楽つみ木の世界  -2ページ目

楽つみ木の世界 

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この度の先生のワークショップは、非常に大きな学びになりました。

当日参加いたしました2名の学生さんたちから寄せられた感想をお伝え申し上げます。
・午前に開催されていた「つみ木であそぼう!」のブースを全てではなかったですが、少し見学させて頂きました。参加された家族と先生が、一体となって歌を歌っていたのが驚きでした。

 

また、つみきを使って作品がどれも素敵でした。

さらに、つみきの作品をと言うのが正しいと先生が仰っていて、またその理由を1人の子が「壊すよりも、崩す方が優しいから」という様な理由を答えていました。

 

それを聞いて私はとても納得しましたし、勉強にもなりました。このような小さなころから優しいほうを選ぶと、人を傷つけることがなくなるのではないかと思いました。


・つみ木であそぼうでは、何点か気づいたことがありました。
 まずはつみ木そのものについてです。今回の教室で使用していたつみ木は全て檜で作られたもので、形も長方形、正方形、台形の3種類でした。

 

私はその中でも台形のつみ木が珍しいと思いました。また、つみ木が着色されていないという点がいいと思いました。

私も幼い頃積木遊びをしましたが、そのほとんどが着色されている積木でした。そのため、創りたい形があっても色が自分のイメージするものと異なっていたり、使いたい形があってもブロックの色が一緒に遊ぶ他の人が好きな色だから使わないように遠慮してしまって、なかなか自分の満足いく積木遊びができた記憶がありませんでした。

 

 

ですが、天然の檜そのままなら、子供の思うままに作品を作ることができ、想像力次第でそのつみ木が何色にも変わり、その子自身の特別な作品になるのではないかと思いました。

 

加えてつみ木もただ木の色をしているのではなく、よく見ると1つ1つ木目や色が異なり、味があると思いました。

また遊戯室いっぱいに檜の香りがして、檜独特の感触や音もあり、全身でつみ木遊びを楽しむことが出来るのではないかと思いました。


 またつみ木の数が20000個あり、通常の積木遊びの比ではない数であり、遠慮せずに遊ぶことが出来る点もいいと思いました。

家では子供しか積木遊びをしていない家族でも、つみ木の数が多いことからお父さんやお母さんも自分の作品を作っていて、家族みんなで遊びの空間を共有出来ていていい経験ができているのではないかと思いました。

 

その中でつみ木が足りなくなった人が居たら、荻野先生の声がけでみんながつみ木を渡しに行く姿があり、つみ木遊びの中で協調性が生まれていると思いました。


 子供たちの想像力や創造力を育む工夫のひとつに、荻野先生が自分から手を貸すのではなく、あくまでも声がけを行うだけであるという点があると思いました。

 

子供の様子に合わせて声がけをし、作品に対してみんなで拍手をするように促したり、言葉遣いも堅苦しい感じではなく、柔らかくむしろ面白い、道化的な言葉を使用することで、つみ木遊びの楽しさや感動を子供も大人も共有することができるのではないかと思いました。


 また、部屋の電気を消してライトを使用した演出もいいと思いました。

つみ木とライトを掛け合わせるという点もすごいと思いましたが、子供達が作った作品に違う要素を掛け合わせて更に味わい深いものにするという所がすごいと思いました。

 

ライトの光がつみ木の間から見えるだけでなく、ライトを動かすことにより赤い絨毯に映る影の形も変化し、まるで積木の町に夜が来たような感じがしました。


 1番最後には作品を「崩す」という表現をしていて感動しました。何も考えなければ壊す、片付ける、ないないするという言葉を使ってしまいます。

 

そうすると攻撃的な言葉になってしまっていたり、作品があった場所から物を全て無くすというようになってしまいます。しかし、崩すという表現にし、かつ一斉にありがとうという気持ちを込めて抱きしめて崩すことにより、その場所に何も無いというニュアンスにはならないと思いました。

 

そして、ありがとうと抱きしめることにより作品に対して更に愛着が湧き、作品が元の一つ一つのつみ木に戻っても、心の中には残り続けるのでは無いかと思いました。そして、そのような子供の様子を見て、保護者の方も昔のような童心や遊び心、遊びに対する向き合い方を思い出すことが出来るのではないかと思いました。

「子どもたちが主体的に過ごす

学童生活と楽つみ木遊・美合いの時間と空間・仲間たちとの間に流れている共通点」

テーマ:「楼閣は消失・瓦解しても、石積の城・グスクが残った。

      今の時代にふさわしいゆめの楼閣を天高く君達の手で築く」

 ■「子どもは生きているだけで、哲学者・表現者であり芸術家」

子どもたちは遊び合いの中で育ち学びます。生活時間と空間を共有しながら、子どもたちは表現者であり時間彫刻・空間彫刻家です。子どもは今を生きること、表現することで自動的に他者の目に触れ意見に触れる機会が訪れます。

