自分たちの惑星系から脱出できるほどの人々は、例外なく平和を好むという宇宙の絶対法則。

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銀河間文明になるように地球人類は準備するのです---ラエル 隣人よりも距離・隔{へだ}たりを愛す | ラエリアン・ムーブメント:"前の”アジア大陸代表のブログ

を補足しておきます:

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「地球人は科学的に創造された」ラエル著

第二部

第二章 2度目の遭遇

仏教 の項

 

仏 教  

 

私(ラエル)の案内人(=エロヒムの長ヤーウェ)は、ちょっと間をおき、続けました。  

 

〈これこそが、仏教で説明していることなのです。仏教では、人が死ぬ時に、 その死者の霊魂は数々の悪魔たちから逃 のが れるように十分用心しなければならず、そうしないと霊魂は再び肉体を与えられて、輪 りん廻ね のサイクルに逆戻りして しまいます。他方では、上手うまくその悪魔から逃れることができれば、このサイクルから解放され、覚醒による喜悦きえつ の境地に入ることができると云 いいます。  

 

実は、これは個人にではなく、全体としての人類にとてもよく当てはまる記述なのです。人類は何かの選択を迫られる度 たび に、自分たちを輪廻のサイクルに 逆戻りさせる悪魔たちに抵抗しなければなりません。ここで言う「悪魔たち」 とは、人間同士の攻撃心や、周りの自然環境を破壊する心です。また「覚醒による喜悦の境地」とは、科学が人々に奉仕する文明の黄金期のことで、科学的 な方法で目の不自由な人にも物が見え、耳の不自由な人にも音が聞こえるとい う、地球上の楽園を意味します。

 

 悪魔たちのことを用心深くしていないと輪廻のサイクルに逆戻りし、原始の状態から再び出発して、苦しみに満ちた敵意のある世界で、より発達した社会に向けてゆっくりと発展していかなければならないのです。 

 

輪 りん 廻 ね を表すスワスティカ(訳注:まんじ・鉤 かぎ 十字)が、古代の多くの文献中に見 られるのと同様に、私たちの紋章に描かれているのはこのためです。問題は、 科学の平和利用がもたらす楽園を取るか、それとも人間が自然を支配して利益 を得るのではなく、自然に服従する原始時代への逆戻りという地獄を取るか、 の選択です。  

 

これは、自分たちの惑星から脱出できるようになる人類が、いわば宇宙的レベルで決断する場合の当然の選択なのです。自分たちの攻撃性を完全に抑 おさえる ことのできる者だけが、この段階に到達することができるのです。そうでない人々は、自分たちの科学技術が発達して、人類を破壊し尽くすだけの十分な武器が発明できれば、直 ただちに自己破滅への道を辿 たど ることになるでしょう。  

 

ですから、私たちは向こうから接触して来る人たちに対しては、全く何の恐 れも抱いていません。これまでの何千というコンタクトによって、自分たちの惑星系から脱出できるほどの人々は、例外なく平和を好むという宇宙の絶対法則が実証されてきました。

 

 自分たちの太陽系から脱出ができるということは、とりもなおさずその人々が、太陽系脱出旅行にも、また取り返しのつかない破壊をもたらす攻撃兵器の生産にも利用できる、決定的なエネルギー源を発見し、しかも、自らの攻撃性 を制御できないことに起因する「進歩から破壊へのサイクル」からは、すでに 脱却してしまったことを意味しているからです。

 

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Rael Maitreya

Philippe Chabloz Raelian

スワスティカの本当の意味
多くの文化に見られる古代のシンボル

 

卍は平和、幸運、保護などのポジティブな概念を表している。
また、6つの点からなる星は、空間と時間における宇宙の無限性を表している。

PROSWASTIKA.ORG

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出版社:無限堂

最寄りの本屋さんから取り寄せできます。

無料ダウンロードで読めます。オーディオブックもここから。

書籍のご紹介 | 日本ラエリアン・ムーブメント (ufolove.jp)

 

楽天ブックス: 地球人は科学的に創造された3改訂版 - 創造者からのメッセージ - クロード・ヴォリロン - 9784900480360 : 本

 

 

イスラエルの民へのメッセージ:我々の契約は破棄された。

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Rael Maitreya

 

Nobby Raelian

動画訳

 

イスラエルの民へのメッセージ:我々の契約は破棄された

 

彼らは長い間、希望を抱きながら待ち続けていた。 

彼を迎える準備を整え、祈りを天へと捧げながら。 

ただ、その到来の日に立ち会うために。

 

あなた方は、メシア・ラエルを迎え、 イスラエルの地に大使館と神殿を築くために選ばれた民だった。 

 

だが、あなた方が重ねてきた数々の罪と過ちのゆえに、 あなた方は最後の離散を経験することになる。 我々の契約は、今や破棄された。

 

 -- 彼らは、自分たちが聞きたいことを 彼が語るものだと思っていた。 だが彼が我々の起源を語った時、 彼らは不信と恐れの中で背を向けた。 あなた方は、あまりにも堕落した民となった。 

