コンサルティングを通し人を幸せにする! 『Gentle heart all the time~いつでも素直な心で』 by Tsukasa kameoka

コンサルティングを通し人を幸せにする! 『Gentle heart all the time~いつでも素直な心で』 by Tsukasa kameoka

20代は自己投資、30台に経験値と感性で企業。

理念は「3Winの関係が築けない事はやらない。」
   「Never.never.never.never give up」
                書きたいこと書きます。             

やればいいじゃないか。 本気じゃないなら語るなよ。


今から止めだ! ~したい。~してみたい。という曖昧な感覚!!

~をする。~をやる。に変えてしまおう!!


成功哲学は成功する為の教科書ではない。成功したかどうかなんて最期まで解りやしない。自分にとって悔いのない生き方を振り返った時、笑えるか?の参考書が成功哲学だ。


「平和・富・名声・美・理・愛」。何かを犠牲にして手に入る物なんてそれは成功ではない。一流は全て手に入れる。欲ではない、野心・信念・情熱・愛情全て必要な要素である。


私には世界中の人々を幸せにできる能力も器量も備えていない。しかし、その時その時に出会った課題(人)に対し、誠心誠意対峙し、幸せになれるアドバイスや指標をプレゼントすることは出来る。


さあ、後ろから風が吹いている!!  やってやろうじゃないか!!

人生の第2章の開幕だ!! 気張っていこうじゃないか!!


普通のコンサルタントとは訳違う。人として相互に高めあえるコンサルティングが私の仕事である。



以下もご自由にどーぞ。どーぞ。

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ビシネス。
多用多種に渡り発展したビジネス形態。中には、パソコンに張り付き莫大な資産を作り上げる強者や、世界に渡り莫大な資金の取引や運用を行う者もいる。

それはそれでいい。何故なら、稼いだ後に真偽を見抜く余裕があるからだ。何でも出来るし、どうにでもなれる。

しかしどうだろう。皆さんは今、どんな人にも胸を張って手を振ることが出来るのだろうか?大志を抱くものなら尚更だ。

間違ってはいけない。
世のため人の為、出来ることを尽くすことが大志となるのだ。その大義なくして、達成は不可能だ。

金の話だけではない。人の上というあり得ない感覚に陥ってないだろうか?
楽してとか、楽しくとか、自由にとか、そういうのは、道に尽くした上に達成するべきなのだ。順序を間違えると、肝心な何かが抜けてしまう。

志しがそんなとこにはないのであれば、時間の無駄なので結構。
もしも、清く正しく美しく、謙虚に情熱を持ち、世のため人の為に胸を張り決断を繰り返す道を選ぶとしたら、甘い希望は捨ててしまった方がいい。

人は人。自分を人と比較してはならない。ない物や真意のない美談には羨んではならない。まずは、泥臭くてもいい、目の前にある山を越えてみよ!

自分で誇れる人となることが、胸を張るきっかけとなる。

情報に流されることなく、自己の感覚を磨こう。

決断はあなた自身しか下せません。どんなに美味い話しがあっても、それはあなたの物ではありません。

しかし、もしもあなたが美味い話を作り上げることができたのであれば、そんなのものは無償で譲って下さい!

世のために尽くし、あなた自身も更なる山を越える為に、現状を常に越えていこう!


世の中で、天才と呼ばれた人達がいます。

何がそう言わせたのでしょうか、何故、天。神々しく、人の領域を越えた言い方をされたのでしょうか。

それは、一般的ではなく、常識でもなく、普通じゃなかったのです。

それでは、馬鹿とはなんでしょうか?一般的ではなく、常識でもなく、普通じゃないことなのです。


天才とは努力や鍛錬でどうにかなるものではありません。天才になろうということじたいが天才の発想ではないのです。

とらわれないこと。人が何と言おうと、貫くこと。それが天才とまではいかなくても、近いところにいく可能性の入り口なのです。

あなたが、今まで言ったり、行ったりし、馬鹿にされていたこと。
もしかすると、そこがおなたにとって1番大切な部分なのではないですか???


世の中で、天才と呼ばれた人達がいます。

何がそう言わせたのでしょうか、何故、天。神々しく、人の領域を越えた言い方をされたのでしょうか。

それは、一般的ではなく、常識でもなく、普通じゃなかったのです。

それでは、馬鹿とはなんでしょうか?一般的ではなく、常識でもなく、普通じゃないことなのです。


天才とは努力や鍛錬でどうにかなるものではありません。天才になろうということじたいが天才の発想ではないのです。

とらわれないこと。人が何と言おうと、貫くこと。それが天才とまではいかなくても、近いところにいく可能性の入り口なのです。

あなたが、今まで言ったり、行ったりし、馬鹿にされていたこと。
もしかすると、そこがおなたにとって1番大切な部分なのではないですか???


