今、たぶん気持ち的に中学三年生の時と少し似ている気がする。いや、中学一年生かもしれない。
どちらも、部活で悩んでいた。中学一年生のときは先輩と上手くいかずどうしたら良いのかわからなかった。そうしたら、笑う…というものがどういうものなのかわからなくなった。
中学三年生の時は部活でも学校でも最高学年になり、後輩たちの見本にならなくてはいけなくなった。そうすると、部活では自分たちが中心のチームになった。上手くなろうと必死なのに後輩たちの方が上手く、劣等感に押し潰されそうになっていた。また、私はキャプテンではなかったのだが、プレー中はなぜかキャプテンの様な事を強要された。私はそんな事が出来るような性格をしていなかったので頭が回らずまたよくわからなくった。しかし、その時中学一年生の時と違うことがあった。それは笑うことだ。中学三年生の時は笑わなくなるのではなく、何事も笑うようになった。面白くなくても、怒っても、なにも思ってなくても、全て笑ってすごしていた。そうすると、逆になぜか心が乾いていく感じがした。顔は笑っているのに心は笑ってない。そんな感じがした。
それは周りから見たら異様な光景だったようで、「変わったね」、「大丈夫?」など声をかけられるようになった。しかし、そんな言葉をかけられても自分は自分が楽なように生きているのだから、それが自然体なのだから心配されるようなことではないと、また笑顔で返していた。ある意味空っぽだった気がする。
そして、今、私は乾いている、空っぽだ。なにもしたくない。一人でいても少しも寂しいと感じない。仲良くなったはずの友達と話していても何をしゃべれば良いのか、どんな顔をすれば良いのか、わからない。勉強もなぜ頑張るのか疑問になってしまった。面白くない授業など受ける理由が見つからない。そんなことを考えボーっとしているうちに置いていかれてしまった。そしてまた、やらなくなる。悪循環だ。
気持ちの整理のやり方があるなら教えていただきたい。やりたくても出来ないのだ。それで責められると頭が真っ白になって心が真っ白になって…。
人間はいつ死ぬかわからない。若くて死ぬことだってある。今死んでも誰もなにも思わない。きっとそんな気がする。
あぁ、いつ死ぬのだろう。私はきっと愛されたいのだ。
どちらも、部活で悩んでいた。中学一年生のときは先輩と上手くいかずどうしたら良いのかわからなかった。そうしたら、笑う…というものがどういうものなのかわからなくなった。
中学三年生の時は部活でも学校でも最高学年になり、後輩たちの見本にならなくてはいけなくなった。そうすると、部活では自分たちが中心のチームになった。上手くなろうと必死なのに後輩たちの方が上手く、劣等感に押し潰されそうになっていた。また、私はキャプテンではなかったのだが、プレー中はなぜかキャプテンの様な事を強要された。私はそんな事が出来るような性格をしていなかったので頭が回らずまたよくわからなくった。しかし、その時中学一年生の時と違うことがあった。それは笑うことだ。中学三年生の時は笑わなくなるのではなく、何事も笑うようになった。面白くなくても、怒っても、なにも思ってなくても、全て笑ってすごしていた。そうすると、逆になぜか心が乾いていく感じがした。顔は笑っているのに心は笑ってない。そんな感じがした。
それは周りから見たら異様な光景だったようで、「変わったね」、「大丈夫?」など声をかけられるようになった。しかし、そんな言葉をかけられても自分は自分が楽なように生きているのだから、それが自然体なのだから心配されるようなことではないと、また笑顔で返していた。ある意味空っぽだった気がする。
そして、今、私は乾いている、空っぽだ。なにもしたくない。一人でいても少しも寂しいと感じない。仲良くなったはずの友達と話していても何をしゃべれば良いのか、どんな顔をすれば良いのか、わからない。勉強もなぜ頑張るのか疑問になってしまった。面白くない授業など受ける理由が見つからない。そんなことを考えボーっとしているうちに置いていかれてしまった。そしてまた、やらなくなる。悪循環だ。
気持ちの整理のやり方があるなら教えていただきたい。やりたくても出来ないのだ。それで責められると頭が真っ白になって心が真っ白になって…。
人間はいつ死ぬかわからない。若くて死ぬことだってある。今死んでも誰もなにも思わない。きっとそんな気がする。
あぁ、いつ死ぬのだろう。私はきっと愛されたいのだ。

