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tryagain0428さんのブログ

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ここに自分の思うことを好きなだけ書いてきた。

でも

自分でも自分のことがよくわからなくなったりして

書けなくなっていた。



誰かが
自分と同じような悩みと戦いながら
このブログを読んでくれていたら
良いのにな、っておもう。


よし、がんばろう。

広島で迎える夏も、今年が最後かもしれない。

そんな思いで8時15分の平和公園に向かった。


無縁仏の納骨場所で出会った90歳の老夫婦。


おもわず、話しかけた。“ヒロシマの声”をききたかった。



こちらの急な問いかけにも優しく答えてくれたおじいさん。



1945年8月6日、出兵していて満州にいたんだって。




たった1発の 原子爆弾は

彼から故郷を奪っただけでなかった。




「みんないなくなったんだよ…」




そう。


両親に弟。


彼が満州から帰ってきた時は

もう、すべてがなかったんだ…



肉親の骨さえ見つからない現実…


どんな真っ暗で辛く悲しい心の傷を負ったのだろう…

想像ができない。



でも、でも、僕はおじいさんから“勇気”をもらったよ。


だって、どん底のどん底まで経験したおじいさんが、
      いま、僕の目の前にこうして生きているんだから!




90歳のおじいさん。

毎年、8月6日は平和公園にお参りにくるんだって。

どこに眠っているか66年経っても分からない家族に会いに来るんだって。



おじいさん、
長生きしていてくれて、


ありがとう。



人間って、原爆という鬼の地獄を作る者もいれば
おじいさんのように地獄に負けない強さももっているのだね。


そのことを身をもって証明してくれて ありがとう!


おじいさんの生きた人生に比べたら、
僕の人生なんてどんなにいっぱい感謝をすることがあるのだろう!

僕の悩みやしんどいと思っていることなんて

全く問題じゃないよ!



僕は生きるよ。


おじいさんが今日
胸を張って無縁仏にお参りしたように、


僕だって自分の人生を胸を張って
両親や兄弟に報告できるように


生きてみるよ!



1945年8月6日

広島は

人類の醜さを見た。



それから66年


皮肉にも


ぼくは


広島に


人類のすばらしさをみた。






2011年8月6日、ひろしまにて。










先週、懐メロを聴いていることを書きました。



山根康広さんのことを書きました。



そして今日、
長渕剛さんにたどり着きました。


TRY AGAIN


すごい曲と出会いました。


自分 が ここでこの名前をつけたとき、

この曲の存在をしりませんでした。


ただ、いまの自分を立ち上がらせて、前を向いて歩いていきたい!!という一心にこの名前をつけました。


長渕さんの曲。


涙がでました。


自分が偶然にも同じ名前をつけさせていただいたことに感謝して


前を向いて生きていきます。


TryAgain!

あきらめるな、


まだ間に合うかも
知れない!