以前、こんなショートストーリーを書こうかと考えていたことがありますニコニコ


……近未来のある国。

その街の人々は、便利な機械に囲まれて暮らしていました。


掃除、洗濯、料理などはもちろん、朝起きて顔を洗うのも、服を着替えるのもすべて

機械がやってくれます。


ベルトコンベア式の道で通勤通学をし、学校へ行けばコンピュータが勉強を教えてくれ、

仕事もほとんどロボットがこなしているのです。


発電するのも機械、新しい機械を造るのも機械。

もはや人々の生活は、機会なしでは成り立たなくなっていたのでした。


あるとき、ひとりの学者がこんな論文を発表します。

「我々は、日常的に機械を使いこなしているが、動力となる電気について詳しいことがわかって

 いるわけではない。

 電気が流れるという原理は研究されているが、そもそもなぜ電気が存在するのかは解明され

いない。
さらに、地球環境がこれだけ変化した今後も同じように電流が起こるのかは、まったく予測

不能だビックリマーク

それがマスコミで報じられてから、人々は、言いようのない不安感に包まれてしまいます。あせる


「ひょっとしたら、電気がなくなってしまうかも知れないビックリマーク

「機械が動かなくなったらどうしよう汗

「自分の力で何かをしなくてはならないなんて考えただけでも絶望的だあせる


人々は、機械のスイッチを入れるたびに、反応しないかもという恐怖に晒されます。

電気があって当たり前という自信がまったくなくなってしまったのです


とうとう恐れていたことが起こります。

発電設備の故障で、街への電力の供給が、一時的にストップしてしまったのです。

それはほんの少しの間のことだったのですが、スイッチを入れても動作しない機会や

コンピュータを前に、人々は驚きショックを受けます。


それがトラウマになり、二度と機械のスイッチに触れることができなくなる人も続出。


街には混乱と絶望が渦巻きます。

そんななか、一部の人々は、街から抜け出す決意をしました。

何もかも機械に頼りすぎていた生活を反省して、自分たちだけの力で生きていこうとしたのです。

それに同調する人が続出し、せっかくの超高度な設備を持ちながら、不安と恐怖が渦巻く街を


捨て人々は荒野へと逃げ出します。

今まで、すべてを機械にまかせていたのですから、まったくゼロからのスタートです。

石を削り、動物を狩り、地を耕す、というところからはじめなければなりません、

それでも人々は逞しく生き残っていきました。


それから、数千年。

鉄器文明の初期に達した人々は、もっと豊かな地を求め、大冒険をはじめます。

そして、忘れられた街にたどり着いたのです。


伝説に語り継がれてきた機械に囲まれた街。

人々は、はじめてみる光景に圧倒されます。


近くの建物に入ると、なかは真っ暗ですが、かすかに壁にボタンのようなものが見え、

こう書かれています。


「このスイッチを押すと、灯りがつきます音譜


ひとりの男が、躊躇なくスイッチに手をかけました。

その瞬間、建物中が明るくなり、にぎやかな音楽が流れてきたのでした。

……書こう、書こう、と思いながら今まで書けないでいたのは、この話が、

自信をなくしたときの自分を映し出しているからなのかも知れません。


すべては、ここにあるのに、ただスイッチを押せないだけの……

運命は、自らの手で切り開かねば!!アップ





     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」


 ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪

宇宙の流れにしたがって生きるとは、「宿命」と「運命」を両方生かして生きるということですね。


必ず宿命が先に来て、宿命にしたがって運命を動かすという順番です。


宿命はあらかじめ決められている人生であり、運命は自分で決めることができる人生です。


あらかじめ決められていることには変えようがないのですから、素直にしたがいます。


これは、宇宙の流れにしたがうということです。


自然にしたがうということです。


さらにその宿命にしたがいながら、次に運命をコントロールします。


わたしには元々「考えることが好きビックリマーク」という不可思議な宿命があります。


なぜだか、わたしにもわかりません。


考えることは、そもそも得意であり、めっぽう相性がよい。


せっかくだから、この長所をもっと伸ばしたい。


そこで、意図的にコントロールします。


積極的に本を読み、積極的に行動をして、そして仕事を一生懸命することは、運命です。


私自身がそうなるように、行動したのです。


自分に元々ある宿命を、さらに意図的に伸ばすことができるように、自分で運命を決めているのです。


川の流れにしたがえば、何も力を入れなくても、とりあえず進むことはできます。


でも川の流れにしたがって泳げば、さらにもっと早く進むことができるようになります。


宇宙の流れにしたがう、自然の流れにしたがうとは、こういうことです。


宿命にしたがい、運命を意図的にコントロールするのですビックリマーク



     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」


ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪

宿命と運命は、響きが似ており、似通った意味として思いがちです。


この2つの言葉を、同じような意味として考えている人が多いようです。


でも、この2つの言葉には大きな違いがあります。


この機会に、意味を整理しておきましょうね。


「宿命」とは、その名の通り、「宿る命」と書きます。


生まれながらにして宿っていることを、宿命といいます。


たとえば、わたしを例に挙げましょう。


わたしは女ですが、女として生まれたことは宿命です。


長女として生まれたことも宿命。


この家に生まれたことも宿命。


日本人として生まれたことも宿命。


人間として生まれたことも宿命です。


変えようがなく、「生まれながらにして宿っていること」を宿命といいます。


変更ができないのですから、「宿っている」ということです。


「前提」を変えることができないのですから、生まれたときに、


ある程度生きるであろう道のりは決定されています。


女に生まれたのですから、女にしたがった生き方が自然です。


そうなるような人生がすでに決められています。


宿った命とは、すでに決められていることです。


自分でコントロールすることはできないのです。


一方、「運命」とはなんでしょうかはてなマーク


「運ぶ命」と書くように、生きてから自分で経験して、加えていく道のりのことです。


運ぶ命と書くように、自分の力で運び、動かすことが可能です。


自分でコントロールすることができる。


どのような人と出会い、どのような経験をして、どのような学校へいき、


どのような仕事をして、どのような人と結婚するのかは、運命です。


自分次第だからです。


自分からアクションを起こすことによって決定され、命をどう運んでいくかを自分で


決めることができるからです。


たとえば、わたしと今このようにお話ししていることは運命です。


あなたが自分から積極的に、「探して」「読む」という行動をしたから、


今このような運命に至っているのです。


読むことをやめようと思えば、いつでもできます。


でもあなたは、やめずに読むという行動をしている。


こういった文章を読むことで、あなたの生活が変わる。


これは「運命」なのです。


運命は自分の意思や行動によって、いかようにも変えることができることなのですビックリマーク




     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」


ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