
といってから、そのように語ったのだった。

なによりもいいのは、著書の中の、
「産まれたばかりの赤ちゃんから、80才、90才の
高齢者まで実際に治療をする」との言葉通り、

手をかけて調整治療をしてくれることであると。
医師のいう老化現象という言葉は、
要は「なにもしない」という宣告と同じものではないだろうか? 

その点に大きな問題をはらんでいるように思う、
とYさんはいう。

そうした点では、Yさんのように70才を過ぎても
自らの能力で現役で慟けることは、
実に恵まれた人といえよう。

そこに「健康」面が加味すれば申し分がないのだが・・・。
ということは、Yさんの症例はひとつのケースとして、

高齢者問題やその方法論に「健康維持」という点は
ゆるがせにできぬ課題ではないだろうか? 

それを抜きにしては考えられないようだ。

また、自然良能会全体としても、
今後、この問題にどう対処していくか、
ということを議論する必要があるのではなかろうかと
考えている。

Yさんの症状にもどるが、やはりこの方も
骨盤(右の仙腸関節)を狂わせていた。

仙腸関節を調整すると、
はっきりと段差(右足が何センチも短い)
があった両足の長さが合致した。

そのことで、骨盤の歪みから発するいろいろな症状
すなわち「万病一元」の理由を端的に説明することができる。

Yさんは著書で、いわば予習をしてきているから、
説明に対する理解度が高い。

「眼がさめた思いです」骨盤調整を受けて、
文字通り身をもって違いを知ったYさんは、
しみじみそういった。

この治療にすっかり傾倒したようで、
それから2日置きくらいで通ってくるようになった。

「思ったほど悪い症状ではないですから、
治りは案外早いかもしれません」
という言葉も励みになったようだ。

「治る」という可能性が実感できた時、
「老齢のものにとって、健康になれるというよろこびは、
若い人たちに倍するものがありますよ」

Yさんは、仕事にもファイトがわいてきたとか。
もっと意欲的に取り組みたいという。

説明の言葉通り、間もなく完治宣言がでたのだが、
同時に「保険をかけるつもりで、治療はつづけたほうがいい」
との言葉を守り、Yさんは間隔はあいたが、
現在も定期的に調整治療を受けに顔を出している。

実際は医学の発達で平均寿命が延びて
高齢化した今日の現状からすれば、
60何歳かで死亡したと聞くと若死にしたように思える。

ただUさんを初めて見た印象は、その時63歳であったが、
実際の年齢よりも上に思えた。

無理もない。腰の痛みが激しいのだろう、
腰をかばうように、いうところのへっぴり腰になり、
小幅なすり足で、そろそろと歩いている。

苦虫を噛みつぶしたような表情をし、
顔色は悪く、色艶もない。

「椎間板ヘルニアによる腰痛です」といった。

腰椎の2番3番のズレによるものであって、
シビレもともなうと説明。

ということは、整形外科にかかったものだ。
医者の診断は、精巧な検査機器を駆使し、
その結果で病名を付けるもの。

こと腰痛、神経痛に関わる症状に関しては
いまひとつあいまいであり、
核心にふれる説明がされていない。

はっきりした原因説明もなければ、
具体的な治療法の示唆もない。

我々自然良能会が主張している、
根本原因である骨盤-正しくいえば
骨盤の中の1対の仙腸関節の存在を無視しているから、
当然といえば当然のことである。

しかも高齢の患者さんで、
むずかしい症状でひどい状態の人になると、
原因が不明だとかなんとかといい、
治療らしい治療をしない。

その理由として「老化現象です」という言葉である。

もともと治療をしても治らないのだから、
なにもせず放っておかれても同じではないか、
といってしまえばそれまでだが、

治療するもののありよう、
姿勢としてはあまりにも後向きではないだろうか?

