呪いを運ぶ犬。
咬まれた者は生きながらに腐り、苦しみ抜いて・・・死ぬ。



金があれば何でも買える。

あたしの人生も金で買われた。

あたしを買ったのは盗賊の頭。

あたしを飼ったのは寂しがりやの頭。

・・・あたしは可愛がられて幸せだった。


頭とあたしは、何をするにもいつも一緒。

頭はどこへでも連れて行きたがった。

あたしはどこへでもついて行った。

部下が自分の犬を自慢した時、頭は酔って言ったものだ。


“ニケルは俺の犬だ。人の姿はしちゃいるが、俺以外には

 懐かねえ。よくできた忠犬よお。”


ああまさに。まさにあたしは飼い犬だった。

忠犬だった。彼の愛犬で愛剣だった。


寒い夜は一緒に眠った。

怖い敵はあたしが屠った。

ずっと続くと思っていた。この甘ったるい暮らしが・・・。


でも・・・


あっけない幕切れ。
盗賊のの頭だったあたしの主は、№2の裏切りで
あっさりとこの世から退場してしまった。

今回ばかりは、あたしを置いて。
呆然とするあたしに、裏切り者は言った。


“俺のものになれ。”

・・・まっぴらごめんだ。


頭が、あたしを溺愛していたことは皆知っている。
あたしが、頭にしか懐かないことも。
そんなあたしがこの男に付いたらどうなるか。
・・・死んだ頭に忠誠を誓っている、こいつを殺そうと
考えている奴らも、こいつのことを認めようという
気になるかもしれない。
逆にあたしがこいつに斬りかかるようなら・・・。


「(頭・・・)」
ごめんよごめん。お頭、ごめん。
あたしは、あんたを守れなかった。

「(でもあたし、あんたの言葉は嘘にしないよ)」

そのために・・・。


「(あたしはここから逃げ出すよ・・・)」


あたしは逃げた。

逃げて逃げて、周りを巻き込みながら逃げた。

犬を追うのは犬。

呪いを運ぶ犬。

噛まれたら、未来はない。


あたしはもう、誰にも飼われない。

飼うとしたら、あたしだ。

あたし自身が主だ。

誰にも買い取られずに済むように、

誰にも飼われずに済むように、

金を集めよう。


そして


あたしはいつか、猟犬になる・・・。

司祭様がその傷だらけの少女を連れてきたのは、

ある、寒い冬の日だった・・・。

フィエーロ司祭は、よくいろんなモノを拾ってきた。
何かの種、お腹をすかせた猫、迷い犬・・・。

・・・僕もそうだ。僕のことも、司祭様は拾ってくれた。

優しい人だ。優しくて、誰にでも好かれる。

僕は養父である司祭様が、何よりの誇りだった。


司祭様が連れてきた少女。

彼女は、無口だった。

じっと、司祭様のことを見ていた。

無言で、腕に巻かれていく包帯を見ていた。

「・・・痛くない?」

「・・・・・・。」

ああ、やっぱり、何も言ってくれない。

青い瞳は、何も語らない。

ただじっと、見つめるだけ。


司祭様は微笑んで、少女の頭を撫ぜた。

司祭様はできるだけ、少女のそばにいるようになった。

黒い髪の少女は、何も語らない。

・・・教会にいる他の人間は薄気味悪がった。

僕も、本当は少し、少女が怖かった。

でも司祭様は・・・普通だった。


どうして少女は傷だらけだったのだろう。

どうして彼女は何も話さないのだろう。

・・・やがて少女に話しかけるのは、僕と

司祭様くらいのものになってしまった。

せめて何か話してくれたら、みんなの不安が

少しは和らぐのに。


「・・・君は、話せないの?それとも、話したくないの?」

「・・・・・・。」

「・・・何か話してよ。怖いよ。」

無言で、じっと見られると、怖い。

どこか鋭い青の瞳。


“おかしなことをしたら殺してやるから”