いよいよです。

増税前の売り上げは駆け込みの影響で5%~10%は増加したはずです。
では、増税後はどうでしょう。

ドン・キホーテさんは増税前よりも売価を下げて、真っ向から戦うつもりみたいですね。原価を上げでも、出品数で利益を上回る戦略。

賛否両論あると思うが、私も同感だ。これは、スタイルの問題でどちらにせよ利益が確保できれば手法はなんでもよいのだが、攻めて守るスタイルが私に合っている。

同じような考え方でもう一つ。
よく、マーケットや、立地が全てとおっしゃる方がいますが、私の戦略上、さほど問題はない。しかしながら、戦略は大きく変わってくるので、臨機応変に対応する事と、ニーズうぃつかむ事が大前提になる。

競合ひしめく、激戦区では差別化を図ることと、そもそも流客数は非常に多いため、数多くのチャンスにめぐまれていると言える。

郊外型で、競合は商圏内に数店程度であればサービス力に特化し、地域密着営業をベースに愛される店舗をきづけばよい。

また、人里離れた所であれば、空間力に注力し、居場所化戦略をとり、粗利を稼ぐ事が可能だ。

使用するコストの比率はバラバラだが、どれも利益を作ることは十分に可能だ。
企業によっては、得意、不得意な戦略があるため、立地やマーケットにこだわりすぎる傾向がある。確かに実践的なデータは大切なのだが、ピンチの中にこそ突破口がある事を忘れてはならない。

今回の増税。実践データを詰むには十分すぎる好機だ。次回の10%戦略が楽しみの\になること必至だ。

柔軟に考えよう。必ずチャンスはあるのだから、臆することなく挑戦したものだけが、ものに出来る。
こんばんは。

本日は独り言です。

昨日、自信の気持ちを再認識しました。

法人化です。

個人事業主のままでもいいかと思う時も多々あったのですが、昨日気持ち新たに方向性を確認しました。
なぜ、このご時世に法人化なのかという理由ですが。
私個人のとしての社会への役割と責任とは、法人化による地元での雇用の確保と、地元への経済効果の貢献です。
まずはここが基盤となり、それを行う事が使命であり、責任なのだと。

個人で、税金を納めるよりも、法人として社会へ税金プラス社会貢献を重ねることが、一男として成し遂げなければならない最大の任務だと感じております。

人と共に成長し人を育てる。 食物連鎖みたいなものをまずは地元で成功させなければならない。成功とは利益の拡大だけではないが、そこが無いと貢献は出来ない。まずは地場で力をつけます。

事業計画もまだまだ中途半端で、万人を説得することは出来るレベルではないので、まだまだ時間はかかるかもしれない。しかし、そこに根拠と裏付けがないと誰も幸せになれません。

私は実践遂行能力はあるので、理念や基盤に重点をおく必要があるのです。
焦らず、個人事業を行いつつ、法人の準備を本格的に始動させます。

もっと柔軟に物事をとらえねばならないと強く痛感しております。
まず、この記事は私の経験則に沿って書きますので、根拠はございませんww

これもしたい、あれもしたい。あれが欲しい、あそこに行きたい。
『時間がない時』。この時にに最大の欲求が生まれるのです。

時間の拘束にあい、時間が作れず満たされずにストレスが溜まる時。時間があれば、余裕があれば、と強く考えてしまうのです。

では、時間があるとどうでしょうか?思っていたほど行動できていないのでは無いでしょうか?自由なのに、行動に移せない。あんなに自由を求めていたのに、いつでも出来るという安易な感情にあがされているのです。

人はある程度、時間に追われているからこそ更なる時間を欲するものなのです。だからこそ、忙しい時にこそ、時間を生み出せるようにならなくてはならない。

止まってしまい、一日中何もスケジュールが埋まっていなくても、100%の行動出来ますか?
ほとんどが無理だと思います。

忙しい時に、時間を作り、行動出来たとしたらそれは100%をゆうに超えています。
人は無いのもをねだるのです。
『お金がないから何も出来ない。』
そんな人はきっと『お金があっても何も出来ません。』

結婚なんてしなければ自由だった。そんな考えの人はきっと、やり直しても自由を手に入れていません。手に入れる人は、結婚が自由とは別物だからです。

物事のせいにして、~でなければ~だった。~したい。というのは、残念ながらどちらにせよ無理な方です。

無い物をねだりそうになった時。
それは、自力で勝ち取らねばなりません。

お金持ちの家計に生まれていれば。
こんな国に生まれてなければ。
遺伝だから。

..........................