我々が問いたいのは、歩くこともできず、
身体にちょっとふれても悲鳴を上げる、
そんなひどい激痛の患者さんにはどう対処するのか? 
ということである。

そうした人は、体操なんてとてもできる状態ではない。
本当の治療というのは、こうした患者さんにいかに対処し、
良くするか、ではないだろうか。

自然良能会では日々、そんな難症患者を治している。
どのような症状の患者さんでも、確実に治す・・・

それが治療だ。

その理念は骨盤調整の創始者である
五味雅吉先生から現会長の五味勝先生と代々引き継がれている
「当然の考え」であり、そこに自然良能会の真骨頂がある。
骨盤調整はそれを可能にする素晴らしい治療法だ。

Uさんが、整形外科にかかっていたが、
いまひとつ埓があかず、
骨盤調整を頼ってきたのもそうしたわけであろう。

Uさんは、病院にかかってもいっこうに良くなる気配がなく、
「このままではどうなるのだろうか・・・?」

と途方にくれていたある時、
「腰痛 間違いだらけの治療法」を見つけたという。

まさにいま述べてような
「いかに間違った治療法が氾濫しているか」ということが
理路整然と語られていて、それで自然良能会に問い合わせ、
治療に訪れたのであった。

同会長が書いた本の
「椎間板ヘルニア 手術なんてとんでもない」で、

その中で同会長は、医者は精密な検査機器で見て
椎間板のヘルニアを見つけると、
すぐに「椎間板ヘルニアです」と病名を付ける。

実際、ヘルニアだといってきた患者さんの
ヘルニアの部分を指で押さえても、
びっくりするような痛みではない。

つまり、ヘルニアはあるが、それから発する痛みは
従犯であって主犯である本当の痛みを誘発する根本原因は

骨盤(仙腸関節)の歪みである。
というのが自然良能会の主張である。

そうした歪みからくる血液循環の不全、神経流通の阻害、
そして筋肉、靭帯の硬縮か痛みを生むもので、
だから骨盤を正せば、椎間板ヘルニアは治るのである。

それを整形外科では、痛みがひどくなると、
すぐにヘルニアを除去する手術を勧める。

切らずに治すばかりか、
突出していたヘルニアももとの位置にもどるのだ。

施術そのものに要する時間は、14~15分といったところ。
自然良能会では、こうした施術は
どのような状態の患者さんにも適確に行う。

産まれたばかりの赤ちゃんから、
それこそ80才~90才になる高齢者の人までもかならず施す。

「老化現象だから」と手をこまねくことはしない。
だからといって、
80代の方に、20代の元気さをもどすことは無理だ。

しかし、確実に良くし、動き、歩きも
見違えるようにしっかりしてくる。
それだけでも大変な違いだ。

「まだ自分で動いて、用がたせる」
その思いは「いまだ元気だ」との確信になる。
そうした精神面のケアも大きいのである。

ましてUさんはまだ60代。
全ての治療が終わって「どうですか?」
と声をかけると、ニコニコして

「いやァ、びっくりしました、
身体がウソみたいに軽くて、楽になりましたよ」

「でしょう、顔色も見違えるようによくなりましたよ。
きちっと治せばまだまだ元気に働けます」

それから熱心に通ってきて、ほぼ3ヵ月で完治した。

今回の症例はTさんが初めて自然良能会に来たのは、
今年の五月だった。

訴えた症状は、腰痛。
2ケ月前くらいから痛みが出はじめたという。

ご当人は大柄で、ガッシリした体型で、
いかにも職人といった風貌をし、
意外にこうした体型の人が腰痛に見舞われる確率が
高いようである。

Tさんが初めて来た時はひどい痛みで、
腰をまっすぐに伸ばせない状態だった。

治療の順番を待つ間、待ち合いのベンチに座るのも、
壁に寄りかかれず、先っぽにちょん掛けして
右手を付いて腰にかかる負担を少しでも
やわらげようとしていた。

うつ伏せにして両足の蹟をそろえると、
右足が何センチも短い。

これは右仙腸関節がズレて、
その影響で骨盤が右上後方に傾いた結果である。

右仙腸関節を調整する。
そして再び蹟をそろえて見せると、
今度は逆に左足のほうが短くなっている。

これは右仙腸関節のズレで自然に右をかばうために、
左に過剰な負担がかかり左も小さくズレて、
