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久美浜湾の朝日~京丹後市久美浜

この春と秋の二度、丹後の久美浜を旅する機会を得ました。

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山下吉蔵墓

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吉蔵妻「とめ」墓

宮城県加美町切込地区にある山下吉蔵の墓にはこのように書かれています。

久美浜は、ボクのライフワークとも言える切込焼(きりごめやき)の窯場棟梁となった山下吉蔵の故郷です。

この墓碑から、藩政時代山下吉蔵が丹後の久美浜から秋田を経て、秋田の妻「とめ」と共に仙台藩切込にやってきて生涯を終えたことがわかります。

しかし、吉蔵が1800年頃に久美浜で生まれて、宮城の切込で66歳で没したことはわかるのですが、それ以外のことはあまりわかっていません。

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小天橋(しょうてんきょう)海水浴場

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久美浜湾空撮看板

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久美浜地方の研究者の方と何度かコンタクトは取ったのですが、いたずらに月日は過ぎてしまいました。

この春は息子から京都旅行を誘われたついでに、とりあえず吉蔵の生まれ故郷の空気を吸ってみようとやってきました。

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ところが、先日の宝珠寺のブログでも書きましたが、思いがけず再訪の機会がすぐやってきました。

運命って不思議ですね。切込焼をかじり始めてから30年近くの月日が流れたのですが、叶わぬ夢と思ったものが続けて二度もやってくるんですから。

久美浜湾は天の橋立と同じ砂洲で出来ていますが、天の橋立と違って、湾そのものが砂洲で閉じられているような地形です。

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みとぐち(水戸口?)

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案内してくれた方が「みとぐち」と言っていました。水戸口と書くのでしょうか?

砂洲で閉じられた湾は浅く、千石船のような大きな船は入れないために「まるこ船(これも字がわかりません)」に荷を移し替えてこの水戸口から湾内に入ってきたそうです。

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蒲井(かまい)漁港

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日本海

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旭(あさひ)漁港1

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旭(あさひ)漁港2

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旭(あさひ)漁港3

北前船などの大型の船は久美浜湾に入れないため、旭の港に入港しました。

今も湾のあちこちにいろんな形の船繋(ふねつな)ぎ石が見られます。

・・・ところで、二度も行って何が分かったか聞きたいですか~?

分かりましたよ。

一番感じたのは吉蔵は魚が食べたかっただろうなということ。宮城の山奥では、最高の魚料理は棒鱈(ぼうたら)料理かな?

もう一つは吉蔵帰りたかっただろうな?ということ。

だってこの海、帰りたいですよね!?

そして千石船、北前船の事。

山下吉蔵は流れ流れて秋田を経て宮城に来たのではなく、北前船がもたらす情報によってもっと積極的に東北へ向かったのではないかということでした。

勉強ですね!生涯勉強!また戦闘開始です。