そんな思考になったのだとしたら、現実を知ることです。そして、現実を受け止めた上で、立ち上がるしか、勝ち取る方法等ないのです。

平等などありえません。
しかし、人は努力と鍛錬で想像の出来ることを実現する事は可能なのです。
まずは、ねだる前に、現状から作り上げる事に行動をプラスしてみてください。気づくと手に入っているはずです。
君は社畜かい? いつまで殻にとじこもっているんだい?笑顔で好きなことやって生きていこうよ!

はいはい。それももちろんyes♫

しかし。社畜も場合によってはyes♫

そもそも、全員が好きなことやっても地球は回りません。使う側と使われる側というものが少なからず存在するのが事実です。しかし、それらは役割分担であり、決して差別や格差であってはなりません。 さて、社畜でいかにワークライフを充実させていくのか?そもそもプライベートな時間も少なく、給料も少ないかもしれない。もしかすると、社会的地位も高くはないかもしれない。

そんなのはどうだっていい。大切なのは、その仕事にドヤ顔出来ること。その瞬間を自分に酔えることだ。結果の大小なんて、他の人が騒ぐだけであり、価値観は本人が決めるものだから関係ない。

寝不足で、残業代もでず、休みも少なく、ゾンビのように働く人がいる。でも、その人達が輝く瞬間がある。仕事を完遂させた瞬間だ。普通では計り知れない苦労の末に酔える瞬間があるのだ。

それがいい。そんなドヤ顔をみるのは好きだ。

今、自分が社畜で、それが嫌でとりあえず計画もせずに辞めようとしている人や、自分の仕事の価値がよくわからない\くなった人。

価値なんて、自分で決めろ!  ノルマも、目標も与えられるものではない。それを達成し、自己満足でものいいからドヤることだ。 人の目を気にしない。自分の中では、確実に有言実行。目標達成しているならすばらしいじゃないか。

よく、勝ち組や負け組。楽して稼げみたいに半分強要し、批判するよバカ扱いする奴らがいる。

世の道理うお知らない奴らは長くは持たない。長く、細くても長く輝けるのはあなたです。

さあ。明日からあなたは社畜でもいいじゃないか! けど、ルールは自分で作り、ノルマをあげることだ。 ちなみにノルマとは最達成する目標のことだ。

汗水流して働こう。
もちろん、企業するにしてもだ。

この道理を理解しないと次のステップにいくことはお勧めしない。

9割。


今日。この瞬間までの実績は全て真実なのです。

お金がない。夢がない。時間がない。すべて現実です。それを受け入れなければこれから先も何にも変わりません。


人は言う。

『世の中、我慢が大切なんだよ』

『贅沢なんてしなくても十分幸せに暮らしていける』

『好きなことして食べていけるのは稀。』

『現実は甘くない』


はあ。言われてみれば『そ、そうだね・・・・』といったところか・・・


はっきり言ってしまえば、それ現実問題達成や到達したことないから言えるだけだろ?

手に入れてから見つけた境地とは全然別物。説得力なんてありもしないのに、人を巻き込んで可能性を潰しにかかる。傷のなめ合いどころか、罪だろ!!


好きなことして生活している人からみればすごく普通の話なのだが、リアル世の中の9割はこれだ。

本当にそんなんでいいのかな?

強要するつもりもないけど、これからの可能性を説得力も何もない人たちに呑まれていくのはむごすぎる。ましてや、そんな悪環境なら尚更だ。幸い都心部では、多様多種の人間がいる為選択肢は割と広いし、視野も広がる。しかしながら田舎に行くと、負のオーラが漂っている。しかも、そこに住む方々の基準や価値観はその小範囲の世界の中だけなのだ。


そんな小さな世界でのルールや、知識はとても危険だ。これから羽を広げて成長しようとしている人間の可能性が5割減る。


一人でも救ってやる。言い方は間違っているかもしれない。けど、仕事とかやりたいことは、実は無限大なんだ。地球で起きている物事や事象全てに可能性が潜んでいて、決まった職業なんてものも本来ない。


ラーメン食べたきゃラーメン屋という小さな発想に縛られるのではなく。例えば大げさに言うと、ラーメン食べたきゃ『動物園』とかね♪  意味なんてない。 縛られすぎなんだよ。


車屋が家売ってもいい。 ケーキ屋が農家をはじめてもいい。 農家がロケット飛ばしてもいい。


傷のなめ合いは本当に危険だ。


君は連れションタイプになってもいいのかい?