今度は左側を調整すると左右がピタッと合っていた。

正しい位置におさまったということである。

そこで、なぜそうなるのかという、
いうなれば自然良能会の真骨頂といえる
「仙腸関節理論」をわかりやすく簡明に説明。

その他の関節の調整をし、
その後に全身の緩めの操作をする。

全ての治療が終わり、治療布団から立ち上がったTさんは、
「ほ・・・っ」と声を上げた。

「どうしました?」と聞くと、
「まっすぐ伸ばせなかった腰が、伸びましたよ、
ほれ、このように・・・」
Tさんは大喜びで帰っていった。

ところが、翌々日にまた顔を出したTさんは
初診で来た時と同じように、お尻を突き出して、
痛そうに顔をしかめていた。

聞けば、初診の時の治療で、痛みも薄れ、
(このままで治ってしまうのでは・・・)と、
すっかりうれしくなってしまい、
翌日から仕事を始めたのでした。

Tさんは「まだまだ他のものには任せられない」
との職人気質がはたらいたのだろう。

しかし、立ちっぱなしで、少し前かがみになりながら
それを繰り返す仕事はかなりせわしないものであり、
それだけ疲れる。

「かなり良くなった」とはいえ、ただ一回の治療で
完全に治ったわけではない。

それを「治った」と思い込んで、
すぐに疲れる立ち仕事をやれば、
痛みがぶり返すのはむしろ当然のことである。

ましてTさんのようながっしりした頑丈な体格の人は、
仙腸関節がズレても腰痛という形で表に出るまでの潜在期間が、
ややもすれば長くなるケースが多いようだ。
それだけに症状のやっかい度も高くなるわけである。

Tさんにあからさまな言葉ではないが、
婉曲にそんな無茶はいけないと注意したのだった。

それから、Tさんは週2回のペースで通って
くるようになったのである。

1ヶ月ほどすると、ほとんど痛みはひいたようで、
当人も「すっかり良くなった」と機嫌のいい顔で語っていた。

Tさんは言わないが、今まで以上に仕事をしているようだ。
職人の性というのだろう。

骨盤調整が腰痛に効果的であれば、
多くの症状に初診のときから「はっきりした違い」を示す
ために「治った」と思い込むのでしょう。

10月の末には、足の調子はさらに良くなって、
お友だちと紅葉見物に出かけ、楽しい時間を過ごしました。

このころになると身体の歪みもだいぶ取れてきて、
日々の動きも楽になり、毎日が自然と明るくなり、
治療も一日おきになりました。

そして春の気配がただよいだした3月に入ると、
左側のお尻のあたりに少し痛みが残るのと、

歩きはじめに股関節に痛みを感じることを除いて、
身体の違和感はほとんど取れました。

お天気の良い日にはかならず散歩をするようにし、
当初は20分くらい歩いていましたが、


次第に時間を伸ばしていき、また階段を上り下りしたり、
坂道を歩いたりして筋肉をつけるよう努めたのでした。

だから、5月ころには1時間くらいなら
休まなくても歩けるようになっていました。

上半身もだいぶ曲がるようになり、
靴下をはいたり、爪を切ったりするのが
楽にできるようになりました。

ゴムバンドを巻いての腰回し運動も、
一度に400回を日に3度、毎日欠かさず行い、
夜は足の付け根をほぐすように
足を動かす運動も加えて努力したのです。

このころになると近所の人たちから、
「良くなってよかったわね」
と声をかけられるようになりました。
あの苦しい時が嘘のように思えます。

こうして7月には10日間、主人と一緒に念願であった
海外旅行に出掛けることになったのでした。

家の近くに住み、日ごろから親しくしている人が、
欧州に家をもっていて、実は2年前にも一緒にいきませんか?
と誘われたのでしたが、その時は私はまだ大変な状態であり、

主人も猛烈に反対しましたから、そのお話は流れてしまいましたが、
今回またお誘いを受けた時ちょっと不安もありましたが、

もともと一度は行きたいと思っていたところでしたし、
年齢からいってもチャンスかもしれないと考え、
OKの返事をしたのでした。

まさに待望の海外旅行でした。
フランスも素敵でしたし、イタリアの遺跡ばかりか、
なにげない裏通りにも魅せられましたが、
なんといってもスイス・アルプスの雄大な景観には感動しました。

