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昭和36年(1961年)5月7日、奈良市あやめが池遊園地で行われた、第3回ワールドリーグ戦のポスターです。
この日の試合結果です。(国際選手権試合というのは、恐らくワールドリーグ戦公式戦のことだと思われます。)
◎20分1本勝負
○猪木寛至(体固め、17:13)ミスター珍●
◎30分1本勝負
○馬場正平、マンモス鈴木(首固め、16:58)吉原功、大坪清隆●
◎30分1本勝負
○トシ・東郷(逆エビ固め、5:46)大木金太郎●
◎変則タッグ30分1本勝負
○G.アントニオ(体固め、6:11)芳の里、長沢日一、土佐の花●
◎国際選手権試合45分3本勝負
○K.クラウザー(2-1)Ⅰ.アーキンス●
1.クラウザー(エビ固め、12:27)
2.アーキンス(体固め、7:42)
3.クラウザー(体固め、3:15)
1本目はクラウザー足を取ってのエビ固め。
2本目はアーキンスの「尾てい骨攻め(アトミック・ドロップ?)」。
3本目はクラウザーのドロップキック。
◎国際選手権試合45分3本勝負
○遠藤幸吉(2-1)ヘラクレス・ロメロ●
1.遠藤(体固め、10:48)
2.ロメロ(体固め、1:00)
3.遠藤(反則、0:53)
1本目は遠藤ドロップキック2連発。
2本目はロメロのベアハッグからピンフォール。
3本目はパンチ、キック、顔面かきむしりでロメロが反則を取られた。
◎国際選手権試合45分3本勝負
△吉村道明(1-1)ロニー・エチソン△
1.エチソン(体固め、19:56)
2.吉村(体固め、15:14)
3.時間切れ引き分け
1本目はエチソンのニードロップ2連発。
2本目は吉村カウンターのドロップキック。
◎60分3本勝負
○ミスター・Ⅹ、ジム・ライト(2-0)力道山、豊登●
1.○Ⅹ(足固め、37:01)豊登●
2.▲外国人組(両軍カウントアウト、3:45)日本組▲
3.○外国人組(反則、タイム不明)力道山●
1本目は豊登負傷した右足を攻められギブアップ。
2本目は両軍場外乱闘(ノーカウント?)。
3本目は力道山が2本目の判定を不服としてレフェリーのG東郷を暴行。
さて、ここで問題です。
この日の大会、あることで有名です。何でしょうか?
昭和36年(1961年)5月7日、奈良市あやめが池遊園地で行われた、第3回ワールドリーグ戦のポスターです。
この日の試合結果です。(国際選手権試合というのは、恐らくワールドリーグ戦公式戦のことだと思われます。)
◎20分1本勝負
○猪木寛至(体固め、17:13)ミスター珍●
◎30分1本勝負
○馬場正平、マンモス鈴木(首固め、16:58)吉原功、大坪清隆●
◎30分1本勝負
○トシ・東郷(逆エビ固め、5:46)大木金太郎●
◎変則タッグ30分1本勝負
○G.アントニオ(体固め、6:11)芳の里、長沢日一、土佐の花●
◎国際選手権試合45分3本勝負
○K.クラウザー(2-1)Ⅰ.アーキンス●
1.クラウザー(エビ固め、12:27)
2.アーキンス(体固め、7:42)
3.クラウザー(体固め、3:15)
1本目はクラウザー足を取ってのエビ固め。
2本目はアーキンスの「尾てい骨攻め(アトミック・ドロップ?)」。
3本目はクラウザーのドロップキック。
◎国際選手権試合45分3本勝負
○遠藤幸吉(2-1)ヘラクレス・ロメロ●
1.遠藤(体固め、10:48)
2.ロメロ(体固め、1:00)
3.遠藤(反則、0:53)
1本目は遠藤ドロップキック2連発。
2本目はロメロのベアハッグからピンフォール。
3本目はパンチ、キック、顔面かきむしりでロメロが反則を取られた。
◎国際選手権試合45分3本勝負
△吉村道明(1-1)ロニー・エチソン△
1.エチソン(体固め、19:56)
2.吉村(体固め、15:14)
3.時間切れ引き分け
1本目はエチソンのニードロップ2連発。
2本目は吉村カウンターのドロップキック。
◎60分3本勝負
○ミスター・Ⅹ、ジム・ライト(2-0)力道山、豊登●
1.○Ⅹ(足固め、37:01)豊登●
2.▲外国人組(両軍カウントアウト、3:45)日本組▲
3.○外国人組(反則、タイム不明)力道山●
1本目は豊登負傷した右足を攻められギブアップ。
2本目は両軍場外乱闘(ノーカウント?)。
3本目は力道山が2本目の判定を不服としてレフェリーのG東郷を暴行。
さて、ここで問題です。
この日の大会、あることで有名です。何でしょうか?
昭和48年4月25日に行われた、ジャイアント馬場対ザ・シークのPWF世界ヘビー級選手権試合のポスターです。
力道山家から寄贈された世界選手権ベルトを巡って、強豪に8勝2分とい戦績を残し、張れて力道山ベルトを腰に巻きました。
そして、最初の防衛戦の相手がザ・シーク
初防衛戦はこの前日4月24日、大阪府立体育会館で2度目の防衛戦が翌25日の両国日大講堂でした。
内容は覚えていませんが、両日とも1-0のスコアで馬場選手の防衛となりました。
この時期はまだ全日プロはNWAに加盟しておらず、タイトルに「世界」を名乗っています。
ただ、このベルト、馬場さんにはギリギリ腰に巻けるくらい窮屈なもので、このあと、皆さんよくご存じのベルトを新調しています。
昭和48年4月13日、大阪府立体育会館の会場風景です。
当日は"王者"大木金太郎に"鉄の爪"フリッツ・フォン・エリックが挑戦する、日本プロレスの至宝インターナショナル選手権試合が行われました。
が、大試合にも関わらず、観客の入りはご覧の通り。
新聞発表では、5000人くらいの入場者数だったと書いてあったように思いますが、実質1000人も入っていないのではないでしょうか。
この数日後に、日本プロレスは活動を停止しています。
昭和46年3月に開催された、国際プロレスのAWAビッグファイトシリーズのパンフレットです。
国プロでは初めての作り方で、3つ折り全6面で通常よりだいぶ大型のパンフレットです。
このシリーズ中、バション兄弟によるAWA世界タッグ選手権が行われました。
特筆すべきは、IWA世界ヘビー級選手権者のサンダー杉山が、挑戦者ビッグ・ビル・ミラーにタイトルを奪われ、ベルトがアメリカに流出したことでしょうか。



















