自分で言うのもなんですが、学校のお勉強も、まぁ割とできるほうでした。
周りに求められる私を演じてたんでしょうね。
もちろん、そこにある私が全てウソだったとは言いませんが、随分押さえていたと思います。
でも、そんなことがいつでもどこでもずっとできるほど、できた人間でもなく。
表面的に見えずらいところで、めちゃくちゃなことをする。
家族や近しい人に言わせれば、なかなか面倒な人種のようです。
そんな私が、30代半ばにして、正解探しを辞めたわけです。
もうね、パニックですよ、自分も家族も。

まさに、「遅れてきた反抗期

」ここからは、私の個人的な意見です。
何が正解だったかなんてことは、結局後になってみないと分からないわけで。
後っていうのはいつか?
そりゃぁもう、人生の幕を閉じる瞬間だと思います。
それまでは、「あ、これはうまくいった
」「これは、ちょっと失敗したな・・・
」と思うことがあっても、1時間後は状況がまた変わっているかもしれない。そう思うと、人生の総合得点は、やっぱり「その瞬間」にしか出ないのだろうと。
行動する前に、「これは正解だろうか。」なーーーんて考えることは、全く無意味だと思います。
「正解の保障がないから、しない。」もう、ここまで来ると愚の骨頂だとさえ感じます。
「正解が全部分かって、失敗なんてしたことがない」という人がいたとしたら・・・間違いなく神様です


それでも、失敗はやっぱり怖いもの。
どうすれば怖くなくなるか?
失敗を一緒に笑い飛ばしてくれる仲間を見つけること。
失敗という経験をより多く積むことで、失敗する可能性の低い選択肢を選ぶ力をつけること。
この二つじゃないかなぁ。
失敗から学ぶことは本当に多いです。
なんでもかんでも「正解探し」から始めなくなったら・・・
体も心も、スーパー軽くなります


やってみなけりゃ分からない。
この世はそんなことばかりです。
だから楽しいんですよ、きっと。