私は自然の偉大さを改めて感じました。
同時に、そんなアルプスの山に自分の足で来られたことに、
泣きたいほどの感激をおぼえたのです。

私は、両膝にしっかりとバラコンバンドを巻いて、
そんな山々を巡り、一面草花におおわれた草原を逍遥し、
マッターホルンの膝もとから麓まで自分の足で歩いた。

しかも同行の仲間たちに遅れることなく、
同じ行動がとれたのでした。
この感動は忘れられません。

こうして歩き通すことができたのも、
「一所懸命骨盤調整を信じ、つづけてきた結果なのだ」と、
心から思っています。

私は日本へ帰ってきて、思わずいったのは、
「足よ、ありがとう・・・」という言葉でした。

いまは、歩き始めるときにおばえた股関節の痛みが
まるで苦にならなくなり、何時間も山を歩いても、
痛みがでなくなりました。

また、いつの日にか海外旅行ができたらと
思いつつ治療をつづけています。

先生には誠意ある治療をしていただき、
ただ「ありがとう」の言葉しかありません。

そして、私と同じように苦しんでいる人たちのために、
前向きに治療をつづければ
かならず良くなるということを伝えたくて、
この手記を書かせていただきました。


■ 新たな励みの出来事

Kさんが、待望だった海外旅行から帰ったのは七月下旬でしたが、
それから9月の頭までに計17回、私の治療所に通ってきました。

(もう2度と悪い状態にもどりたくない・・・)
との強い思いがあったからでしょう。

なにしろスイス・アルプスの山々は岩や石がゴロゴロある、
いわゆるガレ場つづきの道ばかりで、

しかも平坦なところはほとんどないと、
Kさんは話していました。

そうした坂道を上り下りしてきたのですから、
そのときは気持ちの高ぷりもあって
平気だったかもしれないが、

帰国後にどっと疲れが出て再発しないかという
恐れもあったようです。

だが、そんな心配は心配のままで、
なにごともなく終わってしまいました。

帰国後、すぐに治療したこともよかったのだし、
それだけ回復していたのも事実でした。

実は、2年前にもKさんから、
「お友だちからスイスヘいきませんかと
お誘いを受けているのですが・・・」
と相談されたことがあったのです。

ただ、そのときは大変な状態であり、
そのことは当人もわかっていたようで、

「主人は、とんでもないことだ。
そんな状態でどうして旅行になんか行けると思う」
そういって大反対なんですよ、と苦笑していたのでした。

私は、その言葉の裏にある悔しさ、
無念さがひしひしとわかりました。

そのKさんが「大変なことになった」という同年の症状は、
ご自身が書かれているように、
娘さんの出産のとき、2歳になるお孫さんの面倒をみることになり、

そのお孫さんを連れて坂道のある病院へ、
毎日見舞いにいった疲れから悪くしたものでした。

Kさんの娘さんが「腰が痛くなった」といって、
治療に来たことがあります。

Kさんが受療しはじめて約1ヵ月後のことです。

そのときは10回ほどの治療で軽快し、
その後結婚し、第一子を妊娠中にも「安産のため」と
何度か治療に通ってきました。

いま、上は4歳半、下は2歳になり、
ときには取っ組み合いの喧嘩もしているとか。

いずれにしても、全てハッピーな結果になったということで、
治療に携わるものにとっては、
なによりのよろこびではないでしょうか。

股関節変形症に悩んでいたKさんが、
初めて私の治療所に顔を出しだのは51歳の時です。

Kさんの症状と、私たちが信奉している
骨盤調整についての考え方、姿勢などにふれ、

つらさ、苦しさに悩みながらあれこれ模索して、
ようやく骨盤調整にたどり着いたその日が、
まさにKさんの「希望への出発」になったのは
間違いのないところです。

こうした股関節に関わる症状だけは、
治療当初はなかなか「変化」が出ないもので、
そのことについては前回で述べましたが、
Kさんは初回の施術で効果をはっきり身体で感じました。

