- デヴィッド マドセン, David Madsen, 池田 真紀子
- 「フロイトの函
」
ゴシック歴史ロマンであり、かつ神の代理人である教皇の俗な話を、徹底的に描いた「グノーシスの薔薇 」で物議をかもしたデヴィッド・マドセンによる次なる作品。
扉によると、「そのスキャンダルな作風ゆえか、ロンドン生まれでローマに長いこと留学していた哲学・神学者という以外、本名や詳しい経歴は謎のままにされている」とのことなのだけれど、本作品も哲学者であり神学者というのもむべなるかな、という物語。でも、相当ヘンだけど。
精神科医のジークムント・フロイトといえば、夢分析が有名なわけですが、本作にも同じく精神科医であるという同姓同名のジークムント・フロイト博士が出てきます。主たる登場人物は、このフロイト博士に、記憶喪失の青年に、太った車掌マルコヴィッツ。
青年は記憶を取り戻すために、フロイト博士の催眠術を受けるのだけれど、なんたることか事態はますます悪化。気づけば青年の下半身は、ぴちぴちのちっちゃなブリーフに覆われているのみであり、相も変わらず自分の名前も行き先も分らぬまま。それどころか、汽車は駅でもない場所で、三人を置きざりにして出発していた。銀色に輝く粉雪の中、青年はどこからか車掌が調達してきたスカートを不承不承ながらに履き、三人は町に向かって歩き始める。
ここから始まるのは、性的指向に溢れた乱痴気騒ぎ! 三人を拾ったのは、フリュフシュタイン城の馬車。彼ら三人がここを歩いているのは、全くの偶然であるにも関わらず、フリュフシュタイン城の城主、ヴィルヘルム伯爵は、彼らを待ちかねていたというのだ。伯爵によれば、名もなき青年(便宜上、ヘンドリックと名付けられた)はヨーデルの世界的権威であり、ヘンドリックの講演をこの町の人々は楽しみにしているのだという。
伯爵の「永遠に」十三歳の淫らな娘、アデルマ、イギリス人の執事を志願し、ある日「ディムキンズ」となった城の執事、ディムキンズの虐待される妻マチルデ、フリュフシュタイン城の料理人、カドル夫人、物事のあらゆる面を書き込んだ「キューブ」の研究に余念のないバングス教授、町のイカれた大司教、スタイラー大司教…。いずれ劣らぬ変人をも巻き込んで、物語は進む。
そう、このごった煮のような様は、まるで悪夢のよう…。悪夢のようなこの世界の果てには何があるのか??
ええと、最後まで読むと、これは「なんじゃこりゃー」な本。物語は、怒り出す人がいても不思議ではないラストを迎える。
聖と俗、美と穢れをぎっちりと書き込んだ「グノーシスの薔薇」に比べ、こちら、「フロイトの函」は全てが上滑りしているというか、コミカル。「グノーシスの薔薇」にも、ちょっぴりコミカルな面は見え隠れしていたけれど、「フロイトの函」ではそれが前面に出てるのかなー。あの重厚ですらある物語を期待すると、ちょっと肩透かし。
こっちもかなり書き込んではいるのだけれど、何せキーワードは「フロイト」。ひたすらに夢の話というのも、ちょっと辛いものが・・・・。うーん、「フロイトの函」はあまり上品ではない騙りだけれど、ちょっとクリストファー・プリースト(この間、「魔法 」を読みました)を思い出しました(いや、作風は全然違うんだけれど)。
テーマ:角川書店