出雲と聞いて、まず思い浮かぶのは「神話の世界」や「出雲大社」ではないでしょうか。
けれど実はこの地には、神話を裏付けるかのような驚きの考古学的発見が数多くあります。
今回は、島根大学病院から足を延ばして訪れたい、日本考古学を揺るがせた2つの遺跡――「加茂岩倉遺跡」と「荒神谷遺跡」をご紹介します。
どちらも弥生時代の人々の祈りや営みを今に伝える、まさに“神々と古代人が交差した場所”。
さあ、太古の出雲へタイムスリップしてみませんか?
加茂岩倉遺跡(雲南市)― 祈りの音が響いた弥生の丘
1996年、雲南市加茂町で道路工事中に偶然発見された39個の銅鐸(どうたく)。
その数は日本最多で、考古学界に大きな衝撃を与えました。
この「加茂岩倉遺跡」は、祭祀(さいし)に使われた青銅器が大量に埋納されていた特別な場所。
一部の銅鐸からは「袈裟襷文(けさだすきもん)」や「流水文(りゅうすいもん)」など、美しい模様が確認されています。
また、トンボやカメ、鹿などの絵画が描かれているものもあり、自然や動物への信仰心が伺えます。
銅鐸には、音を鳴らして使われた「聞く銅鐸」と、飾って見せる「見る銅鐸」があり、どちらも弥生人の祭りや祈りに使われたと考えられています。
さらに興味深いのは、加茂岩倉の銅鐸と、後述する荒神谷遺跡の銅鐸のいくつかに共通の「×印」が刻まれていたこと。
これは、同じ祭祀集団が両遺跡に関わっていた可能性を示唆しています。
現在、遺跡は整備され、併設の「加茂岩倉遺跡ガイダンス施設」では、レプリカの展示や映像で銅鐸の歴史を学ぶことができます。
静かな山あいに佇むこの場所は、まるで古代の祈りの声が今も聞こえてきそうな、そんな不思議な空気に包まれています。
荒神谷遺跡(出雲市)― 銅剣358本、奇跡の発見
加茂岩倉遺跡の発見からさかのぼること2年前、1984年には、出雲市斐川町で**358本の銅剣(どうけん)**が一度に見つかるという、考古学史上前例のない出来事が起こりました。
それが、荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)です。
加えて、銅鐸6個・銅矛16本も同じ場所から発見され、これらの青銅器はすべて弥生時代後期のもの。
いずれも出雲独自の様式があり、当時この地に高度な文化と強力な権力があったことを物語っています。
銅剣358本の出土は、それまで日本全国で見つかっていた銅剣の総数を一気に上回るほどのもので、教科書にも載るようになりました。
ここでも加茂岩倉と同様、「×印」などの共通点があり、両遺跡が密接に関係していたことは明らか。
そしてこれらの青銅器は、出雲が「神話」だけでなく「実在した古代国家」であった可能性を強く示唆しています。
遺跡のそばには、「荒神谷博物館」が建てられ、出土した青銅器の精巧なレプリカや発掘時の様子を学べる展示が充実しています。
小高い丘の上からは、出雲平野が一望でき、古代人の視点に思いを馳せることができる、静かな名所です。
出雲の神話と歴史が重なる場所
加茂岩倉遺跡と荒神谷遺跡――この2つの発見により、出雲が神話の舞台であるだけでなく、実際に栄えていた宗教・文化の中心地だったことが明らかになりつつあります。
現代の技術ではまだ解き明かされていないことも多いですが、ここ出雲には、「目には見えないけれど確かに存在するもの」が感じられます。
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