ショーペンハウアーの『孤独と人生』を読んだ影響を今、もろに受けた考え方をしている。自分はもしかしたら天才かもしれないから、この社会で生き辛くて、職場で関わっている人間なんて皆浅いから、今の仕事は辞めて、誰とも仲良くならず、一人でアルバイトして最低限の生活費を稼ぎながらそれ以外の時間は一人何か創造的なことをしたほうが良いのでは、と一日に何度か考える。プライベートで今関わりのある人たちとも没交渉したほうが良いのでは、とも考えてしまって、まあちょっと待てと。20代前半の頃だって、同じ考え方して、結局、今の生活態度に落ち着いているんじゃないか。創作活動なんてせんし、長いアルバイト生活に焦りを感じて就職して、今に到るのだから、絶対また孤独を目指して仕事辞めても、今と似た状況に戻るって。ブログでも書いて、創作した気になって、明日からまた働こう。な?
とういうことで。
ショーペンハウアーの『孤独と人生』を読んで、ウエルベック『ショーペンハウアーとともに』も先ほど読んだ。
ウエルベックの小説に最近ハマっていて、『闘争領域の拡大』『セロトニン』『素粒子』を読んだ後、次のウエルベックは何にしようかと調べていると、ウエルベックがショーペンハウアーについてエッセイを書いているし、それの邦訳も出ているし、次はこれだと思った。ウエルベックという人間に興味が湧いたので、エッセイを読みたくなったのだ。H・P・ラブクラフトについてのエッセイもあるらしいが、小説家よりかは哲学者に興味が向いた。図書館で貸し出し予約し、届くまでは実際のものを読んでみるかとショーペンハウアー『孤独と人生』を先に読んだ。これは、『幸福について』という邦題で知っていたけど、金森誠也訳の白水版だと『孤独と人生』で、図書館の棚にはこれと他社の『幸福について』の二つが並んでいたから最初を読み比べると、内容は同じだったので白水版にした。幸福って、タイトルにあるとうさんくさい。孤独って言葉のほうが肌に合う。
ウエルベックの小説を読まなかったら、ショーペンハウアーの著作は読まなかったはずだ。ウエルベックの小説は、救いようがないけど悲しみへの共感で胸がいっぱいになる。自分は今よりもっと、女にモテて、やりたいことやって、人生楽しくなるんじゃないかという希望があって、なんでそれが現実にならないのかと自分に絶望して、死にたくなるけど、人生そんなもんなんだとウエルベックの小説は教えてくれる。全く、世間は欲望ばかり駆り立てるが、あるのは渇きだけだ。モテない男に必要なのは、即効的に気分をぶち上げる酒かギャンブル、spankbang(最近このAVサイトの素人タグの動画を観てる)でのオナニー、そしてウエルベックだ。ウエルベックがショーペン好きなら、僕も読むで。ショーペンを。
『孤独と人生』は、面白かった。後で『ショーペンハウアーとともに』を読んで、それの訳者による解説に『孤独と人生』は読み易くてスラスラ読めると書いてあったけど、哲学書を避けてきた自分には毎日ちょっとずつしか読めなかった。でも、飽きずに毎朝、起きたら読んで、最後まで目を通せたのは、読み易いと言われる、面白いと言われる所以なのだろう。前回のブログで書いたけど、今友人を自分の中で、どういう風にしてやろうかと悩んでいて、『孤独と人生』読んだ影響で絶交を考えてしまった。でも、その友人を失った後、ショーペン効果が薄れてきたら後悔しそうなんだよな、そんな身勝手なことしたら……。この件はとりあえず保留中にしてる。強力な本って、読んでいる間としばらくは、作者の伝えたいことに頭が染められちゃうから危ない。
でも、強引に引き込まれる読書体験が、刺激的で楽しいのだ。読んでいる間、うわあ俺、ショーペンが描く理想の人間像に近付けそう、って思える時があって、すげえ気持ちいい。そんなになったら、すげえ人間になれるじゃね俺、みたいな。『ショーペンハウアーとともに』で、ウエルベックはショーペンの『幸福について』を初めて読んだ時、全てが一瞬で崩れ去ったと書いていて、読んだのは25から27の年齢の時だったとも書いている。僕、今27歳でして、同じぐらいの年で僕も『孤独と人生』を今回読んだわけで。ウエルベックになれるんじゃね俺、とか思ったり。次のショーペンは『意志と表象としての世界』を読まんと、と思ってる。
『ショーペンハウアーとともに』は、『孤独と人生』読んだ後だと、蛇足に感じた。別に読まんでもいいと思った。『意志と表象としての世界』と『幸福について』からの抜粋ばかりで、それにウエルベックがコメントを寄せているといった体だった。ショーペンの哲学をさらに強固となるよう支えるというより、すでにショーペンの哲学は強すぎるから、ウエルベックはそれに料理でいうところのパセリみたいな注釈を添えた感じだ。序文の、ウエルベックがいかにショーペンハウアーの影響を受けているかを書いた文章は面白かった。あと、ウエルベックの文章中に「勃起」という単語が出てきて、訳者の注釈で『ここで勃起を出すところがウエルベックらしい』と注釈を入れていたのは笑ってしまった。