昨日のblogの続きになります。
私自身を語るとしたら、ファシリテーターの時ではなく、普通に暮らしているとき、予期せぬ物事に巻き込まれたときの私の想像力はそれはたくましい物です。いろんな事態を想定してしまうのですが、最悪の事態を想定したときの私は、想定を通り越して妄想の世界に入ってしまうこともあるのです。
昨日は、その話しをしたところ、その深層心理がエゴグラムにしっかり現れていると言うことでした。
理想(このように将来なりたい)の私のエゴグラムを表す、理想としての大人としてのエゴグラムが振り切れるほどの最大値でした。義理人情より非常に合理的というか、一刀両断に切り捨てることが出来ることを望んでいるとエゴグラムに出ていました。
当たらずとも遠からず。。。。演奏家としては、人の心に届く演奏が出来なければ、どんなに練習を積んでいても評価を得ることは出来ないので、評価に値しないとなるわけでもあります。でも、ファシリテーターとして、ピアノの先生として、音楽を専門に勉強する人達以外と接するときには、もちろんその評価の仕方に関しては細心の注意を払いますが、一旦、音大を受験しようとか、自分が持っている技術以上はるか上(セミプロになりたいとか)の事を求められる方には、かなり厳しいことを申し上げたこともあります。また、私も発展途上の人間ですから、いろんな過酷な状況に自分の身を投じて、崖っぷち状態を経験してもいるところです。その深層心理がまさに、先生に見抜かれたわけです。先生には今の私の詳細を申し上げるのは控えましたが、超合理的になりそうになるところを、ファシリテーターとして自覚して冷静に見つめて判断してゆかなければいけないことでしょうね。
今日は、7月に自身がシュミレーションする予定の素案を作り上げました。あとは、時間の配分をしっかり考えることと、
使いこなしていない楽器を楽しむために時間があれば練習です。まさに、子育てと一緒で、思い通りにいかないところが
いいのでしょうかね。。。