学生時代は牛の絵をよく描いていました。オレのうちは百姓だったから、牛とは仲良しだったのです。牛は飼っていなかったから、ウチの田んぼの耕しを手伝ってもらったときに、その牛の持ち主に耕し方を教えてもらったりしていました。
昔,知立の駅の近くに屠殺場がありました。そこで屠殺を見ました。可哀相だったけどそこで必死に鉛筆を走らせました。帰りに牛の肉をもらったり,ある日は肉がついたままのクビから上をもらって来ました。家の畠に半年ほど埋めて骨だけにして,それを描きました。若いころは変なことばかりしていました。今でも変なことばかりしているのかもしれません。
昭和30年代の警察はのんびりしていた。その証拠に,オレと仲良くなるんだからな。多分交通安全の係だったからかもしれない。ある日,駐在所の警察が来て,今晩駐在所によってくれと言う。そこで、同僚一人をオートバイにのっけて、どこかで一杯飲んでその駐在所へ行った。すると、そこでまた再び飲ませてくれてかなり酔っぱらった。10時ごろかな,用事を聞くと,駐在所の前に小さい黒板があり,そこへ絵を描いてくれと言う。「どんな」と聞くと、「飲酒運転しないように」というのだそうだ。オレも同僚もつい笑ってしまい「オレたちしこたま飲んどるんだよ,いいの ? 」と聞いてしまった。描き終わって,帰りに捕まらんかったからいいようなものの。さすがに次の日そのことは学校ではいわなかった。警察でも学校でもいろんなことが自由にできたな。そうだもう一つ,酔っぱらってオートバイに乗って岡崎だったと思う。ある駐在所の前に若い警官がいたから、「オレ,ちゃんと免許証持っとるぞ」って言って見せたら,「きおつけてのってくださいよ」と、やさしく言われた。こんなこと今だったら、大々的に新聞に載り,テレビに出て,即クビだろうな。こういうことができた時代だったんだ。30年代は。
またまた、孫2の念力があった。2、3日前,アトリエでパソコンをしていたとき、孫1、2が来て、上質紙に絵を描くといって,紙を取りにきた。孫2が紙を抜き取ったときにバサッと封筒が落ちた。見ると折出さんからの封筒であった。というのは3年くらい前のこと,折出さんの著作の表紙の絵を描きました。その謝礼だったのです。それはその時に出して使ってしまったと思い込んでいました。だからちらりと見てほかっときました。すぐ隣にゴミ箱があったが,その中に入らず床に落ちていました。しばらくして孫12の製造元も一緒に来て紙を捜しています。すると折出さんの封筒を見て「これ何」と,オレに出しました。ちらりと見て「中身はなんにもはいとらん」といって「それ見ろ」といいながら中を見ると、3万円出てきました。当然出したと思っていたけど、出してなかったのです。孫2はわが家の「ここ掘れワンワン」です。
数日後、財布を見ると3万円がありません。「どうしただ」とわめくと、女房は「自動車の修理代に出しといたよ」・・・わが家には「ここ掘れワンワン」と「泥棒」が同居しているのでいくらオレが稼いでも金が貯まりません。