2026年6月3日に御逝去された。
まごうことなき昭和の大スター、そしてミスタープロ野球。
今日のプロ野球が国民の楽しみとなる一大コンテンツとなったのは長嶋茂雄のおかげと言っても過言はなかろう。
小学校の頃に後楽園球場で見たのが初めてのことだった。その時はデーゲームだったのにも関わらず三塁を守る長島の所にだけスポットライトが当たっているかのような明るさだった。
その後に見たのは仙台市役所。トライアスロン国際大会に連盟会長として来られていた。明るい色の背広を着てホールをさっそうと歩く様はまさにスーパースター。マダムたちの黄色い声に対してさっと手を上げて応えるその姿にはさんぜんと後光がさしていた。
私にとっては日本の、アジアの、そして世界の長嶋茂雄という尊敬と憧れの対象であったけど、どういう訳か晩年の呼称は読売巨人軍終身名誉監督という極めて小さなスケールのもの。巨人という小さな器にさらに企業名まで付けて。名誉監督はそもそも終身の呼称なので二重表現。なんだかギャグのような呼称。長嶋茂雄の名前に乗っかって大スターを独占したかったのかなぁという企業の思惑を感じないでもない。長島さんもそのような小さな呼称に甘んじることなく世界の長嶋茂雄と呼ばせてほしかったな〜。
合掌