世間でも問題視されている。

自分の中でも、
生活に影響するくらい、ニュースを見る度勝手に悲しくて涙を流してしまうくらい、とても、とても大きく捉えている問題がある。

毎日のように虐待のニュースが流れる時期があった。
全部が全部メディアに取り上げられる訳でもないのに、毎日、毎日、尊い命が、失われた。

それがどうしようもなく悲しかった。

こんな言い方は冷酷だけど、全然関係ない。
赤の他人が命を落とす、自分に実害はない。だけど、

中学生、夏、自分家に歩いて帰って、Twitterのニュースを見て、団地のトイレに籠って、一人号泣した。

トータルで、何百時間くらい考えたんだろう。

理由はよく分からない。今でも結論が出ない。
今でこそ自分はきっと恵まれていると思えているが、その頃は思春期かなんだかで、自分の境遇を恨むあまり自分含め家族というものが大嫌いだった。もしかしたらそれで同族に対して哀れんでいたのかもしれない。または単純に子どもが好きだったからなのかもしれない。それで余計に悲しかったのかもしれない。それとも、自分の精神状態が不安定な時期だったのかもしれない。

ただ、たぶん、確定ではないけど、子どもとか、ペットや動物とか、弱いものいじめがどうしても許せない性格なんだと思う。

まあ、その時は結論づかなくてモヤモヤして、感情のぶつけどころが無かったから、もどかしくて、自分に今何が出来るのか考えた。

1人でも多く、愛のもらえなかった子どもを救いたいとか、話が派生して申し訳ないが、殺処分される犬を救いたいだとか、偽善の、自分の欲求のままに、考えた。

例えば、娘、息子をグチャグチャにしたクズ親どもを同じような目に遭わせて裁いて、罪を償わせることが、被害者である子どもたちを救うことに繋がるのだろうか。
例えば、稼いででも借金してでも金を使ってた犬を沢山飼って幸せにしてあげれば万事解決なのだろうか。
私には演劇という武器があるから、そのツールを使ってせいぜい何十人の人に伝えられるだろうか、とか。

死人に口なしである。

というか、無関係なんだから何をしようが結局自己満足でしかない。



難しすぎる。
きっと正解もない。

ただ、わたしは、無力でなにもできない、理不尽な社会を変えることも出来ず、お部屋で一人しくしく泣くことしか出来ないので、とっても都合のいい、誰も傷つかない考え方を発見した!!!

すべては運命だ。

理不尽に殺されてしまうとか、辛い人生を送っているだとか、夜に蔓延る不幸は沢山あるけどそういうのは

前世で悪い事をしたから、現世で罪滅ぼししてるんだよ。

哲学的に考えてさ、決まってるんだよ。神様が全部決めてるんだよ。わかるかな。

人生っていうのは最初から最後まで決まってて、全部運命的に進んでるんだよ。今日が終わって明日が来るように、明日転ぶことも、明日泣くことも、明日何を食べるのかも、全部はじまりの日に決められてたんだ。だから未来を変えるなんて不毛なんだ。だからなるようになるよ。そんなに心配することないんだ。だからって、自分の感性を否定しなくてもいいんだ。だってそれも全〜〜部神様が計算して、もう決まってる事だから。

宗教的でなんかちょっと、怖いけど、
これが私の中の、明日には変わってるかもしれない、
思考です。



飽きたのでもう辞めます。