来たばかりの頃の何も語らない瞳も怖かったが、

今の、警戒心でできた目も怖い。

・・・教会に、こんな目をする子どもはいない。

ましてや、教会にいるどの司祭様もこんな目はしない。

「(司祭様・・・)」

どうしてこんな子を拾ってきたんだろう。

優しい司祭様が、今ばかりは恨めしくなった。


「最近はこの辺も物騒になったねえ。剣を持った男が

 何人もうろうろしてるのを見たって隣町の奴が言ってたよ。」

おついかいに行った先で、知り合いのおじさんから聞いた。

「え・・・?」

それは・・・今までなかったことだ。

「(まさか・・・)」

あの少女は、悪い奴らに追われていたのだろうか。

だから、あんなに傷だらけで。

だから、あんなに警戒していたのだろうか。

「(だったら・・・)」

単純な僕は、急に少女が可哀想になった。

「(かくまってあげなくちゃ)」

僕は大急ぎで教会に戻った。


「君、悪い奴らに追われてるでしょう?町のおじさんが、

 隣町に剣を持った人が何人も来てるって言った。

 君、あいつらから逃げてるんでしょう?違う?」

「・・・!!」

見開かれた黒い目に、初めて僕が映った。

「・・・やっぱり!君、逃げてきたんだね。大丈夫だよ。

 僕、悪い奴らに君を渡したりなんかしないよ。

 かくまってあげる。だから、心配しなくていいよ。

 司祭様だってきっと・・・。」


僕は少し嬉しかった。

状況は最悪に近いのに、変な感じだ。

でも、僕は嬉しかった。

彼女が僕を見てくれたこと。

蚊帳の外じゃないってこと。

・・・少女が見ていたのは、いつだって司祭様だけ

だったから。


「・・・剣。」

「ん?」

「剣は・・・ある?」

「剣?儀礼用のケルバーソードだったら聖堂にあるよ。

 でも、剣を使うような人はいない。」

「・・・・・・。」

「ああ、でも大丈夫だよ。教会は広いから、隠れる場所は

 いっぱいある。絶対に見つからない場所も知ってるよ。」


僕は武器とは無縁な生活を送っていた。

だから、剣に頼る生活なんか知らなかった。


「隠れる場所だけじゃダメ・・・こっそり、ここから逃げ出せる

 出口はある?」

「うん、秘密の出口だね?教えてあげる。おいでよ。」

僕は有頂天だった。

少女が何を考えているのか、僕はさっぱりわかっていなかった。

「ねえ、君、名前は?」

「・・・ニケル・アルバ。」

それだけ言うと彼女は、黙って僕の後をついてきた。



・・・騒ぎが起こったのは、その日の夜のこと。

「ガウッ!」

「ひいっ?!」

教会に押し入って来たのは、剣を持った男たちではなく、

一匹の犬だった。大きな、人を噛み殺してしまえそうな犬。

「(まずい・・・)」

犬は鼻がいい。

少女の匂いを辿って来たのなら、隠れ場所まで楽々と

突き止めてしまうだろう。

「(逃げないと・・・)」

犬は他の人間には目もくれない。


「逃げて!」

僕は犬にしがみつきながら大声を上げた。

・・・子どもの筋力なんて高が知れている。

それに、怖かった。

でも、何もせずにいるわけにはいかなかった。

周りの人間のように、おろおろして何もしないわけには・・・。


犬は僕を噛もうとはしなかった。

でも引きずられた。きっと打ち身になっているだろう。

「(早く・・・!)」

早く逃げてと、それだけを思っていた。


・・・犬は、少女が隠れているはずの地下室の方には

向かっていかなかった。

「(・・・え?)」

けれど迷う様子もなく、犬は聖堂へと向かっていく。

「(あそこは・・・)」


「ニケル!」

「・・・!」

「グウウウウ・・・!」

ニケルは剣を持っていた。

・・・ここに置いてあったケルバーソードを。

「っ?!」

犬は僕を振り落とすと、ニケルへと飛び掛った。


飛び掛ってきた犬をかわし、彼女は剣を振るった。

「・・・っ?!」

痛みに彼女は顔を歪めた。・・・手の傷が治っていないのだ。

犬も怪我は負ったようだが、また飛び掛かろうとしている。

僕はまた犬にしがみついたが、後ろ足で蹴られ転がった。

「(誰か・・・!)」

僕の願いも空しく、犬は少女に向かっていく。


「があああっ・・・!」

「・・・司祭様っ!」

「!!!」

犬の牙は、腕に食い込んだ。

・・・咄嗟に間に入った司祭様の腕に。

「・・・!」

「ギャッ・・・!」

ニケルは犬の首を刎ねた。

嫌な臭いが、血の臭いが聖堂に充満していく。

「司祭様、司祭様っ!」


・・・僕は、司祭様に言わなかった。

彼女が危ないってことを。

自分だけで、何とかなると思っていたのだ。

・・・なんて子どもじみた思い上がり。

そのせいで、司祭様が大怪我を・・・。


「ごめ・・・ごめんなさい。ごめんなさい・・・。」

泣きながら謝る僕の頭を、司祭様は傷のない手で撫ぜた。

いつもの、優しい微笑を浮べながら。

そして何か言おうと口を開きかけたところで・・・


・・・司祭様の首は聖堂の床に転がった。


「・・・・・・。」


わああああああああああああああああああああああ!!


