15日目(4)
言うまでもないが、相変わらずデリー空港で暇を持て余している。
引き続き、回想にお付き合い願いたい。
話は、バグドグラ空港に到着した、昨日の正午にまでさかのぼる。

「ピィー!」
銃を持った警官がサングラス越しに警笛を吹き鳴らした。
どうやら、空港で写真を撮影してはいけないらしい。
バグドグラという場所について、ダージリンの近くにあるということ以外、僕は何も知らなかった。
正午を少しまわった頃だったろうか、ひとまず飛行機はバグドグラに到着したのだったが、思わず「どこだ、ここは?」とつぶやいてしまうほどな田舎町のオンボロ空港で降ろされた。
もはやインドらしさなどは感じられず、ただ自然あふれる田舎に放り込まれたようだった。
僕にとって身近な飛行場の中でも、調布飛行場はとりわけ小規模であったが、今目の前にポツンと建っている建物に比べれば、どれほど立派なものだろう。
このようなことの引き合いに出しては失礼なのだが…。
あるいは、思いがけず本来のルートから外れ、田舎町へやって来たということへの落胆なのか、好奇心なのか、よく分からない心情がそのように演出したのかもしれない。
建物の中はといえば、まさに飛行機がの出発を待つためだけの素っ気ないものだった。
国際的なエアポートならではの煌びやかさなどは全く無く、まるで田舎の市役所のようだった。
ベンチが並んだ廊下の先にガランとした食堂があるのみで、ところどころに銃を持った警官がうろついていた。
一体何を警戒する必要があるのか。
デリー行の便の出発までの間、僕は食堂で昼食をとることにした。
オンボロの席に腰かけたが、ウェイターらしき人はこちらに見向きもせずに空席の整頓をしていた。
大声で彼を呼ぶと、「あれ?いたの?」といった調子で注文をとりにきた。
注文したサンドイッチはいかにも体に悪そうなこってりとしたチーズがはさまっており、クセがあったが、まさにクセになる味だった。
食堂の奥の喫煙所では、若い東洋人女性や小太りのインドおやじたちが不機嫌そうにタバコをふかしていた。
当然、この空港の人々に涼を届けるのは、ガタガタの扇風機だった。
なんだか、この雑さが嬉しかった。
思いがけずまた、おもしろいところに出くわした。
しかしながら、「最先端」や「都会的」とは対局にあるこのような古くさい世界観に憧れるのはなぜだろうか。
レトロ浪漫への憧れと言ってしまえば簡単だが、ひょっとするとそれは傲慢な無い物ねだりなのかも知れない。
昭和や大正にレトロな浪漫を感じるのも、異国情緒に憧れるのも、そこに責任が無いからなのだろう。
どんなに素敵な場所でも、暮らしていこうとすれば、責任が生じる。
食っていかなくてはならない。
働いていかなくてはならない。
そうなっても果たして同じことを思い続けられるだろうか。
これはきっと、全てにおいて同じことがいえるのだろう。
あの職に就きたい。あそこに住みたい。いくつまでに結婚したい。
憧れるのは自由だが、叶えるには想像力と覚悟が必要であろう。
僕は、海外で暮らしたい、という憧れを抱いている。
いつまでも無い物ねだりのままなのか、それとも覚悟を決めて飛び込むのか。
ぼんやりと考えていたが、そこで考えるのをやめた。
そんなことよりも、今はこの旅の残りの時間を楽しもう。
そろそろ出発の時間だ。
ボロボロのテーブルにわずかなチップを置いて搭乗口へと向かった。

バグドグラ空港
言うまでもないが、相変わらずデリー空港で暇を持て余している。
引き続き、回想にお付き合い願いたい。
話は、バグドグラ空港に到着した、昨日の正午にまでさかのぼる。

「ピィー!」
銃を持った警官がサングラス越しに警笛を吹き鳴らした。
どうやら、空港で写真を撮影してはいけないらしい。
バグドグラという場所について、ダージリンの近くにあるということ以外、僕は何も知らなかった。
正午を少しまわった頃だったろうか、ひとまず飛行機はバグドグラに到着したのだったが、思わず「どこだ、ここは?」とつぶやいてしまうほどな田舎町のオンボロ空港で降ろされた。
もはやインドらしさなどは感じられず、ただ自然あふれる田舎に放り込まれたようだった。
僕にとって身近な飛行場の中でも、調布飛行場はとりわけ小規模であったが、今目の前にポツンと建っている建物に比べれば、どれほど立派なものだろう。
このようなことの引き合いに出しては失礼なのだが…。
あるいは、思いがけず本来のルートから外れ、田舎町へやって来たということへの落胆なのか、好奇心なのか、よく分からない心情がそのように演出したのかもしれない。
建物の中はといえば、まさに飛行機がの出発を待つためだけの素っ気ないものだった。
国際的なエアポートならではの煌びやかさなどは全く無く、まるで田舎の市役所のようだった。
ベンチが並んだ廊下の先にガランとした食堂があるのみで、ところどころに銃を持った警官がうろついていた。
一体何を警戒する必要があるのか。
デリー行の便の出発までの間、僕は食堂で昼食をとることにした。
オンボロの席に腰かけたが、ウェイターらしき人はこちらに見向きもせずに空席の整頓をしていた。
大声で彼を呼ぶと、「あれ?いたの?」といった調子で注文をとりにきた。
注文したサンドイッチはいかにも体に悪そうなこってりとしたチーズがはさまっており、クセがあったが、まさにクセになる味だった。
食堂の奥の喫煙所では、若い東洋人女性や小太りのインドおやじたちが不機嫌そうにタバコをふかしていた。
当然、この空港の人々に涼を届けるのは、ガタガタの扇風機だった。
なんだか、この雑さが嬉しかった。
思いがけずまた、おもしろいところに出くわした。
しかしながら、「最先端」や「都会的」とは対局にあるこのような古くさい世界観に憧れるのはなぜだろうか。
レトロ浪漫への憧れと言ってしまえば簡単だが、ひょっとするとそれは傲慢な無い物ねだりなのかも知れない。
昭和や大正にレトロな浪漫を感じるのも、異国情緒に憧れるのも、そこに責任が無いからなのだろう。
どんなに素敵な場所でも、暮らしていこうとすれば、責任が生じる。
食っていかなくてはならない。
働いていかなくてはならない。
そうなっても果たして同じことを思い続けられるだろうか。
これはきっと、全てにおいて同じことがいえるのだろう。
あの職に就きたい。あそこに住みたい。いくつまでに結婚したい。
憧れるのは自由だが、叶えるには想像力と覚悟が必要であろう。
僕は、海外で暮らしたい、という憧れを抱いている。
いつまでも無い物ねだりのままなのか、それとも覚悟を決めて飛び込むのか。
ぼんやりと考えていたが、そこで考えるのをやめた。
そんなことよりも、今はこの旅の残りの時間を楽しもう。
そろそろ出発の時間だ。
ボロボロのテーブルにわずかなチップを置いて搭乗口へと向かった。

バグドグラ空港