停電も水も食料もたくさんあり、すべてがとりあえず正常に動いているロンドンより。

イギリスの新聞は震災後毎日津波や被災者の写真が一面に出ていたが、一週間経った先週の金曜日から、一面はリビアになった。

私も山形・仙台の祖父母+親戚一同が、震災数日後に停電から回復した、ときいて、安心していた。しかし、原発の放射性汚染というより恐ろしい話を聞き、気が気でなかった。

イギリスは遠すぎるのか疎すぎるのか日本での原発のどうのこうのは「対岸の火事」だったようだ。むしろ本当に対岸のアメリカは、たまたま政策に大きく影響する災害だったからというのもあったけど、イギリスよりもずっと人々の関心は高かったようだ。

まあ考えてみれば、イギリスにはアメリカや日本のような大災害は少ない、というよりほとんどない。カリフォルニア地震もカトリーナもアメリカ人の記憶にしっかりと刻まれているが、イギリス人には地震は移民の祖国で大きな災いをもたらすもの(ここ十数年でも、インド、パキスタン、トルコ、中国、etcで地震が起きた)、tsunamiは異国のものなのだろう。

面白かったのは、イギリスは人道支援・慈善団体視点の話が多かったのに対し、アメリカは津波はもちろん、原発や放射線や軍関係による援助の印象が強かったことだ。日本や米国のメディアでは二の次になる孤児の問題や子供の精神安定の問題、水・食糧・ガソリン・電気などのライフライン、病気の問題をしきりに訴えていた(イギリスでは子供に関する慈善団体が活発に活動していて、そういう人たちが現地リポートをした記事ができているから)。イギリスだって軍が救助しそうになっていたが、結局放射性汚染の不安でイギリス人を引き上げ、軍関係はリビアに行ってしまった。

そして、どんなに遠く離れていても、日本人や日本にゆかりのある人にとっては大ショックで、ニュースから目が離せないとか、家族や友人が困っているのを見ていられないとか、今後の日本が心配とか、震災のいろいろなニュースを見たり読んだりすると涙が出てくるとか、普段から積極的な人たちはもちろん、そういうわけでもない人たちでも「離れていてこれくらいしかできないから」といって一生懸命募金活動をしたり、寄付したり、と活動している。Ocadoという会社の重役のイギリス人が、このたびの震災に大きく心を動かされ、今までほとんど顧みることのなかった日本人の血(母親が日本人)を呼び覚ましたという。彼は震災でショックを受け、日本にいる母方の親族と毎日連絡を取り合い、顧客に寄付を呼び掛けたらしい。

うちの母方の親族+母親はタフと言うかなんというか、必要以上にびくびくしない人たちだということが改めてわかった。私が一番心配した祖母は停電中なのに震災の翌朝スーパーに行こうとしたらしいし、伯母は停電でだめになった冷凍食品がセールになっていたので買い込んだらしいし(母が「冷蔵庫にいっぱい食べ物あるのに?」とコメントしたら、「安かったからいいじゃないの、まだ寒いからベランダにおいておけるし」と言ったらしい)、1978年の宮城沖地震を仙台で経験した母は東京の7階で揺れていたとき、食器棚を抑えていたらしい(母「だって前回は立てなかったけど今回は歩けたから大したことないと思ったんだもの」)。主婦(伯母は開業医だが!)は強し。しかし母はパニックにならなかったせいで、地震後の異常事態にびっくりで、買いだめする必要を感じず、食糧獲得競争に乗り遅れてスーパーを何軒もはしごすることになったらしいが。

私の方は、震災後一週間は本当に毎日ニュースを逐次チェックし、ネット上の前向きな発言や人々の協力や創意工夫に感激し、悲しいニュースには心を痛め、放射性汚染が心配でうつうつする毎日で、先週末くらいに原発の状況がややポジティブになってきた頃に回復したが、なんだかやっぱりまだたまにちょっと涙もろくなるときがあるようだ。
たとえ海外在住でも多くの日本にゆかりのある人は、全然震災が関係なく普通に過ごす時間と、やっぱりなんか気になる・つながっていたい・何かしたい・つながっていなければならない、という時間の両方を今経験しているのだろうと思う。

あちこちでも言われているけど、海外でも大ニュースとなり、センセーショナルに報道されているのと同時に、多くの要人や一般人から、日本や日本人に対して安否確認やお悔やみのことば、何かあったらなんなりと言ってくださいといったメッセージが聞かれる。

