悩める人々への銘ビックリマーク


大きなことを成し遂げる為に、強さを求めたのに謙遜を学ぶようにと弱さを授かった。


偉大なことをできるようにと、健康を求めたのにより良きことをするようにと病気を賜った。

幸せになろうとして、富を求めたのに賢明であるようにと貧困を授かった。

世に人々の賞賛を得ようと、成功を求めたのに得意にならないようにと失敗を授かった。

人生を楽しむために、あらゆるものを求めたのにあらゆるものを慈しむために人生を賜った。

求めたものは一つとして与えられなかったが願いは全て聞き届けられた。


私は、もっとも豊かに祝福されたのだ。


(作者不詳)

▼ああしてほしい。


 こうしてほしい。


 ああなりたい。


 こうなりたい。


 あれがほしい。


 これがほしい。


 こういう望みがかなえたら、どんなにいいでしょう。


 けれども、望みがすべてかなえられなければ、人間は不幸でしょうかはてなマーク


 そんなことはないと思います。

▼わたしたちには、ときに、求めなかったものが与えられることがありますニコニコ


 弱さ、病気、貧困、失敗もそうです。

 けれども、それらは決して人を押しつぶせるものではありません。


▼そういう負の状態にあっても、人は前向きに生きていくことができます。

 絶望することなく、誰も恨むこともなく、自分を磨き、何かを学び取って成長していくことは

 できるのです。


 それは、なんと輝きのある人生なのでしょうアップ


▼この詩の最後の一行が特に好きです。

「 私は、もっとも豊かに祝福されたのだビックリマーク 」

 作者は、数々の負の状態を与えられながらも、感謝をしています。

 負の状態を乗り越え、より深い幸福を感じ取ってとっているのです。


▼たとえ負の状態にあったとしても、決して幸福から遠ざかったわけではないのです。

 たくさんのものに恵まれているはずです。

 わたしたちもそれに気づくなら、感謝できるなら、


 生きる幸福を深く味わうことができるのではないかと思います。



★ 良い言葉から学べるヒント ★



  あなたも祝福されている叫び



  与えられているものに感謝しようアップアップアップ




     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」




ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪


幸せになろうよニコニコ

一度傷ついたこころは、もう治らないと思っているのなら、それはあなたの誤解です。


こころの傷も、体の傷も、時間はかかるかもしれないけれど、だんだん治っていくのです。


とても傷ついたから、だから私は上手にできない、だから私は前向きになれない、


だから私は幸せになれない、そんなふうに思っていますかはてなマーク


それでは、あなたを傷つけた人の思うつぼです。


あなたをいじめた人、あなたをバカにした人、あなたを無視した人、あなたを殴った人、


あなたに性的ないたずらした人、あなたをレイプした人、あなたの心と体を傷つけた人、


その人たちの高笑いが聞こえてきそうです。


それでは、悔しいじゃないですか!!


その人達を見返してやろうよビックリマーク


でも仕返しするんじゃないよあせる


見返すためにがんばるのでもないビックリマーク


それでは、あなたが幸せになれないかもしれないからね。


あなたはあなたで、精いっぱい生きる。


あなたはあなたで自分の幸せを追い求め、とっても幸せになる音譜


その結果として、見返してやればよいのです


私はとても傷ついた、でも、今はこんなに幸せだってねアップアップ


もしもあなたを傷つけた人が、あなたの家族や親友など、あなたの幸せを願って、


あなたを愛してくれている人たちなら、あなたが不幸になったら、みんなが悲しいね。


家族だからこそ、親友だからこそ、傷つけあうことはあるかもしれない。


でも、あなたはもう大人。音譜


親にしばられているから、私は不幸だなんて思いは、卒業したいね。


自律した一人の人間として、あなたはあなたの幸せをつかむことができるのですビックリマークアップアップ



     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」


ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪

生まれてから今日という日まで、「 ありがとう 」という言葉を知らずに、

あるいは一度も使ったことがないままに成長したという人はまずいない、

と言っても過言ではないでしょうビックリマーク


自分にとって何かうれしいこと、都合の良いこと、得をするようなことがあるときには、

特別に意識しなくても、「ありがとう」とか「サンキュ-」という言葉が口を衝いて出てきます。

それは、人間としてのごく自然な感情の発露ですし、とても心豊かな素晴らしいことではあります。


しかし、ここでちょっと考えておきたいことがあります。

それは、もしそのような時や状況、事柄だけをうれしいといって喜ぶとしたら、

自分の物質欲や自尊心などの欲望が満たされたときだけを喜びとし、

感謝するといういささかおかしなことになる、ということです。


私たちの家庭や職場など日常生活では、実にさまざまなことが次々に起きてきます。

自分にとってうれしいこと、都合の良いこと、得をすることばかりではなく、

その反対のこともいくらでも起きてきます。それらをいわば材料にして、

どのような 家庭生活、社会生活を具体的に営んでいくのかというのが、

私たち一人ひとりの 実際の人生というものなのです。


つまり、善いことも悪いことも含め、自分の目の前に起こってきたことのすべては、

実際の人生を生きていく喜びや生きがいを見いだし、さらに進歩向上していく元と言えるのです。

PLで「人生は芸術である」「人の一生は自己表現である」としているゆえんです。


ですから、善いこと、うれしいことはもちろんのこと、たとえいわゆる不幸・災難ということに

当面することがあったとしても、それらのすべてが、実は芸術つまり自己表現の素材であり、

自分にとっての生きる喜びの元であることを思えば、この世の中に生かされて生きているということ

自体が、まことにありがたく感謝に値することであることが分かります。


自分が今日このようにしているのは、自分だけの力によるものでは決してないはずです。

各人の先祖や両親の徳、夫や妻をはじめとする家族の愛情と働きの恩恵を受け、

恩師、先輩、友人、上司、同僚、部下その他社会全般のいろいろな人々の誠をいただいていることを

思えば、感謝の心はおのずからわいてくるに違いありません。


物質欲や自尊心が強いと、感謝の心は薄くなります。

感謝の心が薄ければ人の進歩向上は止まり、生きている喜びも十分には味わえません。


人や物に対する感謝の気持ちをいつも忘れずに、毎日を暮らしたいものですねニコニコ



ありがとう!というと・・・

海を泳ぐ魚になれた気がする。



ありがとう!というと・・・

空を飛ぶ鳥になれた気がする。


   ありがとう!