Kさんにとってはラッキーだったといえましょう。

よろこんKさんが、骨盤調整を信頼し、
熱心に治療に打ち込むようになったことは、
私にとってもラッキーだったのです。

初診後は、しはらくは週3回のペースで
通ってましもらいました。

最初の10回ほどは、治療にあわせて
股関節部と大腿部そのものをガードし、
動きを楽にしてくれる大腿部専用バンドを
両肢につけてもらいました。

「これは運動する筋肉の補助をする役割のものです。
装着しますと足が軽く動かせます」
といい、励行してもらいました。

こうして施術とバラコン運動を併用してつづけているうちに、
夜もぐっすり眠れるようになり、

治療前には歩くのも苦痛でままならなかったのが、
少し長く歩けるようになり、
践行での身体の揺れも心なしか
小さくなっているように思えたといいます。

そうした経緯は、Kさんがご白身で書かれた
手記があるので、それを紹介します。




■ 長い闘病生活を克服したよろこびを


私が自然良能会へ通うようになったのは、
そのとき私は、51歳でした。

自然良能会には知り合いの人に勧められて来たのでしたが、
縁という言葉を、いま、改めてしみじみと噛みしめています。

そのころの私は、股関節変形症の痛みで
歩くのもままならない状態であり、
困り果てていました。

「病院へいっても駄目なのよ。
先生からも、この症状は治らないかもしれない、
といわれているの」

と友人に話したとき、良い治療所があるよといい、
自然良能会を紹介してくださったのでした。

さっそくお訪ねすると、先生は初診の際、
「100回くらいは通ってください」といわれたのです。

毎日通っても3ヵ月以上かかりますが、
股関節の症状はそれくらいしなければ反応がでないもので、
やっかいな症状といわれているのはそれゆえだといい、

先生は私に
「本当に治そうと思うのならば、あなた白身の根気と努力、
前向きな姿勢で治療に取り組む気持ちが大切です」

と、けっして能弁ではないのですが、
本当に誠実な思いがひしひしと伝わる口調で説明されたのでした。

そうして、週3回の通いが始まったのですが、
先生はいつ見ても、
「常に患者の立場に立って、
患者の気持ちを思ってくださっている」

そんな温かい思いが感じられました。
どの患者さんに対しても同じでした。
私の初めての印象は間違っていませんでした。

しかも初診のときから治療の効果が感じられ、
10数回つづけたころに、先生から、

「思ったよりも経過がいいですから、
通常の股関節の症状の人よりは早く治りそうです」

と励まされ、先生に指導されたようにバラコンバンド運動も
熱心につづけました。

しかし、パートの仕事をしていた関わりもあって、
いつごろからか治療所通いは週1回になっていました。

先生は「週1では・・・」
この症状の治療ではちょっととご不満のようでしたが、
バンド運動だけはきちんとつづけてくださいと
念をおされました。

そうして何年か過ぎたとき、
大変な思いをするはめになってしまったのです。

嫁にいっていた娘が、2度目のお産をしたのです。
ところが双子であって、
私は2歳になる上の孫を預かることになり、
毎日その子を連れて入院している娘のところに通いました。

病院のあるところは、かなりの坂道があって、
そこを毎日上り下りしていた疲労からきたのでしょう。
2ヶ月経った頃にまた症状がぶり返してしまったのです。

そのころには、先生の治療のおかげで
歩くのもだいぶ楽になっていたのですが、

それだけに自分勝手な都合で、
治療に行ったり行かなかったりとおろそかにしていたのでした。

まさか、こんな大変な思いをするとは夢にも
思わなかったことですが、

気づいたときには身体がボロボロになっていて、
トイレに行くのも壁を伝っていかなければ歩けない
状態になっていました。

夜も痛みで眠れずにうとうとするだけで、
何度も目覚めては苦しげに寝返りをうつのですが、
思うようにならず、このままいったら

車椅子の世話になるのでは・・・と、
ぞうっとするほどの恐ろしさに慄えたものです。

そんな私を見かねた主人が、
一度、大学病院で診てもらったほうがいいのでは、
と言葉に出す始末でした。

しかし、大学病院へ行って診てもらったところで、
いわれることはわかっていましたので、
再度骨盤調整に賭けてみたいといい、主人も納得してもらい、
そこから2度目の治療が始まったのでした。