私も、テレビがないもので、朝に(震災から2-3時間後ですね)、知り合いのイギリス人から家族は大丈夫かという携帯メールで震災を知った。受け入れ研究者に研究関係のメール出したら、ご家族は大丈夫でしたか、ときた。アメリカの大学にいる知人も、「今回のことに深い哀悼の念を記します。何かあったらいってください」という大学からのメールがきたそうだ。

日本でもやりがちなのかもしれないけど、メディアの報道のしかたによって、まるで東京ほか多くの地域で大変なことがあったかのような印象を与える。もちろん日が経つにつれバランスはとれてきているだろうけど。ニュース記事を読むと東京と東北の情報があまり分けて書かれていないし(東北の地名を出してもみなよくわからないから、東京に近いと勘違いしやすい)、どうしてもFacebookでも都市圏に住む人たちの「東京ではこんなことがあったよ!」という発言が多くなるので。Twitterの日本語でも増えてきたけど、被害が深刻なのは津波に遭った東北の太平洋側。東京などの地域で被災された皆さんも心身ともにダメージを受けていて、支えが必要であるが、特に深刻な地域にはもっと多くの祈りが届いてほしい。

そして海外在住の人は、一見何もできないように見えるかもしれないけど、連絡をとったり、祈ったり、地震の状況やどのように人々が動いているか(今後災害にあったときのためにも)を確認したり、そうした形でまず地震や被災者とつながるのがいいのかもしれないと思った。物理的、ロジスティックな助けも重要だが、物理的に不安定で心理的にも興奮していて不安定になりがちな日本の被災者に対して、声をかけるなどのちょっとした心理的なサポートが意外と重要なのだと思う。もちろん日本で実際に被災している人と、全く被災していない海外在住者とでは感覚が違うのかもしれないけど、それでもコミュニケーションなど何らかの形で交流して災害からの復興への意識を共有することは可能だと思う。

日本全地域における、被災者(物理的身体的被害に遭っていない人も)の早期救出と心身の平安を心よりお祈りしております。また、亡くなった方々のご冥福をお祈りします。


ちなみに、以下、某国際学会からのメール。私の名前は変えてあります。海外ではこんな感じの文面があちこちで流れているようです。


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To: all IPrA Members in Japan / Leyla Trulyeastender


Dear Leyla,



With the rest of the world, we have been following yesterday’s dramatic events in Japan. We can hardly begin to imagine the consequences and what they mean for you. We just want to use this channel to express our strongest sympathies and the wish that you, your friends, your family, are all safe.

For an international community of scholars such as IPrA, it is not clear in what ways support can be provided other than to let you know that our hearts and minds are with you and that we firmly believe that people in Japan have the strength, the endurance, and the community spirit to overcome even a disaster of this magnitude. But if there is anything at all that we can help with, please let us know.



With kind regards, and hoping for the best,



Ann Verhaert

Jef Verschueren
バスの定期が切れたので、今日は学校まで歩いてみた。

地図で見ると約6キロなので、90分くらいかかると見た。

近くにバングラデシュ人街(Whitechapel)がある。普段はバスで通るだけだったから、って実は歩いたこともあったけど、あらためて、そこの歩道上に出店(マーケット)を開いていたり、歩いている人たちは、ちょうど私が歩いていた午後2時の時点で、9割南アジア系だということに気がついた。残りの一割の半分が黒人、半分が白人またはその他アジア人。

でも、こんな南アジア人街に住むのは実は心の中でひそかに持っていた夢で、ロンドンで他のどんな所よりもここに住みたかったんだと思う。
歩いていて、あまり不安や違和感を感じないし、わくわくする。

途中Gherkin(ミサイル型のモダンな建物)やロンドン博物館や、金融・オフィス街や、Smithfield marketを通り、90分弱で到着し、上出来だと思った。

なかなかよい運動である。

ちなみに、バスだと、St. Paul大聖堂やロンドン塔、タワーブリッジ、英国銀行、ロンドン東部最大のモスクなど、これもなかなか面白いルート。

バスの乗客は5~7割が南アジア系。

これからだんだん暖かくなってくるので、これからもちょくちょく歩けたらいいなと思う。
昨夜20時頃、大英図書館での講演が終わったら、
「外ではデモをやっております。今は落ち着いているようですが、お気をつけて横の出口からお帰りください」
というアナウンス。