子どもの表現作品と、他者の目に触れる鑑賞者とが相互に作用しあうことにより、精神的・感覚的な変化をもたらします。

 ■「対話的鑑賞」=コミュニケーションとリアクション

表現者が表現したこと・したものと鑑賞者の間に自動的に対話的鑑賞が起き、作品を解釈するのは、鑑賞者自身です。鑑賞者はそれぞれ育った環境や経験、好みや思考の特性によって異なります。

表現者が他者の意見に触れることで、先入観のしがらみから自分自身を開放できることもあります。

個人の認識や認識の過程、さらに思考形成過程を相互に対話的に意見交換することで

こどもの心や知の発達に大いに役立つことでしょう。

自分自身の視点や思考の特性を知り対話的鑑賞によって、自己との対話が始まります。主体的に学ぶ、セルフ・エデュケーション能力への道を開いていきます。

鑑賞する喜びから感動できる力、作品に対する「観察力」や「共感力」が育まれます。

加えてイメージの構想力や言語による「表現力」、それを相手に円滑に伝え合う「コミュニケーション能力」も伸びていきます。

対話的鑑賞に参加する子どもだけでなく周りにいる大人・学童スタッフにとっても自分自身の思考の特性に気づかされるはずです。ファシリテーションスキル子ども一人ひとりの豊かな個性を気づかせ、引き出す専門的なスキルが身に付きます。

■人間の知の基本フレームは小学生の時期に形成される。

思考や感性が形成される大切な時期に、あらかじめ定められた解答を単に繰り返すだけの作業や、一問一答式のテスト結果などの目先の成果を優先してしまうとどうなるでしょう。

子どもたちに自ら学び想像する力、じっくり考える力、他者を理解する力をそいでしまうのではないでしょうか。

こころの知能指数(EQ :Emotional Quotient)こども内なる心の環境を耕す体験に小学生の時期に出会うことは、子どもの権利です。大人はその環境を整理・整備し子どもたちを巻き込んで提供しなくてはいけません                 1

■遊び合いの時間・学び合いの時間:対話的関係・つみ木によるアート表現

(子どもたちの内なる心の環境をみつめる)こころの知能指数:EQ

・表現遊び・学び合い・だれもが知っているTsumiki アフォーダンスつみ木遊び

・工作・自分で考え、形にする・子どもの表現・本物のアートに触れる

・創作する・試してみる・工夫をする・あ!気がついた・もう一度

・正解・不正解はあるか・崩れても・やり直しができる・あきらめない

・一個から始まる・なかなかうまく・大きく・高くならない・でも形を少し修正

・どうにか崩れなかった・どうしよう・だれか一緒にやらない・助けに行こう

・他の人のことに思いやること信頼関係が起きる環境

・他者のつみ木とつなげてみると、何かが起きる?

(休憩:手作りのおやつの時間(同じ釜の飯を食う仲間))

  ■遊び合いの過程で起きる心の内面の心持 

」・主体的・能動的学び合いが深い学びにつながる ・アクティブラーニング

・小さな世界を育てる

・小さな世界の意味に出会う          ・重ねる・偶然の作品に出会う

・体が動くと心が動く             ・心が動くと何が動く・

・5感で赴くまま                ・想像と感性     

・創作中に流れる独り言            ・対話の時間・無言の対話

・集中と辛抱と丁寧              ・ストレスと向き合う

・分け合う                  ・割り算の意味・平和

・言葉に置き換えられない心持         ・非認知能力・表現

・非言語コミュニケーション          ・無言・静かの時間

・週一度のつみ木遊び合いと対話的鑑賞会

・つながる つなげたことで起きる感情    ・掛け算・他者とともに創作する

・自分で課題を探し、自分で向きあう

・他者の作品を受容して理解する     

・さまざまな視点や解釈の才能を受け入れる

・ありがとうってどれだけ言えますか?     ・言葉にして発表

・小さな世界のなんて神聖なことか       ・Tsumikiアートの世界

・今日の自分に感謝・みんなに感謝       ・新しい人格の誕生

                       木楽舎つみ木研究所

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楽つみ木徒然:子どもは生きる哲学者:

