2017/10/23
開票が終了した。結果は見えていたが大方の予想通りだと言っていいだろう。
投票率は50%そこそこ、民主主義国家としては低いと言っていいのではなかろうか。しかし、これが与党の信任の無さなのか。そんな意見も散見されるが、結論から言えばそんな事は無い。
投票しなかった理由は数あろうが期日前投票の時期も充分にあった。投票に行かなかったのはどんな理由であろうと機会の放棄に他ならない。参政の意思ある票の大勢が与党を支持したのは紛れも無い事実であるし、また、それを否定して民主主義は成り立たない。
更にこの結果を否定して民主主義たる立憲主義は成り立たない。枝野さん、あなたの事だ。
立憲をはじめとして口から出る言葉は本来の意味を無視して用いる子供のメンタルを持つ。それが立憲民主党という見解を私は持っている。共産党・社民党・希望の党、これに関してもおよそ同じ見解だ。正義とは唱えるだけで正義の味方になれるわけではないのだよ。枝野さん。
まさかこんな事も分からずに政治家をやっていたのだろうか、そのメンタルの幼さは推して知るべし。
ただちに影響はない。そしてこの後に続いた言葉を私は忘れない。口を開けて情報を待っているだけの衆愚は騙せても私は騙せない。そしていずれはこの結果が当然のものであると本当の意味で思い知って貰う。
与党支持の諸君、投票率が低いからと言ってそれが圧倒的な支持ではないと不安になってはいないか。それは無用な不安だ。
投票率が低いという現象に不安があるならばそれは健全だが、投票率が低いから無効、一票の格差があるから無効などと唱える団体は、自分の気に入らない選挙結果が出る限りそれを唱え続ける。
要は彼等にとってルールなど、民主主義など、立憲主義などどうでもいいのだよ。そんな連中に配慮など必要は無い。勝つまでジャンケンを続ける子供と似たようなものだ。勝てばそれを最終的な勝利とし勝負を嬉々として打ち切る。その程度の人々なのだ。
投票の放棄は権利の放棄。白紙委任状だ。