「空飛ぶ馬」/円紫さんとわたしの世界 | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

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北村 薫

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)


図書館本も溜まっているのに、また読んだのに感想書いていない本だって溜まっているのに、今日は何となく北村薫さんの「円紫さんとわたし」の世界に浸りたくなって再読をしておりました。

新しい世界にぐいぐいと漕ぎ出していく、馴染みのない世界や、未だ自分の匂いがついていない本の世界に遊ぶのも、それはそれで良いものだけれど、時に古いお馴染みの世界に戻って行きたくなる時がある。今日はちょっとそんな気分。

北村さんの探偵ものと言えば、覆面作家シリーズ、名探偵・巫シリーズ、ベッキーさんシリーズと、いくつかあるのですが、私が一番好きなのが、この落語家の円紫さんと女子大生のわたしシリーズ。「女子大生のわたし」は、びっくりするくらい、すれていないいい子で、シリーズの中では様々な季節が語られ、また、彼女自身も成長していくのだけれど、私の中では、秋の澄んだ空気が何となく彼女のイメージ。

探偵役である「円紫さん」は落語家であり、ワトスン役の「わたし」は文学部の学生であるからして、そこかしこに、そういった関連の知識がぽろぽろと丁寧に挿まれていて、それもまた何度読んでも楽しむことの出来る要因かなぁ(一回ではたぶん読み切れていないのと、新たな知識を得た後に読むと、ああ、こんなところにも手を抜いてないんだな、と分かる)。

私が持っているこの文庫は、1995年の第6版のもので、最初に読んだ時は、この「わたし」に近い年齢だったのに、今となってはむしろ「円紫」さんの方に近くなってしまいました。このシリーズは、1998年出版の「朝霧」(こちらはハードカバーで持ってます)にて、女子大生だったわたしが就職して新人編集者となる辺りで終わるのだけれど、その後の「わたし」についても読んでみたいものです。とうとう、「わたし」の名前も分らないままだったし。笑

表紙を並べていくのも楽しくてですね。シリーズ一作目の「空飛ぶ馬」では、文中で友人にヨーロッパの不良少年と揶揄されたりする、ショートカットのわたしの髪型も、だんだんに女らしくなっていくのです(と、思ったけど、並べてみたら、そんなに変わってないですね。むしろ服装か?)。



目次
織部の霊
砂糖合戦
胡桃の中の鳥
赤頭巾
空飛ぶ馬
 解説 安藤昌彦


織部の霊」にて、わたしは文学部の加茂教授から、落語家である円紫さんを紹介され、その知己を得る。円紫さんは、加茂教授の幼少時からの疑問を鮮やかに解決する。
砂糖合戦」では、マクベスの三人の魔女を連想させる、喫茶店の女の子たちの行為を未然に防ぎ、「胡桃の中の鳥」では、舞台は大学のある東京や、わたしの自宅のある神奈川(追記:「わたし」の自宅は埼玉でした…。神奈川に住んでるのは親友の正ちゃん。ああ、思い込みって怖い)を離れ、山形は蔵王へ。円紫さんの独演会を聴くのと、夏の旅行を兼ねたこの旅で、わたしは過酷な運命の中の弱小なるもの、に出会う。
赤頭巾」、「空飛ぶ馬」の二篇は、わたしの近所の人々のお話。一方は、悪意と幾分艶めかしいお話だけれど、「空飛ぶ馬」はラストを飾り、また、「わたし」の誕生日であるクリスマスや、年末を飾るに相応しい、ほのぼのと心温まるお話。

円紫さんによって解かれる謎は、空飛ぶ馬」の中にあるように、ただの謎解きではなく、関わった人たちの心を解いていくようなもの。

 解く、そして、解かれる。
 解いてもらったのは謎だけではない。私の心の中でも何かが静かにやさしく解けた。

だから、こういう謎仕立ても実にしっくりとくるのです。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。