M8に続くパニック小説第二弾!

と解説に書いてあってびっくり。
こういった小説はパニック小説と言うのかと。

確かに、シミュレーション小説じゃおかしいし、アクションとも違う。SFとも言えない。
自分の中では災害小説かなと勝手にジャンルを作っていました。

でも、このパニック小説って言葉は今だから思うのだけれど、「嫌」。
だって、小説は娯楽だから、パニックを楽しむ小説という事でしょ?

自分に降りかかるかもしれない未来を提示されて、ハラハラドキドキと他人事の様に切迫した雰囲気を「楽しんで」いる。

小説自体は勉強になったし、そこに生まれた人間ドラマに涙したりもした。
一言で言えば、面白かった。
けれど、今これを読んで面白いと言ってしまう思ってしまう事すら自分は歪んでいると思う。
それが、読み終わった後の感想でした。

危機を訴えても日常を信じて動かない人々。起こるかもしれない災害に先手を打てない政府。耐震性に自信を持った建物の想定外の崩壊。水に溺れた人の頭を踏み越えて生きようとする本能。

恐らく現実にあった事柄を擬似体験し、震災そのものと人間そのものの恐ろしさを感じる。

物語は終わる。けれど現実は収束に向かっているのかどうかすら分からない。一刻も早く、少しでも良いから前進していると言うところを見せて欲しい。
それは、政府であり、東電の早急な責務だ。

昨日のニュースで被災者に土下座する東電の人間が写されていた。その姿を見て私は逆に不安になった。
「もう取り返しがつきません。被害も何処まで拡がるかわかりません。こうして謝る事しか出来ません」と言われている様だった。

勿論、そんな事は言わせないけれど、ならば順番が違う。

もっと早くであるべきだったし、こうなった今一日でも早く結論を出した上であるべきだったのでは無いだろうか。

だから、中途半端な姿勢にしか見えなかった。

そこがこの小説と現実の大きな違いだ。

メルトダウンを止める為に放射性物質が漏れている場所に飛び込む人間は原子炉を管理している人間の中にはいない。
あくまでも小説上、空想上の人物に過ぎないのだろうか?

まずは正しい情報をまとめたい。

今、東京にある日常のうちに。

これから、ある地域では津波にも耐えられる建築が求められるのだろうか?
想定外には対処しても仕方ないのか?

答えはまだない。
けれど、その問題に答えを出せない人間は建築すべきでないだろう。

それについてはいずれ。





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追記

東京電力や政府は恥を知るべきだ。
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