「困難を普通に乗り越える子ども力」 2024

 その1 「すべてはあそびから始まる、、、、、、」

2006年5月12日間イギリスロンドンの小学校5校をつみ木10,000個を持って訪問

小学校には世界から多国籍・多宗教・多言語・異文化・異習慣のなか、さまざまな違いの中で学んでいた。イギリスは多国籍・多文化を許容インクルーシブな国なのか

始めて出会う子どもたちと楽つみ木10,000個

クラスの中には

難民としてイエーメンから英語も十分話せないイギリスへ移住してきた10歳の少女・

クラスでいつもはり合う男子生徒  2・3か月前に両親が離婚しそれ以来言葉を発しなくなった男子生徒 いろいろな発達環境が違う中で つみ木の遊び合いが始まった

いろいろな個性にあふれた子どもたちと触れ合うその子たちが、ただつみ木で遊ぶだけ

でも約2時間のつみ木遊び合いの中で いろいろな光景ドラマが誕生して行く過程

 つみ木と触れ合うプロセス

その中で張り合う2人の男子生徒同士が 今回は全く張り合うどころか お互いに協力し合って、積み合っていたことが、担当の先生にとっては驚きであったようだ。また3カ月以上両親の離婚で寡黙になった男子生徒が、つみ木遊び終了後、先生に話しかけた 驚いた先生 イエーメンから避難してきたクラスに溶け込めなかった女子生徒・つみ木おばさんと一緒に赤い絨毯野中央部で、2人でコツコツ台形を積み上げていった 最後の一個を誉れ高く積んた 富士山が出来上がった 私が積んだのよとみんを振り向かせた1mは優に超えていた。アメージング!!!!!!!

いつもは誰にも声を掛けられない女子生徒が、周りのみんなからたくさん声を掛けられた。

つみ木遊びの後、先生方と先生専用の談話ルームで交流・「あのつみ木遊びはマジックだ!!!」いつも授業中 集中せず,悪ふざけ 。壁に立たされる男子生徒がいつも。

それが今回のTsumiki 遊びは 違っていた。みんな集中して、一人遊びから2人遊びにだんだん遊びの輪が波動しているように 広がっていった。終わりごろには 隣の造形としっかり繋いで 街の様になっていた。不思議な瞬間光景の誕生に驚きを。

やがてフィナーレ つみ木造形の鑑賞会 部屋を暗くして 電球を作品に入れる・灯すと隙間から明かりが漏れ生徒のみんなから  みんなから教室中に響く「アメージング・アメージグ!!!!!}何度も何度も歓喜の言葉が聞こえた 。感動の表現の日本の表現と違うのにも驚く。振り返りの感想 声を掛けたら、みんなの言葉に圧倒された

感動の瞬間 つみ木遊びは 言葉の壁・国籍・成長の環境の違い・習慣・宗教・を超える瞬間を見せてくれた。みんなの笑顔ほとばしるアメージング・アメージングの言葉から

楽つみ木遊びを遠いロンドンでできたこと 企画してくれた欧州支局長Dさんに 心より感謝したい。

 気がついたことは「つみ木あそび」で生まれる笑顔がいっぱい 楽つみ木は笑顔を生み出す「万国共通言語」だと。共通体験を子どもたちが創り出した時空であること。

非言語・(ノンバーバル)で笑顔・ジェスチャー・全身で伝えようとする 共有感 交響 

楽つみ木は人と人をつなぐ 万国共通言語 確信した。そしていつもちいさなつみ木たちが作り出す、型にはまらない・いつも違う上質な感動・なぜなんだろう。どうして!!?

みんなに伝道する感動 共創して時空をみんなで創り上げ、心が交響

その一致点は 求める未来への社会的胎盤ではないだろうか

等しく心のわくわく どきどきが共有できるのかを 解き明かしたい、それが究極の目的。

その波動エネルギー  社会が求めるものと したら、、、、、、、、大きな課題に、、、、、。

自分で始める、自分でやってみる、うまくいかない、自問自答、崩れてもあきらめず、つみ木を奪い合ったりすることもなく・お互いほしいものを譲り合ったり・一緒につなげ合ったり積み上げたり、崩れても 気遣ったり 助け合ったり。だれ一人も置き去りにしていなかった。どこかの国の弱い者いじめをしている限られた地球上で、戦争をしている場合ではない。 つみ木の遊び合いは平和がもたらす尊さを実践から学び、人と人が心を思いやる実体験を持ち合い、その大切さを力にして次の実践へとTsunagu  ものである。人一人の力は小さいかも でもそれがたくさん集合すると 社会の古い秩序に風穴を開ける心もこもった平和のムーブメント波動になること 

そのことを子ども達心ある方たちとと実行したい。