取材前、マンションのエントランスで待機する時間ほどナーバスになる時間はない。
撮影開始時刻に遅れないようにはもちろんだが、早く行き過ぎても住宅街の周りには何もないことが多く、暇を持て余すことになる。

この時間が地味にしんどい。朝早い撮影だったり、取材前のSNSに掃除の様子をあげられたりした際には早く伺うのも申し訳ないし。
時間としては5〜10分だが、この時間が不思議なものでマリッジブルーのような漠然とした不安に襲われる時間でもある。

昔から本番前の緊張には弱かった。野球の試合は整列するまで、水泳の大会はスタート台に立つまで、営業の仕事をしていた時は客先の受付に行くまでと直前まで吐き気がしたし、トイレには絶対行くようにしていた。

「漠然とした不安には、準備に不足があるのでは?」と撮影するカットを細くノートにまとめたり、雑談もできるよう取材者のSNSをチェックしたりと不安になるかもしれない要素を潰していったが、軽くえずくくらいの均等は、未だ変わることはない。

原因はあのエントランスの独特な雰囲気のせいでもあると思っている。
住宅の入り口、迎え入れる場でありながら、住んでいない人間にとってはそんな雰囲気を感じさせない。人とすれ違ってもやすやすと話すことはできないし、閑静な住宅街だったりするといるだけでも浮いてるんではないかと思ったりもする。
気分はまるで映画「ターミナル」のトムハンクス。
変わらぬ景色に同じ人間がいるのに、閉じ込められてしまったような感覚に陥るのだ。

じゃあすごくおもてなしを感じるエントランスが良いのか?と思っていたけど、そうでもないことを最近になって知った。
昨年末、海外で伺ったコンドミニアムにはゆったりと座れるソファに、綺麗な格好をしたコンシェルジュ。
呼べばウェルカムドリンクすら持ってきてくれそうな雰囲気に、「もう今日はここで終わってしまおうか。」とスッと甘い天使が語りかけてきたと同時に我に返った。
「ダメだ!こんな空間にいたら満足して撮影前に帰りかねない。」

結局のところ、「終わったら近場のランチや飲み屋に行けるよう楽しんでいくか!」くらいの適度な緊張が丁度よいのだ。と思いつつ、束の間のリラックスを求めて、エントランスでのネットサーフィンは続く。