シンプルに、何もできない自分に。


3人の彼女たちにも、これまで出会った彼らにも。太刀打できない。


何かできると思っていない。

わかっているつもり。


でもそれでいいのか?

窓口になっている自分にも、

体制にも、双方にも、


…とはいえ、

この構図にどのように向き合えばいい?

誰と分かち合い、誰とはらを括り、取り戻したらいい?


誰かが悪いとか、そんなことじゃなくて、自分がこの葛藤を昇華へとつなげられるために、何があればいい?


迎え入れられず、葛藤だけしている自分に。


ただエネルギー消耗で終わるのでもなく、ただの見過ごしでもなく、何かできないのかを考えているのに、何もできない自分に。

進む。


往来を繰り返して、嫌悪にも近い感情と根拠のない期待や妄想と、経験値が加味されて、そしていつも、牽引して、伝えた矢先からマニュアル化されることへの抵抗感にすり替わり、当てはまらないとダメ出しされるような錯覚と、それを覆すべく生き証人になろうとする。


6年も経ったんだって。様々な場所で季節を巡りながら、また次の春に向かって生きていられる自分がいる。


与えられた今を生きる。それでも進む。

必ず待っているゴールではないその別世界で再び始める営みがユニークであっても、進む。


分かち合いたいと懇願し、熱望する夜と、全て受け容れることへの経験値からの不安。

やってのける自信がある分、それでいいのか?と自問自答することへの疲弊。


どちらが笑顔でいられるだろう?


何も考えることなく、ただ分かち合えること。

それから先は自分でもわからない。

でも叶わないなかで逡巡している今を受け止めながらも進む。




ご親戚のおうどん屋さんも、雪の中、営業してくれていて、相変わらずの美味しさと、温かい食事と、間違いないお店である安心感も今日はいただき、車道のお水を修理して下さり、物流が滞らず、お店も営業されていて、色んな方々のおかげで、成り立つ生活へのありがたさを感じた瞬間でもあった日✨✨✨