“文明の衝突”(サミュエル・ハンチントン著)


「国際文化論」という授業の課題図書として出されていた本書を読んでみた。世界の秩序・平和のためにはどうすればよいのか?本書は21世紀の国際秩序のためのひとつの提案をしている。その意味では国際秩序を模索する人にとっては選択肢のひとつとして知っておく価値はあるかもしれない。しかし、注意する必要があるのは本書の意見は多分に著者の文化的背景に縛られており、著者の論理の限界を自分で証明してしまっているということである。さらに文明の分類(西欧、中国、イスラム、ヒンドゥー、東方正教会、ラテンアメリカ、アフリカ、日本)としている点も問題があるし、特に12章で展開される悲劇的な世界戦争のシナリオも信じがたいし、疑いの念が残る内容である。


本書の理論をそのまま利用するというのはあまりに短絡的であるため、むしろ本書の長点は世界の地図を一応は提示し、文明間のフォルトライン戦争ということに固執してはいるが、ある程度世界の紛争の原因となっている民族や宗教の分布を提示している点である。本書の利用価値としてはそうした個々の紛争を詳細に研究する際の地図としての役割は期待できるということである。もちろんその地図自体も個々の研究にしたがって修正が求められることになると思うが、それも元の地図があってこそである。


私が韓国に留学に来てから半年が過ぎた。日本と韓国は非常に類似した社会である。産業、サービス、生活など日本とほとんど変わらない社会である。しかし、言語・文化・宗教などの分野になるといくつかの相違点が見られる。そこには日本と韓国のアイデンティティの源泉があるからである。文明と言えるほどの相違かどうかについては議論の余地があるが、文化的差異は明白である。お互いの文化を理解し、協調していくことが非常に大切であるということを感じる。この点についてはハンチントンの意見には同意できる部分がある。(文明というよりは文化の差異の理解という意味では)


私がこの本をすすめたいかと聞かれれば、「紹介はするが、強くは勧めない」程度である。確かに世界の民族や宗教的紛争などを整理した世界地図を持ち合わせていない人には有用な本かもしれない。しかし、そうした地図の代替物を持ち合わせている人にとっては特にこの本でなければならない必要はないであろう。なによりもこの本の問題点の多さを考えれば客観的に本書を読める人以外にはあまり勧めたくはないと言えるかもしれない。

“自分たちがどこにいるかを考えなければいけない”


サッカーの中田英寿選手(以下NAKATA)ががボルトン入団会見においてこのように発言したと8月19日のあるスポーツニュースで報じられた。http://www.sponichi.co.jp/soccer/special/2005_2006nakatahide/KFullNormal20050819039.html


この記事を信用したとして、この言葉は非常に示唆に富んだ言葉であると思う。NAKATAはイタリアセリエAという世界最高峰のリーグで7年間を過ごした。私はサッカーについては素人なので、サッカー選手としてのNAKATAのことは何も言わずに応援したいと思う。しかし、一人の人としてのNAKATAの哲学には魅力を感じる。


イタリアに渡ったNAKATAはイタリア語を習得した。そして、新天地イギリスでは英語のみでの入団会見に挑戦した。イタリア語ほどは流暢ではなかったというが、それでも通訳の助けなしに会見を終えたことは決して容易な事ではないと思う。NAKATAは日本人記者との対応にも英語を使ったというが当然であろう。そこはイギリスなのだから。


言語はコミュニケーションの手段とともに国のアイデンティティの源である。NAKATAの姿勢は異文化交流においてもっとも大切な“現地の文化を尊重する”ということを示していると思う。私は今韓国にいるが、すくなくとも韓国にいるかぎりは韓国語を話せるように少なからず努力することが必要であると思う。英語が世界共通語としての役割を果たしているとはいえ、英語を母国語としない国の人々のことを理解するにはその国の言語を学ぶことが最も必要である。もちろん言語を習得しただけでは本当の理解を得たことにはならないが、その一歩を踏み出したことにはなる。


“自分たちがどこにいるかを考えなければいけない”


常に謙虚な姿勢でいることの大切さを思い出させてくれる心に残る一言である。



“継続は力なり”


ある先生から教わった言葉だ。このブログの目的もまさにこれだ。日々感じることや反省することは多々あるが、それを記録に残すことは難しい。


第一に感じるということはあまりに曖昧である。言葉にしようにも適切な言葉が浮かばないことが多い。しかし、だからこそ言葉にすることには意味がある。自分の中の曖昧なものを言葉という媒体を使って表現することで創造力を生み出すことができる。(絵、映像、画像、ボディーランゲージ等もそれぞれ特徴的な媒体である)


第二に続けるということは容易いことではない。あきらめるということは続けることの対立項目であり、人は前者に傾きがちである。あきらめる理由として、面倒であるという理由はもちろんであるが、続ける自信を失ったり、続けることが物理的に困難になることもある。しかし、続けることは力を得る唯一の方法である。


ブログを開設するにあたって、上記のことを忘れないようにここに記しておこうと思う。


ブログの内容は主に以下のようなものを想定している。


1.日記。大半はこれになると思われる。


2.書評。ブログを開設した動機のひとつである。皆様からご意見をいただけたら幸いです。


3.意見。公開する自信がある場合は意見を述べていこうと思う。


訪問してくださった皆様に心から感謝いたします。


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