12/24に母が亡くなり、12/27に葬儀を執り行いました
私は妹と2人姉妹の長女なので喪主を務めました
単身赴任中のダンナさんへの連絡に始まり、職場や親戚への連絡、葬儀の打ち合わせや通夜、東京に住む娘2人が葬儀参列と年末年始のための帰省とここ数日怒涛の日々でした
timelesz の京セラドーム初日に参戦することになっていた長女はコンサートに行ったその足でこちらに帰ってきてくれました
おばあちゃんの訃報を聞いて、最初は京セラドームに行くことを迷っていた長女だけど、楽しみにしていたことだし葬儀には間に合うから行っておいで、と伝えました
12/24は私はいつも通り仕事へ
クリスマスイブだから仕事が終わったら職場近くのモスでモスチキンでも買おうかなーなんて呑気に考えてました
母に毎日会うために有給休暇を取得した妹がいつもの面会時間に母のところに行くと、母の呼吸状態がかなり悪くなっていたようで、午後2時半頃休憩中の私にTELがあり、私は職場を早退して病院に向かうことに
職場から病院までは車で40分〜60分かかります
主治医の話では、母は今日明日どうなるか、といった状態で、妹に病院に泊まってもいい、と許可がおりたそうです
妹が病院に泊まるとしたらその準備も必要だし、私が病院に着いたら一旦妹に自宅に戻ってもらおうと思っていました
私が病院に着いた時、母の呼吸は浅く、ほぼ眠った状態でした
母の状態をみていた看護師さんが
「下顎呼吸が始まっているかも」と言っていて
母の命の期限がもうそこまで迫ってきているということが理解できました
妹が病院に泊まる準備のために自宅まで戻る時間はもうないかも、と思い、とりあえずは夜何か食べるものでも買ってこようと、妹にお願いして病院近くのコンビニに買い出しに行ってもらっていると
モニターの不規則な動きをしていた心電図の波形が一瞬平らになり、〝0〟と表示されアラーム音が
「え!?お母さん、まだ○○ちゃん(妹の名前)帰ってないよ!?」
と言うと、アラームが止みまた再び心電図の波形が現れ
そのうち妹も戻ってきて、2人で母に触れながら声かけを繰り返していました
その間にも何度か心電図の波形が平らになることを繰り返したと思ったら看護師さんや主治医が病室に慌ただしく入ってきて
母の酸素マスクを外し、主治医が脈を取ったり瞳孔を確認したりして、午後4時55分に母が永遠の眠りについたことを確認
穏やかに、眠るように母は旅立ちました
なんだかあっという間でしたね
11月下旬に入院してからは食事の摂取量がどんどん減り、排泄も1人できなくなり、亡くなる前の1週間は1日1本の点滴のみ、麻薬のテープの影響もあり殆ど寝たきりで時々苦しそうに声を出したりしていたと思ったら亡くなる前の2日間はほぼ眠っているような感じでした
やっと苦しみから解き放たれたのかな
享年92歳でした
母は87歳まで趣味のゴルフを続け、ゴルフ中に地面の湿った枯葉で足を滑らせ転倒し腰を痛め、そこから母の介護が始まりました
介護認定のためのいろいろな手続きから、介護用品を整えたり、病院の送迎付き添いや妹への連絡、日常生活の介助など、約4年半私が介護の殆どを担ってきました
先月までは自宅でなんとか1人で過ごした母、
誰の手も借りず1人で生きていきたいと願っていた母らしい最期だったと思います
肺がんで余命宣告された時は「お正月はなんとか迎えられると思うけど春までは、、、」ということだったけど
思ったよりも早く逝ってしまったなぁと
自分の家が1番好きだった母でした
もしかしたら介護施設にも行きたくなくて、
面会不可の年末年始に1人で病院にいたくなくて
そして独身で母のことが大好きな妹に病院に泊まらせるようなことはさせたくなくて
母は自宅に帰ることを選んだのかもしれません
私の約4年半にわたる母の介護の日々も終わりを迎えました
お母さん、本当にお疲れさまでした
そして、私も
感傷に浸っていたいところですが…
長女として、葬儀を無事に執り行った後は母の亡くなったあとの諸々の手続きを進めていかなくてはなりません
母大好きな妹は、自分でも
「私はメソメソ担当で全部お姉ちゃんがやってくれてる」
とうちの娘たちに言ってたようで
でも妹のような存在も必要かとは思います
家庭のある私と、独身で母が唯一心の拠り所だった妹とはやはり違うとは思いますし、悲しみの表し方や、それをどう癒していくか、乗り越えていくかは、それぞれ違っていていいと思っています
お母さん、一歩ずつ進んでいきますね
今までありがとう
…で、葬儀から一夜明けて、普段一人暮らしのところに一度に3人帰省してきて、食品などの買い物の量も作る食事の量も、洗う食器も洗濯物も4倍になりなんだか普段よりも断然忙しい!
母の暮らしていた実家に今は1人でいる妹も気にはなりますが、私は現実、主婦業もある上に諸々の行政上手続きとかもあるしでてんやわんやですよ
妹の様子にも気にかけつつ、ひとつひとつやっていくしかないですね
悲しみにくれる間もない、ってこういうことなんだなーと改めて思いました
というわけで喪中につき年末年始のご挨拶は控えさせていただきます
季節柄皆さまどうぞご自愛くださいませ