私は一人で行きたいときにトイレにいくよ♪

昔から、そうだった。

 決して鬱にはなれないタイプのである。とくに楽観的とかそういう訳ではない。幾度となく人生詰んだと思われる出来事に遭遇し、死を覚悟したこともあれば、選択肢がそれになったこともある。しかしどうゆう訳か、耐え凌いできた。メンタル的には崩壊しても、最後の瞬間に呪縛から解き放つ方法ががあったのだ。
 それは、金縛りを解く方法ににている。ちなみに私の金縛りを解く方法はいたってシンプルだ。
動かない体をプルプルいわせ、声がでない状態で、一気に力を解放するイメージだ。現実に例えるなら、体中からオーラを放つイメージ。※まったく現実味がないが。。。

そうすると数秒解放される。しかし大抵の場合、そのまま安心すると2回目に突入する。これを3.4回クリアすると打ち勝つことができる。

 話がそれてしまったが、どんなにダメージを受けても鬱状態には入らないのだ。ヤバいと感じたことは何度もあるが、その瞬間から自然に振りほどいてしまうのだ。
開き直るとか、強いとかそういうのでもない。悔しくて泣くこともあるけど、それと同時に怒りが現れる。おそらく、これがいいのだと思う。何糞根性だ。
 つい最近も、雇われ業の方で、鬼畜な環境にかなり精神的にやられていた。しかし、yesにはならないのが自分だ。会社にnoと意思表示をした。基本的に自由でないスタイルしか受け付けない。縛られて、他人\の手のひらで転がされていないのが救いなのだ。

 身勝手なのかもしれない。しかし、yesマンは自分にとっては鬱そのものだ。だからyesマンにはならないし、鬱にはなれない。
なりたい訳ではないし、強い訳ではない。しかし、鬱を回避する方法が私の中にヒントがあるのかもしれない。もっと分析してみようと思うのです。



最低は±0 そこから+1を重ねていく付加価値。


この理論はどのような事にもあてはまります。


人の要求に答えるには、最低でもその条件を満たしていることが条件となります。もしもその条件以下だと、それは不満や信頼を損なうこととなります。

また、求めているものとずれていたり、要求と反することがあった場合は致命的です。


大切な人とディナーに行き、フレンチだったとしよう。そこで、とても美味しいシチューをオーダーしたとする。すると、オーナーシェフがやってきて、『本日は特別に、このレシピをお教えしますので、厨房へどうぞ』。と言われた。どうだろう。。。。。

冷静に考えれば、こんなチャンスはなかなかない。一流のシェフがわざわざ極秘レシピを公開するというのだ。しかし、そう言われた彼はそんなふうには思わないだろう。むしろふざけるな!と思うことだろう。なぜなら、求めていないからだ。

彼が、もしもいずれフレンチを開業したいと強く思っており、勉強の一環で来店したのであれば、それは+0以上の価値となり、感動に繋がるだろう。しかし、普通はそうではないのだ。


一昔前に流行った、情報商材やビジネスセミナー、ビジネス塾。

これらは、何故不満の声が9割あがるのか?

単純な事だ。実は、詐欺と言われる内容の講義や商材であっても、本当の犯罪者でない限り、割とまともな事を言っていたりするのである。もちろん、言葉や知識の寄せ集めで、あまりオリジナリティーはないし、時すでに遅しだが。ではなぜこのような現象が起きるのでしょうか?

それは、顧客が求めているのは、これをやれば100%結果がでる。もしくは運が良ければ200%の結果にもなるという、安易な考えなのだ。そもそも、人の知識で金持ちになろうという発想自体がナンセンスなわけだが・・・・。

求めている物と発信している物がすれ違うと批判となるのである。毎日1時間で月収100万円!! 本当に100万円稼げて±0.それ以上で、感動なのだ。


プライベートでもそう。仕事でもそう。


100円が101円の価値があれば成立する。

100円が99円の価値であれば、消滅する。


±0が当たり前。そこから+1で価値を見出してみよう!笑顔になれるよ、相互で。


喜びってそういう事。