その年の12月から翌年の11月までは、
毎日治療に通いました。

その結果、3月ころには家事が少しずつできるようになりました。
ただ掃除機をかけるのはまだ負担がかかり、
思うようにはいきませんでした。

「今日は調子がいいな・・・」

そう思っていると、またガクンと突き落とされてしまう。
そうしたことの繰り返しを何度も体験しました。

そのつど先生の「あきらめない努力が大切です」
との言葉を思い出し、また自然良能誌に載っている
私と似た人たちの体験記を何度も読み返して、
私も頑張らねばと、自分白身を奮い立たせていたのです。

まさに自分との戦いだったのでした。
骨盤調整を信じ、この治療をつづければ
かならず良くなると思い込んで頑張りました。

ふと気づくと5分くらいのところへ行くのも大変だったのが、
その何倍も歩けるようになっていて、
自転車をこげるようになり、
家事をこなすのも以前ほど苦痛ではなくなりました。

6月の中ごろには、主人と一緒に出かけることもでき、
治療をつづけるたびに身体が楽になっていくのがはっきりわかり、
一段と励みになりました。

そして8月に入ると自分で車を運転して、
自分で歩いて自然を楽しめたことを、本当にうれしく思いました。

こうしたことができるようになったのは、
なによりも家の近くに自然良能会の治療所があったこと。

常に患者の立場を思い、
少しでも早く良くしてあげたいと懸命に治療をし、
またゴムバンドの巻き方もそのつど教えてくださった、
そうした先生の思いやり、努力があったればこそと
感謝しております。

その時のKさんの体は・・・。

骨盤は左上方変位。ということは、
あきらかに仙腸関節のズレということで、
右側も左足をかばうための負担で半ばズレていました。

両足の蹟を合わせると、
左足が5センチも短くなっている。

また左股関節部は大きくふくらみ、
大腿部から足先までの大さは
右足よりもあきらかに細く、
筋肉が落ちてしまっていました。

右肩甲骨部は左肩甲骨部よりも盛り上がっており、
うつ伏せになったときの姿勢は、
背中から腰にかけて波打っているようでした。

そして、仰向けにして、両膝を立てて開脚したところ、
約30センチほどしか開かず、膝を曲げての屈曲も90度までは
とても曲がりませんでした。

だから、靴下が履けない、爪が切れない。
歩行のときも、足の長さが違うので、
身体を大きく揺らして歩く跛行を余儀なくされています。

台所仕事は、流し台に合った高さの椅子を利用して
なんとかこなしていました。

そんな自分か情けなく、悲しく、
着実に悪くなっていく状態の今後を思うと、

不安で身ぶるいすることが間々あったと、
Kさんは述懐しています。

初診の患者さんには、治療にかかる前の問診を、
かなりの時間を取って行っています。

それは単に骨盤調整の概括的な説明にとどまらず、
なによりも患者さんが理解し、納得してこの治療に
懸けてみようと話し合うことに努めています。

とくに股関節脱臼やその他の難症の人には、
より入念に説明します。

なによりも、治療を始めて中途で脱落して治療に来なくなるのは、
なによりも患者さんにとっての不幸です。

治療する以上は「良くなっていただくため」に、
患者さん自身が前向きな気持ちで頑張り、
根気よく治療をつづけるために説明するのです。

股関節絡みの症状は、先にもいったように悪くするのに
年期の入ったものであるだけに、初回の治療ではもちろん、
しばらくはほとんど変化が見られないのが、
むしろ当然のことです。

