来週長男の結婚式がある。
新郎の母として出席するので、留袖を着る予定。

着物のことはさっぱりわからない。
一式借りられる貸衣装も考えたが、母が嫁入りにもたせてくれた着物の中に留袖もあるので、
それを着た方がお金もかからない。

着物は洋服と違って着付けに小物が必要で、
何がどのくらい必要なのか?見当もつかない。
式場からもらった用紙をもとに、
何がいくついるのか、
それを持っているのかを調べるために
和箪笥の扉を開けて、あれこれ探すのだ。

和箪笥を開けると、本当に沢山の着物を持たせてくれたのだなと
亡き母に思いを寄せることになる。


一生のうちに何度着れるのか?と思う着物がいくつもある。
例えば、
喪服…嫁ぎ先の両親と実の両親以外では着る機会もないだろうに。
夏用まである。
田舎に嫁ぐ娘を心配して、あれこれと揃えてくれた母の想いに触れることになる。
入園式や、七五三とか、持たせてくれた着物を着たな。
こんなにあると、袖を通さないで終わる着物もありそうだな、なんて。
ささっと着られる人が羨ましいな。


今回のように着る機会があると、
生きていてくれたら何がいるの?って電話の一本も入れたら済むことなんだろうけど。



3年前に、ある日突然倒れてそのまま。



若すぎる死に、もっと話しておけば良かったと何度も後悔した。
何故だろうか?もっとずっと遥か遠くに、親の死はあるように思えて、
会わなくても話さなくても平気でいた。


あまりに突然だったので、
泣けもせず、横たわる母がまるで知らない人のように思えて、そのまま葬儀が終えた。


その後、ズンズンと身体の芯を悲しみが襲ってきたものだった。
親孝行な娘じゃなかった、私。
淋しい。


後日、母の友人が話してくれた。


「ちえちゃんがね、私のお腹から生まれてきたことが信じられないほどの自慢の娘って言っていたのよ。」

私…自慢の娘だったんだ…。
救われた気がした。




その後の人生のどん底。
今だったら、自慢の娘なんて言ってはくれないなと苦笑いする。

2年前には、
母の形見のダイヤの指輪も、ネックレスも質屋に入れた。
当時持っていたブランド品も、
洋服もお金に変えたな(笑)

着物だけ、
それが価値があるのかないのかも
さっぱりわからないだけに、
売らなかった。
不幸中の幸いか?

時間をかけて、手間をかけて、一つひとつ
母が揃えてきた着物だってことだけは
知っていたから。


どん底の娘を目にすることなく天国に旅立ったことを良しとするかぁ~と
思いながらも、

ちょっと泣けそうだな(u_u)