早速散歩に出かける。かったるい足を引きずりながら、A コースの急勾配を黙々と歩く。
見下ろす港に釣りをする人達が数人、チリメン漁も出ているようだ。
我が町の良いところは 山の中腹までくると 町の様子が手に取るようにわかる事。
そして土の道路を歩ける事。土の道路を踏みしめ、
地球の鼓動をじかに感じながらの一刻?
心も和む一刻だ~なんてね・・・・?。良い町なんだよな^此の町は、カラオケもコンビ二も
無いけど。(本当はあるんだけど 話の流れでない事に?)
今日は久々の好天気なのか、よく友人たちとすれちがう。皆黙々歩いている・・。?
それぞれが何かを思いながら、何かを求めてあるいているんだろうが、
俺が干渉するところではない。お互い笑顔で挨拶を交わし それぞれのみちへと急ぐ?。。。
心の和む一時だ。
でもね 何時になっても肝硬変が頭から 離れない。なるべくして成ったという
思いが無いだけに 複雑なのかも・・・・。
数年通う病院で 何の普遍も無く経過していたのが、ある日突然 肝炎といわれ
薬を処方され 其の薬を飲みだした途端の肝臓の悪化、肝硬変~腹水~入院なんて
受け入れられる程の 寛容な性格には出来ていない。
その上に、根っから疑り深い・・?。小さな事が気に成るもので(どっかで聞いた台詞)
そんな訳で納得出来るまでは、この120日の疑惑の追及を止める訳にはいかない・・
たとえ其れが 何の意味も解さない事だとしても、止められない・・・?。
赤べ~先生が 机のうえに頭を抱え 突っ伏し(何が悪かったんだろう)と言った言葉
今も脳裏に焼きついている。
転院の際(厄介払いが出来た)と言ったあの場面、忘れる事は出来まい。
たとえ肝硬変が改善したとしても、この間俺の失った犠牲はあまりにも大きい。な~んて。
赤べ~先生 あんまり患者を馬鹿にしてると、其の内きっと反動は来ますよ・・・・。
お~お~こんなに良い天気なのに段々雲行きが怪しくなってきたぞ。
早々に退散するか。
歩行に関してはまずまず順調。上腕部ー肩の痛みは未だ変化なし・・。
只 ふともも、フクラハギ等の心地よい痛みが このまま散歩治療で、如何変わるか
良い方に向いてくれれば、自然と筋力も付く可能性は有りそうなのだが
反対に悪くなるとすれば 痛みが拡散、膝を悪くし、歩けなくなるかも・・・
歩きすぎも良くないそうで、ちょうど良いと云う判断も難しい。
自分で試して 此処で良いと言うところを探すしかなさそうだ。長い道のり 長い付き合いに
成りそうだが、身に降る火の粉は 自分で払わなきゃ仕方がないって事だよね・・・・・
頑張れ 頑張れ 元気玉・・・・・・・