出たら、大英図書館の前の大通り(King's Cross/St.Pancras駅の前)の交差点で、十数人が横断幕を持って立っていた。

single mothersがどうのこうの、と書いてあった。

大通りは封鎖されて、ちょっと入った通りには警官が数十人待機していた。

もちろん、目の前のバス停から出る自宅へ帰るバスも欠便。

なんのデモだったか、今朝もわからずじまい。

なぜそこの通りでその時間だったか。

2レーン+バスレーンが双方向にある単にロンドンでももっとも大きい通りで、夜だと昼ほど交通に大きな支障がなかったからかもしれない。

デモをやっていた人数の何倍もの警察官が付近にいてびっくりした。それともデモの人数は私が見たときには少なくなっていたのか。

しかし、あんなに多くの警察官がこの一件で出動すれば、税金が多くかかってしまう。
おそらく今回のデモも、何らかの手当てか控除がなくなることに対してのデモだったろうに。

と思うのは野暮なんだけど、不意打ちでそんな迷惑を被ると、社会を変えるために立ちあがる人たちを応援する自分でも、そう考えてしまう。
昨日・今日はいつもよりも多くの時間をキッチンで過ごした。
リンゴ

 昨日は、チキンライス(普通の玉ねぎ+ケチャップ+チキンで作るやつナイフとフォーク私はこれに細かく刻んだニンジンを入れる。ニンジンを入れると若干甘くなっておいしいし、野菜も増える)を作った。チキンがちょっと臭みがあったので(きちんとケチャップ+塩+胡椒につけておいたのですが)、途中でしょうがのみじん切りを加えました。これはなかなかよくて、ぐっとおいしくなりました。

 それから、鳥の手羽先+ゆで卵を煮たものを作った。みりんなしだけど、しょうゆ、砂糖、しょうが、たまたまあった日本酒で、とってもいい香り割り箸

 今朝はcatalanas。トーストにトマトのスライスをのせ、オリーブオイルをかけるだけです。そんなシンプルなのに、なぜかものすごくおいしいビックリマークので皆におすすめしています。これは私がスペインに短期語学留学している時にホストマザーが作ってくれたので知りました。

 今日のお昼は、先週大量にまとめ買いしたイギリスのパン粉のついた白身魚うお座のフライの冷凍に、付け合わせにポテトを作って食べました。
 このポテトというのは、イギリスでいえば「チップス(じゃがいもを棒みたいに切って揚げたフライドポテト)」にあたりますが、普通の「チップス」は揚げてあるけど、私のは揚げていないのがポイントです。ジャガイモを厚めの棒状に切って、油でじっくりいためてからオーブンへ。どうすればもう少しほどよくかりっとおいしくできるのかはまだ試行錯誤中です。

 それから、炊飯器でキャロットケーキケーキを作ってみようと思い立ち、やってみました。材料が適当だったせいか(私は最初からいろいろ自己流でアレンジしてレシピ通りに作らないあまのじゃく人間なんですね)、または炊飯器が高性能すぎたせいか、想像とは若干違うものができましたが、クリームチーズとはちみつをつけると(砂糖が少なかったので)非常においしく、試食したルームメイト(日本人女性)もお代わりして私の倍くらい食べていました。バターの塩みがちょっと強いところが残念です。今日大人買いしたTESCOのミューズリを勝手に入れたのですが、ナッツが入っていたので非常においしくなりました。グッド!
 実は、イギリスではあまり普通のバターを見かけず、サラダオイルの混じったバターもどきを大量に見かけます。健康志向なのでしょうか、それとも安いからでしょうか。そして無塩は非常に少ないです。文化的に考えて、日本よりもバターを使う頻度が多いはずだから、いろいろな種類があってもおかしくないのだけれど、実はそんな凝った特殊なものは普通は使わないのでしょうか。いずれにしろ、次回ちゃんと作るときはサラダ油を買った方がよさそうです。私は、ケーキ等を作るためと思って1kgもこの有塩バターとサラダ油の混合バター系ペーストを買ってしまったのですが・・・。

その他作ったものはおいおいご紹介するかもしれません。
 ここ何年かグルメと料理に関心があったのですが、イギリス滞在の裏計画のひとつとして、イギリスでアクセスしやすい食べ物でおいしい食生活を過ごすというものがあります。

 イギリスは20%の付加税+サービス料がつく外食は高いですが、基本的な食品には税がかけられていないのもあり、家で食べるのはそんなに高くないです。

 このトピックでは、食べ物の話をします。お金をかけずに食生活を楽しくするには、イギリスで何を食べればおいしいか、どんな料理ができるか、日本ではアクセスしにくいがイギリスではぜひ食べてみたいもの、そんな食べ物ネタを探ります。日本食、イギリス食、エスニック、いろいろ書ければ楽しいですね。
Where are you from? とイギリス人(白人英語母語話者)に聞かれると、答えに一瞬詰まる。

