おはようございます!

Hane由希子です

今日から母としての反省と題して、

息子のことを語ってみようと思います。

 

あれは、息子が中学生の時、

どうしても朝起きられない息子に

「起立性調節障害」かもと疑い、小児科を受診しました。

 

2歳から療育に通い、発達に凹凸があることはわかっていた。

でも大丈夫。この子は人が好きだからと言われ。

その後、療育機関との関係は終わり、

私がサポートしていく!と決めました。

その際に、相談できる人はいなかった。

なぜなら、私は療育に通っていたことも

発達に課題があることも、

先生以外だれにも話せていなかったから。

 

息子のことは私が導かねばと、躍起になっていました。

この子は助けてと言えない・・・。

だから私があの子の代わりに訴えていかねば。

私が代わりになって・・・。

そういう気持ちで必死だったのでした。

 

先生からは

「遅刻して困っているのは誰ですか?」

「息子さん、困ってませんよ。

お母さんが困っているだけじゃないですか?」

と言われ、当時私は憤慨し、また落胆しました。

 

そうして、また相談できる人を見つけられないまま、過ごしていました・・・。

 

 

今ならわかるのです。

 

「息子は困っていなかった。」ということが事実であることが。


だって、遅刻したらどうなるか、ということを体験できていないのだから。

母が必死で遅刻させないようにしてきたから。

 

遅刻が多いことでその結果、評価が下がったり、先生や周りから信頼を失ったり。

その結果に自分が果たして困るかどうかも。

想像が出来ない彼は、経験して学んでいくしかないのです。

 

こうして私は息子の「困る」という経験を奪ったのです。

困らないように、

躓かないように、

転ばないように。

 

先に先に手を出して、助けようとしました。

 

転んでいたい、

失敗して傷ついて、辛い。

それは親としては見たくない姿。

 

でもそれを奪っては子どもの真の成長はないのだ、ということが、

今ならわかります。

 

それと時期を同じくして

私は自分がそうやって育てられてきたことと向き合いました。

 

母は私の苦しむ姿を見たくはなかったので、あれこれ禁止しました。

でも母と同じことを苦しいと感じるかどうかは、わからないのです。

だって違う人人間ですから。

 

困る、悩む、悲しむ・・・ネガティブに思えるその感情も

経験として大事だった・・・という実感があります。

 

もちろん、それが大きなトラウマとなってしまうこともあるでしょう

でも人間には乗り越えられないことは起こらないんだとか。

 

そう知ったとき、私は息子のどんな経験も邪魔しないでいたいと思うようになりました。

辛い記憶がより深く残るこの子たちに

それを克服する力もきっと備わっていると信じて

見守ろうと。

 

今高校生になって、相変わらず起きられない息子がいます

それには就寝時間が遅いことが理由として思い当たりますが、それを気づいて改めるかどうかも息子自身の決めること。

言い続けながら、見守る。

 

これしかないなーと思うのです。