 

約束の地に値しない民となり、 聖なる戒めは踏みにじられた。 イスラエルにおいて、 あなた方はその罪と傲慢さのすべてに対し、 天からの裁きを受けることになる。 

 

それは、愛の時代を始め、 人類のために新たな時代を切り開くため。

 

-- 彼らは、自分たちに明かされた真実を軽蔑し、 それを封じ込めようとしてきた。 彼らは、本来祝福すべきものを壊し、 エロヒムから背を向けた。 あなた方は、メシア・ラエルを迎え、 イスラエルの地に大使館と神殿を築くために選ばれた民だった。 

 

だが、あなた方が重ねてきた数々の罪と過ちのゆえに、 あなた方は最後の離散を経験することになる。 我々の契約は、今や破棄された。 あなた方は、あまりにも堕落した民となった。 約束の地に値しない民となり、 聖なる戒めは踏みにじられた。 イスラエルにおいて、 あなた方はその罪と傲慢さのすべてに対し、 天からの裁きを受けることになる。 

 

それは、愛の時代を始め、 人類のために新たな時代を切り開くため。

 

(via Rainaud Rael Harmonie Frederic)

 

英語の曲

 https://facebook.com/reel/967482316186757

 

 

1972年6月8日、9歳の少女が、ナパーム弾で焼かれた服のまま、両腕を広げてチャンバン近郊の国道

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Rael Maitreya

 

Nobby Raelian

 

 

1972年6月8日、9歳の少女が、ナパーム弾で焼かれた服のまま、両腕を広げてチャンバン近郊の国道1号線を走っていました。 

 

そして1995年、写真家ジョー・マクナリーは、大人になった彼女を撮影しました。

赤ん坊のトーマスが、彼女の背中の傷跡に身を寄せていました。

 

戦争写真は、生存の物語へと変わっていたのです。 

彼女の名前は、ファン・ティ・キム・フック。 

しかし世界は、別の名で彼女を知ることになります。 

「ナパーム弾の少女」 それは彼女自身の名前ではありませんでした。 

それは、傷がそのまま呼び名へと変えられたものでした。 

 

その日、キムと家族は、南ベトナム・チャンバン村のカオダイ寺院近くへ避難していました。そこへ爆撃機がやって来たのです。 彼女は9歳でした。 彼女は爆弾が落ちるのを見ました。 炎を見ました。 そして次に、自分自身の身体が燃えるのを感じたのです。

 

 後に彼女はこう書いています…… 「私は、自分の周囲のあらゆる場所に炎を見ました」

 その写真は、長年にわたりAssociated Pressの写真家ニック・ウトによる作品として扱われ、世界中に広まりました。そこには、逃げ惑う子供たち、その後ろの兵士たち、そして中央でカメラへ向かって走るキムの姿が写っていました。 

 

しかし、シャッターが切られた後、もう一つの行動があったのです。 ニック・ウトは、ただ写真を撮っただけではありませんでした。 彼は彼女を病院へ連れて行ってたのです。

 

 キムは生き延びました。しかし、その道のりは長いものでした。

彼女自身の証言によれば、14か月間入院し、17回の手術を受けたといいます。 

14か月。 17回の手術。 一人の少女の人生が、痛みによって引き裂かれました。

 

 家へ戻った時、戦争は彼女の皮膚だけを焼いたのではありませんでした。

心の平穏の一部までも奪っていたのです。

キムは自分の傷跡を見つめながら、「誰も自分を普通には愛してくれない」と思っていました。 彼女は医師になりたいと願っていました。 しかし、彼女の写真はすでに政治的象徴となっていました。彼女自身が自分の人生を取り戻す前に、そのイメージは世界のものになっていたのです。 彼女は、もはや単なる少女ではありませんでした。

 

 彼女は証拠でした。 ポスターでした。 他人に利用される記憶でした。 

そして1982年、キムは信仰の中に、憎しみに人生を支配させないための道を見出しました。後に彼女は、「赦しこそが最も難しい教訓だった」と語っています。 すぐにできるものではありませんでした。 簡単なものでもありませんでした。 魔法のようなものでもありませんでした。 しかし、必要なことでした……。 

 

1992年、キムと夫のブイ・フイ・トアンは、ニューファンドランドでの乗り継ぎ中にカナダへ亡命を申請……その後、2人はオンタリオ州に定住しました。 

 

そこで、もう一枚の写真が生まれたのです。 1995年、写真家のジョー・マクナリーは、赤ん坊のトーマスを抱くキムを撮影しました。 今度のキムは、走ってはいませんでした。 逃げてもいませんでした。 彼女は、自分の子供を抱いていたのです。 彼女の背中には、今もナパーム弾の痕跡が残っていました。しかし、その傷跡には、赤ん坊の柔らかな肌が寄り添っていました。戦争は、痛みの地図を刻み込みました。そこへ母性が、命のぬくもりを添えたのです。 この写真は、最初の写真を消し去るものではありませんでした。 それに応えるものなのです。 その後キムは、UNESCO 親善大使となり、戦争やテロの被害を受けた子供たちを支援するKim Foundation Internationalを設立しました。 