大英博物館では(だいたい50代以上の白人イギリス人ネイティブスピーカー女性)、「日本から来たロンドンの学生です」と答えた。大英博物館は世界から人が集まり、私が参加したガイドツアーもだいたい外国人観光客で、インターナショナルな雰囲気だからかもしれない。「日本」に言及することでその多国籍コミュニティの一員でありながら、英語がある程度できて(観光客だらけのところではいちいち「英語うまいね」とは言われないだろうが、なんとなく自分は観光客じゃなくて学生としてきているということをなんとなくアピールしたくなるのかもしれない。

2週間前ロンドン博物館(ロンドンの街の歴史を展示)で、無料ガイドツアーに参加したときは、周りがみんな白人で、イギリスの人がほとんどだったので、とっさに「East Midlands (イングランド中部東)」と答えた。雰囲気的に「外国から来た」ということで浮きたくなかったんだと思う。また、イギリスのこと全然しらないと思われたくなかったんだと思う。私の発言や行動が「日本から来た人が~」でまとめられたくなかったんだと思う。自分よりも若くみえるロンドンっ子白人女性ガイドの顔が若干がっかりしたような気がしたのは自分の思い込みか。

ローカルな教会で先週の日曜日(70代白人イギリス人ネイティブスピーカー女性)に聞かれたときは、「日本」と答えた。昨日バスで同じようなおばあさんと話してた時も、一瞬詰まったが「日本」と答えた。この二人には、「随分英語うまいわね」と言われた「昔レスターシャー州に住んでいたので」、というが、みんなあまりそこはよく聞こえていないらしい。「それでもうまいわ」といわれる。GCSE(中学レベルの統一試験)とA level(高校レベルの統一試験)もやったんですが、とは言っていないが、そうしたら「英語うまいね」とは特に言わなくなり、普通に接してくれるかもしれない。とはいえ、最初から私に対して言葉の上でも態度の上でも外国人として特別扱いしていなかったのでいいが。

観光地でないイングランドの都市に行くと、私の若さからたいてい「外国から来た学生」とみてくれるというのが、1月にイングランド中部東の都市に行ったときに思ったことだった。

観光地だと、「外国人観光客」「外国から来た留学生」どっちにでも解釈される。

ロンドンだと・・・・???イングランド地方都市出身でロンドンで働いている・勉強している極東人って一定数いるとは思うけど、あまり想像つかないのかもしれない。イギリスの黒人と南アジア人の比率は高いが、極東人は少ないから、いまだに極東人(イギリスのChinese)は、生活や価値観が知られていないし、メディア等にもあまり出現しないし、南アジア人と違った意味でどこかイギリスになじんでいないと思われている(というのがMiri Songの本に書いてあったと思う)。
また、ロンドンの極東人の多くは、大学以降あるいは働き始めてからロンドンに来た人が多く、幼少期・学童期・青年期のどれかまたはすべてをイギリス以外で過ごしたことがあることが多いため、英語がちょっと「変」だったり、感覚が違っていたりするというステレオタイプがつくのかもしれない。
【ロンドンの日系クリニック】
昨日、ロンドンの日系クリニックで日本以上に丁寧に診察してもらった。単なるストレスによる胃腸の不調だったが、日本以上によいサービスを受けてきた。
日本だったら、時間がかかると診察料が上がるので、心配になるけど、ちょっとしたことでも丁寧に、また投薬方針も患者の意向にそって、必要な情報を見せて選ばせて、という感じだった。
イギリスでは時間制になっていないのか、プライベートクリニックだから患者の満足度が大事なのか、それとも時間で報酬が上がるからか、理由はわからないが、困っている患者からぼったくっているわけではないので(日本の医院では製薬会社とのかかわりや処方の報酬の関係で高額な薬を処方したり、ベッドが足りないと言って個室に入院させたりということがあるのを知っている)、またどうせ患者に余計な負担がかからないのなら適当な診療よりは丁寧な診療の方が好まれるのは当然なので、とりあえず患者としては助かったといえよう。

海外保険のキャッシュレス提携クリニックなので、診察料+ストレスによる胃腸の薬=無料であった。
面倒な手続きもなし。
本当に滞在先がロンドンで良かった。

【地方都市で病気になりNHSに頼ると・・・!?】
というのも、ちょうど10年前の今頃、私はイングランド中部で吐血していた。
痛みはなかったが、ひどい咳と吐血が何週間も続いていた。