そこが他の症状とは異なるやっかいなところなのです。

ところがKさんの場合、初めての治療で、
5センチも差があった足の長さが、
なんと2センチに縮まっていたのでした。

背中から腰にかけて波打っていたのが、
本来のなだらかな曲線も少しもどり、
前屈も治療前よりも曲がるようになっていました。

「ほんと、身体全体がすごく軽くなったように思います」
とKさんがうれしげにいい、
少し動きが軽快になっていました。

「これなら治りは案外早いかもしれない」
内心でそう思ったのでした。

Kさんにとって幸いだったことは、
腰椎、胸椎、頚椎に問題となる
変位、癒着がなかったことです。

(仙腸関節のズレが原因で)骨盤が歪み、
腰痛や股関節に症状の出た人は、
たいていは椎骨のところどころが左右にズレたり、
前後に凹凸して、その周辺の筋肉、靭帯が硬縮し、

肩、背中、腰、股関節、膝などの痛みだけでなく、
頭痛肩こりをはじめ、視力低下、喘息、不整脈・・・
といった症状を併発しているものですが、

Kさんも各部位のズレはありましたが、
思った以上に身体がやわらかく、
癒着もさほどひどくなかったので、
仙腸関節をはじめ全身の関節を調整して、

そして緩めの操作を加えて硬直を取ると、
すんなりと正しい位置にもどる、
いうところの「治りやすい体質」の人のようです。

そのことをごKさんにいうと、
ご自身も「治る」手応えを感じたようで、
希望に輝く笑顔でうなずいていました。

「ただし、長年の症状ですから、ズレ癖がついています。
それを矯正するには、やはり定期的に通って
治療することが肝要です」と説明しました。

次いでバラコンバンド運動法を説明しました。
毎日自分でやって、自分で痛みを取ることが
できる方法であるからと説明し、

チューブ状のバンドを、足裏より大腿部付け根まで
ゲートル巻きの要領できつめに巻き、

ことに股関節部の付け根のところでは
2巻き、3巻き重ねて巻いたのでした。

このバンド巻きは、
「いくら私が良いといっても、意味がないものです。
あなた自身が納得し、良いと思わなくてはならないのです」

そういって、しばらくしてバンドを解き、どうですか? と問うと、
 
「あっ、付け根の痛みが来たときよりも軽くなっています。
それに膝も、痛いというほどではなくなった・・・」

この巻き方とチューブ状バンドでの骨盤巻きを併用して、
夜、寝る前にかならず腰回し運動をやってください。

股の付け根が痛くて眠れないということが解消されますから、
とKさんにいったのでした。

このバラコン運動法は、実質的な効果とともに
「きちんと励行する」ことによって、
治療に取り組む姿勢が前向きになる、
という精神的な効能もあります。そ

患者さんの姿勢というか、前向きな気持ちの大切さは、
いつも痛感していて、前向きな人と半信半疑な人では、
治る早さに格段の差がでてきます。

だからこそ、最初に骨盤調整のなんたるかを説き、
それを理解することでその人が治療に懸命に取り組む気持ちを
もつように努めています。

Kさんは「さっそく今晩からやってみます。
自分で巻けないところは主人に手伝ってもらいますから」
と約束してくれました。

股関節脱臼など股関節に関わる症状は、
難症中の難症といえます。

そのことは何度も紹介されているように、
症状のひどさもさることながら、
治癒するまでにかかる期間も、
他の症状と比較すると異常と思えるほどに長いのです。

それは、この症状が表に出るまでの潜伏期間の
長さと比例するものです。

股関節脱臼は、股関節に異常な負担がかかったり、
転倒やその他の事故による外圧で脱臼するという
後発性のものもありますが、

多くは先天性股関節脱臼で、お母さんの胎内から
生まれ出てきた時から股関節を狂わせていたケースです。

そのことに気づかないままか、
他の子どもたちのように活発に動けないが、
なんとか日常のことはできるのでそのままにして、

成人する間際や、結婚して子どもを出産する30前後、
さらに遅い人は40代になって症状が出るといったもので、
そうなると痛いだけではなく、歩行もままならぬ
「地獄の責め苦」のような苦しみを体験することになるのです。

