再び実家へ2 両石町 | ちわわのつーさん

再び実家へ2 両石町

※ いつもよりも写真が多いです すみません



夫にとって 釜石市両石町は 叔父さんの家があり

夫の実家からも近く 年の近い従兄弟がいた事もあって 

よく遊んだ場所だそうです


私にとっては 釜石市の市街地寄りの自宅から

箱崎町の祖父母のお家に 遊びに行くたびに 通る場所でした


急なヘアピンカーブがあって 子供ながらに通るたびに

弟ときゃいきゃい はしゃいでいたのを よく憶えています




津波に襲われる前の 両石町の写真です たくさんのお家があります


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写真の奥に (写ってないけど)海があります 

道は国道45線です このまま右にカーブして釜石の市街地へ続きます


写真の手前に (写ってないけど)急なヘアピンカーブがあります

恋の峠です



そして 震災の当日

身体ひとつで逃げて 間一髪助かった 夫の叔父さんが写した写真です


※携帯のカメラですので 画像が粗いです


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高台に避難しました 海に白波が見えます


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防波堤も水門も乗り越えて 津波が町に入ってきた瞬間です


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あっという間に 全てが水に沈みました

高台に避難した 叔父さん達の 足元まで水がきたそうです


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波が引いた後には 瓦礫だけが残りました

叔父さんのお家も車も 全て流されました


叔父さんは建築士です

自ら設計した家は 津波に破壊されること無く

そのままの形を保ったまま 攫われて 海に沈んでいったそうです

「丈夫に建てたんだよ…」

寂しそうに言った叔父さんに かける言葉がみつからなかった…



そして 現在の両石町です


今回の帰省で 釜石の市街地から鵜住居方面へ

国道45線を通りました


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津波で壊された道路が もう補修されていました

前回の帰省では 通れなかったのに…

どれほどの方が 休まずに働いたのか 感謝の気持ちでいっぱいです


1車線分なので ガードレールの上に人が立って 片側通行の誘導をしています

心配になりました 落ちないでくださいね



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叔父さんのお家があった所です

叔父さんは 桜の木の上の辺りから 津波の写真を撮っていました


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左側にも何も無いんです


ちわわのつーさん

右側にも何も無いんです


ちわわのつーさん
 

この写真の 黄色い点の所から 最初の

「津波の前の両石町」を写しています


あの時に写っていた たくさんのお家が 無くなりました

たくさんの方の命が奪われたという事は これからも忘れてはいけないです