寄宿学校にいたのだが、NHS(イギリスの公共医療システム)から往診に来る医師に2回(2回とも違う医師)見てもらった。
「どこも悪くない、喉から血が出ているだけだ」と二人は言った。
どうやって、どうしてと聞いても、適当に「のどのこのあたりから」、原因の説明はなかったし、説明をするときの態度も「私に反論するのか」といった感じで、非常に不愉快だった。
保健室の先生もあまり私のことを信じていなかったのだろう。

それから何週間も過ぎ、ある夜学校のコンサートで演奏中に、私は咳き込み、ティッシュが真っ赤に染まった。そのときやっと保健室の先生も心配し、緊急で市内のクリニックに連れて行ってもらった。
そのクリニックでは、インド系の医師が、「おそらくchest infectionで、右の方に問題がある」と言った。少し前にNHSの医師により採取した痰の検査の結果はまだなかった。

夜のコンサートはもう学期末だったので、その1週間後には私は日本にいた。
祖父母が暮らす田舎にいたのだが、病状を知った医師でもある祖父は、タクシーを飛ばして大学病院に私の痰を持って行った。結果は翌日送られてきて、結核菌を排菌していることがわかった。
大学病院だからか、すぐ実家のある東京に連絡が行き、東京で隔離入院することになった。レベル4。レベル4はレベル10まである結核のレベルの中でも結構悪いらしく、東京で入院することになる患者の多くは吐血までいかないレベル2~3くらいらしい。4というと看護師もびっくりする。

イギリスに連絡が行き、何週間も前の痰の検査の結果がわかり、陽性だったという報告を受けた。本当に検査をしたのか、それまでの何週間は何があったのか、よくわからないが。

イギリスの方では、学校で一斉に菌を保持しているか、結核を発症しているかが検査され、発症しているのは私だけだということが判明し、胸をなでおろした。保健室の先生や他の人からは、私が日本から来る間に飛行機等で菌をもらってきたんだ、と言われた。東京の病院(国立療養所東京病院)は、きちんと菌のDNAを調べ、それが日本で見られる菌のDNAとはずいぶん異なるためおそらくイギリスでかかったものだと言ってくれた。

しばらく経ってから、私の住んでいた州の別のエリアで若い結核患者が十数人出たと聞いた。私は街にもほとんど出なかったし、そのエリアの人たちとも面識がなかったが、こんなに身近に結核が多く出ているのに、特別措置を取っていないことにはびっくりした。また、医師が診断できなかったことを考えると、他にはもっといるのではないかという気がしてしかたがない。

東京郊外の日当たりのよい新しい入院棟での入院生活は幸い快適で、ご飯も三食たくさん出た。たくさんのCTスキャンやレントゲンを受け、たくさんの薬を飲み(結核は手術などなく、半年間の投薬治療で完治する)、結核は完治した。法定伝染病なので、入院費も治療もさほど高額ではなかった。

自分は日本にちょうどいいタイミングで帰り、イギリスの医師の診断がおかしいのではないかと疑ってくれる人がいたおかげで無事に入院しレベル4で治療できたが、そうでなかったらどうだったのだろう。日本の医師も、吐血までしていれば結核菌を排菌しているかどうかを調べるのは当然で、菌のあるなしで簡単に診断できるのに、とイギリスの医療のずさんさに驚きを隠せなかった。

イギリスのNHSは信頼できないというのは、10年以上前からイギリスのメディアや一般人の間でも言われていたことだが、先月イギリス人と話していても、その語りは変わっていないようであった。

これは研究とイギリス生活のブログなので、日本の医療の悪い点についてはここでは詳しく書かない(母と妹は緊急医療であまりよくない目にあった)が、技術改革や生活の質の向上がうたわれる今の時代に、安心と信頼のおける医療システムはそうした生活の基本となるものだと思う。イギリスでも日本でも、また世界のどの国でも、より良い医療システムがすべての人の健康を守れますように。


【私だけではなかった!】
英国留学中(医学)に家族に対するNHSの診療に苦い以上の思いをした(娘さんの緊急を要する重病が診断されなかった)医師のHPはこちら:

「こんなことだとは思わなかった!」
http://www.geocities.jp/jgill37jp/

 いつの体験かはっきり書かれていないので推測になるが、少なくとも10年前ではなくもっと最近のことのよう。「イギリスで病気になってはいけない」にある娘さんが病気になったときの医師等の対応は、私のときと似ていると思った。しかも私がいた都市よりもロンドンに近い小さくはない都市・・・。
英国テレビドキュメンタリー「Beauty and the Beast」Episode 1 (Channel 4, 2011)

