
日本ダービーは昭和7年
目黒競馬場で始まったが
それ以前にもダービーはあった
まず明治7年には
横浜根岸競馬場で距離1000メートルの
横浜ダービーが登場する
この横浜ダービー
早くも2年後には中断するが
明治33年に本場並みの2400メートルになって復活
明治41年までつづいた
また
同時期の横浜根岸競馬にはチャイナダービーというレースもあった
(明治37‥42年)
チャイニーズポニーばかりのレースだった
きわめつきは
明治35年11月18日
同じく横浜根岸競馬場でおこなわれたその名も日本ダービー
残念ながら1000メートルの距離で
当時の新聞も日本ダビー賞典と書いたが
間違いなく日本ダービーだった
さらにジャパン・ダービーというのもあった
板垣退助を会頭とした京浜競馬クラブが明治41年4月26日
川崎競馬場で開催された
こちらは距離も2400メートル
そして優勝したのは
安田記念にその名を残す安田伊左衛門氏のスイテン
安田氏はのちに東京競馬クラブの名誉会長に就任し
日本ダービーの創設に尽力
つまり日本ダービーの生みの親だが
もしこのレースで負けていたらダービーを提唱しただろうか