 

彼女は平和について語ることを選びました。 赦しについて語ることを選びました。 

1972年6月8日のあの一本道だけに、自分の人生の結末を書かせないことを選びました。 

 

彼女はこう語っています……「赦しによって、私は憎しみから解放されました」

 そして、こう付け加えています……「私の身体には今も多くの傷跡があり、ほとんど毎日激しい痛みがあります。でも、私の心は浄化されています。」

 

 現在、キム・フックはカナダで暮らしています。彼女は母であり、祖母であり、生存者であり、講演者であり、戦争が子供たちに何をもたらすのかを語る証人です。 

 

しかし彼女は、もう一つ、別のことの証人でもあります。 写真は恐怖を切り取ることはできます。 しかし、一人の人生そのものを閉じ込めることはできません。 1972年、世界は、炎から逃げる一人の少女を見ました。 1995年、世界は、その炎が残した傷に息子を抱き寄せる一人の母を見ました。 痛みは身体に痕跡を残します。 しかし、それが最後の言葉になるとは限りません。 時に平和は、一人の被害者が自分自身の名前を取り戻した時に始まるのです。

 

 https://facebook.com/permalink.php?story_fbid=pfbid0XdCSSmnWz6X8R5ZNHkRnmjXkyZ4ZnoDGt61ucADEgrmUiYM8MvH87JAjAcGmLUjjl&id=100081658277936

 

 

 

今から78年前の今日、パレスチナ人の半数が故郷から追放された。70万人から80万人が強制的に。

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Rael Maitreya

 

Mathilde Panot 

 

今から78年前の今日、パレスチナ人の半数が故郷から追放されました。
70万人から80万人が強制的に故郷を追われました。
数百もの村が破壊されました。
ナクバの犠牲者を追悼することは、ガザ地区とヨルダン川西岸地区で今も続くジェノサイドと民族浄化のプロセスに対する闘いを続けることを意味します。
パレスチナ難民の帰還権、制裁、武器禁輸、そして欧州連合とイスラエルの連合協定の停止――私たちは沈黙しません!

 

Seventy-eight years ago today, half of the Palestinian people were expelled from their land.
Between 700,000 and 800,000 people were forcibly displaced.
Hundreds of villages were destroyed.
Honoring the victims of the Nakba means continuing the fight against this ongoing process of genocide and ethnic cleansing in Gaza and the West Bank.
The right of return for Palestinian refugees, sanctions, an arms embargo, and the suspension of the Association Agreement between the European Union and Israel—we will not be silenced!

 

 

 

イスラエル軍が自白;「ヒズボッラーの無人機攻撃に成す術なし」

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イスラエル軍が自白;「ヒズボッラーの無人機攻撃に成す術なし」/シオニスト系メディア:「ヒズボッラーはゲリラ戦に回帰」

May 18, 2026 19:11 Asia/Tokyo

  • イスラエル軍が自白;「ヒズボッラーの無人機攻撃に成す術なし」

シオニスト政権イスラエル軍の高官が、レバノン戦線でイスラエル政権軍が直面している課題について、「主な脅威はもはや対戦車ミサイルやロケット弾にとどまらず、我々は今や、レバノンのイスラム抵抗組織ヒズボッラーの自爆型無人機の脅威にも直面している」と語りました。

 

【ParsToday西アジア】イルナー通信によりますと、イスラエル軍第55空挺旅団のダビッド・ベン・ツィオン(David Ben Zion)少佐は、「我々は今や自爆型無人機の時代に突入している。それは、ヒズボッラーがイスラエル軍に対して使用する光ファイバー無人機によって、ますます多くのイスラエル兵が死傷していることが理由だ」と述べています。

 

また「ここで問題となるのは、従来の手段では事実上対処できず、攪乱さえ不可能な無人機である。それは、こうした無人機は細いケーブルで操縦者と繋がっており、遮断できる周波数も存在せず、いかなるシステムをもってしてもそれらを簡単には無能化できないからだ」としました。

 

シオニスト系メディア:「ヒズボッラーはゲリラ戦に回帰」

こうした中、複数のシオニスト系メディアが18日月曜朝、「ヒズボッラーはゲリラ戦への回帰により、イスラエル軍への圧力行使や追撃、そして疲弊させることに成功した」と認めました。

この点に関して、イスラエルの第13チャンネルは「最新の作戦で、ヒズボッラーはイスラエル軍の進路を事前に特定し、爆発物を仕掛けた。ヒズボッラーは一連の戦果を挙げており、首尾よくイスラエル軍を追撃し、弱体化させて打撃を与えた」と報じています。

 

イスラエル軍が自白;「ヒズボッラーの無人機攻撃に成す術なし」/シオニスト系メディア:「ヒズボッラーはゲリラ戦に回帰」 - Pars Today