とにかく発症までが長いのです。

「それだけ長い年月をかけて悪くしたものを、
短い期間で簡単に治るものではないですよ」

と私たち治療に携わるものは患者さんにいいますが、
なかなか納得しません。

患者さんにすれば、凄まじい痛みと苦しみを
一日も早く解消してもらいたいという思いしかありません。

だが、骨盤調整はどんな症状にでも、
最初からなんらかの変化を示す画期的な治療法ですが、
難症の股関節脱臼だけはそうはいきません。

先の言葉は、そのままが事実なのです。

とはいっても、患者さんにすれば
何回調整を受けても反応がでないと、

焦れ、不安になり、疑心暗鬼になって
ついには自然良能会では治らないと思い、
来なくなってしまいます。無理からぬことです。

だからといって、途中で挫折するのは
患者さんの判断だから、とはいえません。

それでは患者さんがあまりにお気の毒です。

この症状に対しては、患者さんに誠意をもって
説得することが重要なカギになると思っています。

最初にまず股関節脱臼の本質をよく理解していただき、
前向きな気持ちと頑張りで取り組むように、
患者さんとよく話し合うことが大切だと思います。

ご紹介するKさんも、そうした一人です。
Kさんの場合は股関節変形症で長年苦しんだのでしたが、
持ち前の頑張りで克服して、スイス・アルプスの名山
3000メートル級の山々を踏破したのでした。

これには本当にびっくりしました。

Kさんが、知人に「私も経験したのですが、
腰の痛みも頚筋の痛みも、他でよくならなかったのが
良くなっていく治療所があるから、ぜひ行ってみたら」

と勧められてきたのはその時、51歳。

訴えた症状は股関節変形症。症状が出だのは結婚後、
40歳になって間もなくのことで、
仕事をしてきた夜には、
脚の付け根がズキズキ痛むようになったというのでした。

(この痛みはなんだろうか・・・?)
と冴しく思い、それでも
(そのうちになんでもなくなるかもしれない)と思って、
放っていると、いつまでたっても痛みが消えないので、
病院へ行き、整形外科で診察してもらうと

股関節変形症と宣告されたそうです。

そして、医者からは、
「これは治らないかもしれない」と言われたのです。

ま、それなりの手当はするが・・・。
医者はそう付け加えたのでしたが、

それなりの処置をしても、最初から「治らない」と
突き放されるのは、
よくよく考えればまことにヘンな話です。

これは五味会長が述べておられるように、
現代医学は病名は付けるが「なぜそうなるのか?」
という原因、正確なメカニズムがはっきりしない。


ただKさんは、医者から「治らない」と言われた以上
治らないものと落胆し、
どうしたらいいのだろうと途方にくれたといいます。

股関節変形症になったのは、「生まれつきではありません」
とKさんは説明しました。

いまから約20年近く前の32歳の時です。
バイクで走行中に、
突然前に犬が飛び出してきたのです。

思わずハンドルを切ってそれを避けようとした瞬間、
バイクもろとも転倒してしまったのでした。

その事故で足の付け根を痛めてしまい、
すぐに病院へ行こうと思ったのでしたが、
痛めた個所が個所でしたからなんとなく恥ずかしくて、
湿布を張って一時しのぎをしていました。

そのうちに痛みが消えてしまったので、
「なんだ、治ってしまった」と思い、
気に止めなくなって10数年を
そのまま過ごしてきたといいます。

そして、40半ばになった時です。

Kさんが「治った」と思っていたものは、治ったのではなく、
ただ身体の中にもぐり込んでいた、
いうなれば休火山みたいなものであって、
その症状が突然ふき出たのでした。

以前の股関節変形症と同じもので、
その時、治ったと思ったものは間違いだったと
さとったといいます。

それでも当初は、夜に足の付け根がズキズキ痛んだり、
階段の上がり下りが大変ではあるが、
どうにもならないという状態ではない。

以前に整形外科で「股関節の変形は治らない」
と宣告されていたので、病院へいってもしかたがないと思い、

つらいなりになんとか動けるので、
さしたる手当もせぬまま過ごしたのでした。

そして何年か経ちました。
Kさんの症状は確実に悪くなっていったのです。

知り合いの人に勧められて自然良能会へ来たのは、
Kさん、51歳でした。