誰の声だろう?

うるさい。

聖堂で騒いではいけないとよく司祭様に言われて

いるじゃないか。

優しい司祭様を、困らせるなんてよくないことだ。

・・・あれ?

ニケルはどこに行ってしまったのだろう?

さっきまで、さっきまで司祭様の後ろにいたのに。


犬の死体。犬の生首。司祭様の首。司祭様の身体。




・・・叫んでいるのは、僕だ。

13:クローテル


シーンカード:ルナ(正)

沈黙の夜 暗黒/静かに、影より現れよ


「うそ~っ!!なんで?!なんで宿屋さんがないのっ?!」

僕の素っ頓狂な声に、カトラスさんはとても困った顔をした。

それはそうだろう。

彼にとっては、宿屋がない方が普通なんだから。

彼はこの町から、一歩も外に出たことがないんだから。

・・・そして、今は夜。



ジルさんの厚意で、僕は教会に泊めてもらっている。

・・・いくらよそとの交流がないとはいえ、まさか宿屋がないとは

思っていなかった。

やっても商売にならないのだろう。

まあそれは、しかたがない。


アルフォンシーナさんを訪ねて、泊めてもらえないかお願い

してみようかとも思った。

どちらにしても早く会いに行って、手紙のことを訊かなくちゃ

いけないのだし。

でも、行き方を訪ねたらカトラスさんは怖い顔をした。

あそこへは、毒蛇がうようよいる所を通らなくちゃいけない。

だから、案内することはできない。そう言われた。


「(じゃあなんでアルフォンシーナさんは平気なの・・・?)」

そこが、魔女の魔女たる所以なのだろうか。

毒蛇を退ける知識か。それとも毒の効かない身体か。

「(僕から会いには行けないのか・・・)」

残念ながら、僕にはどちらもない。


教会は静かだ。

こんな広い建物の中に、3人と1匹しかいない。

・・・お姉さんは、カトラスさんについて行ってしまった。

ジルさんは、何も言わなかった。けど・・・。

「(・・・ほっとしていた?)」

そう見えた。

一緒にいる間は、どこかピリピリしているようだった。

「(昔、何かあったのかな?)」

でも、訊いていいものなのかどうか・・・。


「・・・誰?」

僕がいるのは、ジルさんに使っていいといわれた個室。

お客さん用の部屋だ。僕はそこの寝台に寝そべっていた。

・・・小さな物音と視線は、背後の扉から感じた。

「・・・シペルリック。」

「きゅう・・・。」

誰かいる。廊下に・・・。


「・・・・・・。」

廊下に出ても、見える位置には誰もいない・・・ように見えた。

「(・・・どうしよう)」

ジルさんが気遣って様子を見に来てくれただけだったらいい。

ラウルさんが暇だからと遊びに来て、やっぱりやめたと

帰ってしまったのなら(ちょっと寂しいが)それでもいい。

でも、2人じゃなかったら?

そして、あの気配が、僕の勘違いじゃなかったら・・・?


「・・・・・・!」

背筋が・・・寒い。

「(ジ・・・ジルさんのところに行こう!)」

一応、家主は彼だ。

気のせいかもしれないけど、報告しなくては。

・・・怖いから1人と1匹で部屋にいたくないわけではない。


       。」

「(・・・あれ?)」

話し声がする。

ジルさんの声。

そして相手は・・・。

「(・・・え?)」

お姉さんだ。・・・ここには泊まらないはずなのに。

どうして、ここにいるのだろう。


何を話しているのかは聞き取れない。

でも、こっちに気づいている様子はない。

「(立ち聞きは、よくないよね・・・)」

さっきの気配はお姉さんだったのか。

そうわかれば怖くない。

後は知る必要もないことだ。

「(・・・戻ろう)」

僕は静かに、その場を後にした。



物陰から僕を見ている誰かに気づけるほど、

僕は注意深い性質ではなかった。

・・・残念なことに。

ジル   :ファンタスマ(正)、グラディウス(正)、フルキフェル(正)
ニケル  :オービス(正)、イグニス(正)、コロナ(正)
クローテル:アングルス(正)、フィニス(正)⇒ルナ(正)、アクシス(正)
ラルフ  :アクア(正)、ステラ(正)、エルス(正)