音楽が好きなんです。
もちろん、アーティストご本人のことも好きです。
でも、わたしが好きなのは
『音楽』なんです。
こんばんは。
なんだか最近
(推し活ってなんだろう?)
ってよく考えます。
わたし自身、高校時代から愛してやまない
いわゆる「推し」がいます。
もちろん稲葉さんのことなんですけども。
ただ、「推し」って言葉が生まれてから数年が経ちましたが、自分にとって稲葉さんが「推し」という存在だと未だに認識できないんですよね。。
ずっとずっと
「ファン」
なんですよね。
そこの違いはなんなのか。
もう何度考えたか分からない。
違いをAIに聞くとさ
推しは
「この人を応援したい」
「この人を特別に追いかけたい」
とか、そういう意味になるらしい。
………いや、、、
ファンだからファンクラブに入ってLIVEに行ってたんですが……🤔???
マジで推しってなんだ…?
確かに稲葉さんを特別に敬愛してる。
それがファンということだとわたしは思ってた。
だって
音楽というものが好きで
その音楽に惹かれて
音楽を通して人柄に憧れ
尊敬という気持ちを持ったわけであって
その音楽がなければ、何も生まれなかったものなんです。
もちろんビジュは大事だと思う。
間違いなく惹かれるものはある。
でも
ビジュが良いから好き。
好きだから音楽も良いものと判断する。
それじゃ、アーティストを応援する意味では本末転倒じゃないか…?
世の中もっともっと惹かれる音楽が山ほどある。
その広い世界に目を向けずに、どれだけ微妙な作品を作ったとしてもそれを肯定するしかできないくらい盲目的にひとつのアーティストを応援することを「推し活」と呼ぶのならば、わたしは一生その推し活というものは出来ないと思ってる。
稲葉さんは、誰が疑うこともなく音楽アーティストですよね。
じゃあ
水瀬いのりは?
SnowManは?
Aぇ!groupは?
みんな音楽やっているんだから
同じ音楽アーティストですよね??
そこに壁を作りたくないんです。
自分にとっては
音楽アーティストとして同じ尊敬すべき存在なので。
わたしは特に、全てを一度フラットに見た上で
(こういうところは誰よりも優れているな。)
(こういうところは彼らよりも劣ってるな。)
ってよく比べるんですけれども。
「それぞれなんだから優劣つけるなよ」ってよく言われるんですけれど
みんなそういう風に自然と比べてるから
「気になる存在」
「好きになる存在」
「興味を持たない存在」
っていう自分の中の評価が生まれるんじゃないでしょうか?
そもそも競争社会じゃなければ良いものは生まれない。
「B'zと比べるのはそのアーティストに失礼でしょ。活動してるステージが違う。」
…って
同じ音楽やってんだから!!!!!
比べない方が失礼だろうが!!!!!!!
と、わたしは思うんです。
音楽を通じてどこまで人を震わせることができるのか。
自分は、その芸術性に惹かれているのかもしれないですね。
つまり、音楽があれば良いんです!!
だからラジオも積極的に聞くわけではないし、ご本人の音楽活動以外になかなか興味が出ないのもそういうわけであって、音楽を通した活躍に惹かれたから好きになっただけなんです。
ひとりのアーティストを応援していければそれでいい。
それを否定する気なんてさらさらないけど
それじゃ、その推しがどれだけ素晴らしい音楽活動をしているのか知ることはできないじゃないか……って、思うんです。
段々なんの話してるのか分からなくなってきましたが5時起きして明日も5時起きなので許してください笑
でもなんていうか
今の「推し活」ってものは、そんなところどうでもいいんだろうな…ってのが垣間見えてしまって、音楽好きとしてはただただ寂しいなって思っています。
とりあえず
好きだからって何でもかんでも肯定するのは人としてどうなんですか…?
それって好きっていうんですか…?
ただの依存でしかないのではないですか?
「推し」に良い影響を受けてそれを力に変えて自分の人生を生きていくのか、「推し」に支配されて「推し」がいなければつまらないような人生を歩んでいくか、その前者のことを「ファン」と呼ぶのなら、わたしは一生「ファン」でいい。
音楽を通じて、人生を豊かにしたいだけですから。
なんでいきなりこんな話をしてるんだろうか。笑
なんていうか
Aぇ!groupのファンの皆さんと交流して
水瀬いのりをもっと盛り上げたい!!
って思った。
いやまぁこんなの
わたしひとりが思ったところでどうにもならないんですけれど。笑
でもやっぱり
良いものは良い。。
良いものは人に勧めたくなる。
純粋にただそれだけ。