悪性の癌と申告されて2ヶ月、当然の事ですが、かなり状況が変わって
しまいました。
できれば、変化がある事に、更新しようと思っていたのですが、
とても、そういう心境では、ありませんでした。
ここからは、私の記憶をたどり書くので、多少の誤差があります。
5月末のゴールデンウィーク辺りから、階段の上り下りが出来なくなって
しまい、腫瘍も、どんどん大きくなり、それに伴う癌に対しての免疫作用で
腫瘍部が異常な発熱をするようになりました。
腫瘍部は、人の拳分ぐらいまで大きくなってしまった為、相当に暑い
らしく、腫瘍部分を冷やす為、涼しい場所を求め色々な所で寝るように
なりました。
階段下の小さな押入れ、洗面所、台所の窓等、その中でも、一番長くいた
場所が洋式トイレでした。
水の溜まった冷たいホウロウ部分に腫瘍部に当てて熱を冷ましていた
ようです。
そして、6月の上旬ごろには、横に寝ている事が多くなり、痛みが強いと
思われる、腫瘍の大きい方の足を上げたままご飯を食べていました。
ですが、片足だけではなく、両足とも痛みがあるらしく起きている時は、
常に辛そうでした。
薬は、毎日2回、朝は錠剤のみ、夜は錠剤とシロップを飲ませていました。
痛いはずの足で必死に抵抗をして、身体のどの部分なのか、飲ませる度に
ビリと鈍い音がしていました。
おそらく、癌によって動かなくなった筋肉が骨などに癒着してしまったのが
無理に剥がれた音だったのでは、ないかと思います。
クマは、毎日な薬を飲まされるのを本当に嫌がっていました。
夜の薬は、私が仕事から帰ってきたら飲ませていたので、私が帰ってくると
ビクビクして落ち着かない様子で、たまに、押入れなどに隠れてしまいました。
飲ませた後も必死の抵抗で疲れてしまい、ぐっつたりしていました。
同じような病気で、亡くされた方のブログで、薬を嫌がるあまり、嫌われて
押入れに閉じこもって最後を迎えたと言う話がありました。
そして、6月下旬ごろ、妻と二人で悩み悩んで薬をやめることにしました。
遅かれ早かれやってくる死であれば、できるだけ本人が嫌がることはしないで
逝かせて上げよう。
そう、二人で決断をしました。