「メディアは人々の外見の『あるべき姿』を支配していて、人々に自分の外見に対する自信をなくさせている」
「外見ではなく内面が大事」
「どんな人もそれぞれの姿そのままで美しい」

というメッセージ性を持ったシリーズ。

メイクやヘアエクステンションやエステ大好きでそれらがなければ生きていけないくらい、それらなしでは人に会えない、整形してみたい、という人と、事故や病気や何らかの先天的な障害で「普通の」顔ではない人がペアを組んで、一週間をともに過ごすという番組。途中、メイク依存の方が、カウンセラーに会って、自信のなさなどを話し合って共有し、「メイクを落としても自分は大丈夫だと思える」自分への第一歩として、ペアの相手の前でメイクを落としてみる。

http://www.youtube.com/watch?v=FtsdFM00MBo

エピソード1は、事故によるやけどで顔の皮膚を移植せざるを得なくなったLeoと、メイク&エクステに依存していて、大きい胸をコンプレックスに思い小さくする手術をしたいYasminの話。

Leoはすごくいい人で、実は50代後半。年齢を聞いてびっくりするYasminに、「しわができないので若く見える(笑)」と返す。

「私変わりました」といういかにもテレビ番組らしい結末に落としているところはまあ置いておくとして、日本人的にすごくびっくりするのは、なぜ彼女はそんなにコンプレックスを持っている大きい胸を隠したり、目立たないようにしたりしないのか、ということ。
街を歩いているだけで、特に夜なんかは、何人もの男性に声をかけられて、「いい胸しているね(あんまり変なキーワードでひっかかりたくないので、ここではとりあえず『胸』と書いておきますが、もっと直接的に言っています)」と言われたりすることがしょっちゅう。本当にかわいそうです。日本人だったらそこで谷間が見えるような恰好は決してしなくなるんだけど、彼女はそれでもする。ここは、イギリスの美意識というかファッションというかなのか、谷間を見せるのは非イスラーム教徒の女性がイスラーム教徒の女性のように髪を隠さないくらい当然なのか、それともなんとか投げかけられる言葉を無視して強くあろうとする彼女の決意のあらわれなのか。

胸を小さくする手術は豊胸手術よりも複雑でさまざまな障害が起こる可能性があるのに、できたら手術で胸を小さくしたいというYasmin。その気持ちを、美容整形手術一切反対のLeoは、Yasminが受ける様々なセクハラコメントから、こういう場合は美容整形手術をゆるしてもいいと思うようになり、考え方がより寛容になったという。
でも、本来は、そんなコメントが批判されないでそのままにされる社会がいけないんじゃないの?と日本人としては思う。日本ではそんな冷やかし(男性からしてみれば「ほめてる」というのだろうけど)のセクハラコメントは欧米と比べてずっと少ない。リスクを冒して、また手術代を払って、彼女が胸を小さくする手術を受けるのはおかしい。彼女が苦労しているのは、本当は彼女のせいではないはずで、番組はそこをもっと強調すべきだったと思う。これでは、彼女のように困っている人は手術をした方がいい、ということになって、「ありのままの姿でいていいんだ」から外れてしまうではないか。
イギリスのテレビ局が作ったジプシーのドキュメンタリーのシリーズ。つい最近(先月)放映されたばかりのようです。


ぱっと見「普通の」イギリス人のようにも見えるけど、いろいろな側面で文化の差が際立っている現代のイギリスのジプシーたちの通過儀礼。

イギリスのジプシーは他国のジプシー同様(?)あまりマジョリティとかかわらない閉鎖的なコミュニティ。

現代にあって、ものすごくはっきりと分かれている伝統的な男女の役割や、厳しい男女交際・婚姻の習慣。
いまだに学校を小さい頃にやめてしまう人たち。

ティーネイジャー妊娠率がヨーロッパ一高いイギリスの中で、結婚までの純潔を保つ人たち。

男性が稼ぎ、女性が家事をし、未婚の男女と既婚の男女のあり方がはっきりと決まっている人たち。

ド派手かつ露出度の高い衣装。


ちょっと英語の訛りがきついかもしれませんが、面白いです。
なんか普通の労働者階級のではなく、独特の話し方している気がする。

http://www.youtube.com/watch?v=CNZWq1eXgcA