「あ〜、ほんっとにすみません」会社の飲み会、ベロベロに酔った同期をなんとかタクシーに乗せて家の前まで送ると、紹介されてから何度か顔を合わせたこいつの彼女さんがエントランスで待っていてくれたらしく、「ご迷惑おかけしました」「いや、全然」「ちょっと、起きてってば」「かなり呑んだからなー。重いやろし玄関まで運びますよ俺」「え、でも…」「〜さん1人やったら無理っしょ?」「すみません、何から何まで」わかりやすく眉間にしわを寄せた申し訳なさそうな顔をして、せめてこれだけでも!と、2人ぶんのカバンを持ってくれた。

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「すみません、助かりました」「いいえ〜。ほな俺はこれで」ちょっと惜しいけど、自分にセーブをかけてすぐに帰ろうとすると「重岡さん」くいっと、袖を引っ張られて「お茶でも飲んでいってください」お礼したいので、なんて言われると拒む理由もなくて「…じゃあ、」意思弱すぎ。

お礼、と言うのが引き止め文句だったことはなんとなく勘づいていた。俺を見つめるその目はどこか悲しくて、孤独で、その理由を俺は知っていた。「どうぞ、」さくらんぼの香りがする緑茶。いい匂いでしょう?と微笑む彼女はやっぱり寂しい表情をしている。「今水飲ませて、着替えさせてきました」「大変でしょ、あいつの世話」「大変じゃないって言ったら嘘になりますね」困り笑いをして、客用じゃない湯呑を唇に当てた。「重岡さんは、多分もう聞いてますよね」コトリと机に置くと、本題のそれがやっと彼女の口から出た。「何のことすか?」「、浮気」反応に困った。ユラユラ揺れる緑茶に視線を落として、一瞬彼女をみると彼女も同じように俯いていた。「前から気づいてはいたんです。あの人、嘘つくの下手だし。なんか変わったなーって、勘ですけど」声そのものは小さくて弱々しくて、だけど発せられる文字に途切れはないし淡々ととしているし、強い。「これ、この家で見つけたんです」「…あ」「もうちょっと上手くやればいいのに、」片方だけのピアス、それも彼女の雰囲気とは全く違う、派手なそれが机の上でキラキラ、汚く光っていて「どうせあの人のことだから重岡さんにも話してるんだろうなーって思ってます。それも自慢げに」「…なんも言えないっす」「重岡さんって、優しいですね」さっきまで芯が通っていて強さを感じた目には涙が溜まっていて「別れようと思います」「…うん。変に我慢しても辛いだけやし。それが〜さんがこれ以上傷つかない最善の方法やと僕も思います」「ありがとう、ございます」ぐっと腕で涙を拭う姿を見ていると、、だめだ。セーブがもうすぐ効かなくなる。「俺でよければいつでも話聞くんで」恋を失って孤独を感じている今この瞬間、弱味につけこむなんてこと、弱い俺にはできない。「…そろそろ帰ります」残りの冷めた緑を飲み干してキッチンに置いて、カバンを手に取った。彼女はまだどこかぼーっとしていて、意識は他にあるみたいだ。「下まで…」「いいっすよ、ここで。そのまま座っといてください」よし、これでいいんだ。何もせずにまっすぐ帰る。これが正解なんだ。そんな風に言い聞かせて靴を履く。「お邪魔しました〜」重たいドアを閉めると、開放感が押し寄せるようにきた。

何もなかった。家に入ったのに、あいつは眠っていたのに、想いは募りに募っていたのに、何もなかった。大正解、大成功だ。そう思っていた時。「重岡さん!」背中で、その声を受け止めてしまった。振り返るともちろんその声の主は彼女で、「いつでも話聞くんで、って、言ってくれましたよね」「うん」「嬉しくて、ホッとしました。その言葉だけで」「そう。それは、よかった」「それから、、」「ん?」「重岡さんが出て行ってすぐに」「うん」「話したくなりました。会いたく、なりました」理性のスイッチが切れる音がした。知らぬ間に、無意識的に、この腕は彼女を抱き寄せていた。「悪いけど、一回ネジ外れたら俺無理やで」「え?」「あいつの彼女やから、とかって制限かけられへんくなる」悪いけど。悪いけど。悪いけど。そんなこと、思ってないけど。「悪い人」「今更やめられへんで」タクシーがやっと来た。唇を長く深く重ねた。