司祭様がその傷だらけの少女を連れてきたのは、
ある、寒い冬の日だった・・・。
フィエーロ司祭は、よくいろんなモノを拾ってきた。
何かの種、お腹をすかせた猫、迷い犬・・・。
・・・僕もそうだ。僕のことも、司祭様は拾ってくれた。
優しい人だ。優しくて、誰にでも好かれる。
僕は養父である司祭様が、何よりの誇りだった。
司祭様が連れてきた少女。
彼女は、無口だった。
じっと、司祭様のことを見ていた。
無言で、腕に巻かれていく包帯を見ていた。
「・・・痛くない?」
「・・・・・・。」
ああ、やっぱり、何も言ってくれない。
青い瞳は、何も語らない。
ただじっと、見つめるだけ。
司祭様は微笑んで、少女の頭を撫ぜた。
司祭様はできるだけ、少女のそばにいるようになった。
黒い髪の少女は、何も語らない。
・・・教会にいる他の人間は薄気味悪がった。
僕も、本当は少し、少女が怖かった。
でも司祭様は・・・普通だった。
どうして少女は傷だらけだったのだろう。
どうして彼女は何も話さないのだろう。
・・・やがて少女に話しかけるのは、僕と
司祭様くらいのものになってしまった。
せめて何か話してくれたら、みんなの不安が
少しは和らぐのに。
「・・・君は、話せないの?それとも、話したくないの?」
「・・・・・・。」
「・・・何か話してよ。怖いよ。」
無言で、じっと見られると、怖い。
どこか鋭い青の瞳。
“おかしなことをしたら殺してやるから”
来たばかりの頃の何も語らない瞳も怖かったが、
今の、警戒心でできた目も怖い。
・・・教会に、こんな目をする子どもはいない。
ましてや、教会にいるどの司祭様もこんな目はしない。
「(司祭様・・・)」
どうしてこんな子を拾ってきたんだろう。
優しい司祭様が、今ばかりは恨めしくなった。
「最近はこの辺も物騒になったねえ。剣を持った男が
何人もうろうろしてるのを見たって隣町の奴が言ってたよ。」
おついかいに行った先で、知り合いのおじさんから聞いた。
「え・・・?」
それは・・・今までなかったことだ。
「(まさか・・・)」
あの少女は、悪い奴らに追われていたのだろうか。
だから、あんなに傷だらけで。
だから、あんなに警戒していたのだろうか。
「(だったら・・・)」
単純な僕は、急に少女が可哀想になった。
「(かくまってあげなくちゃ)」
僕は大急ぎで教会に戻った。
「君、悪い奴らに追われてるでしょう?町のおじさんが、
隣町に剣を持った人が何人も来てるって言った。
君、あいつらから逃げてるんでしょう?違う?」
「・・・!!」
見開かれた黒い目に、初めて僕が映った。
「・・・やっぱり!君、逃げてきたんだね。大丈夫だよ。
僕、悪い奴らに君を渡したりなんかしないよ。
かくまってあげる。だから、心配しなくていいよ。
司祭様だってきっと・・・。」
僕は少し嬉しかった。
状況は最悪に近いのに、変な感じだ。
でも、僕は嬉しかった。
彼女が僕を見てくれたこと。
蚊帳の外じゃないってこと。
・・・少女が見ていたのは、いつだって司祭様だけ
だったから。
「・・・剣。」
「ん?」
「剣は・・・ある?」
「剣?儀礼用のケルバーソードだったら聖堂にあるよ。
でも、剣を使うような人はいない。」
「・・・・・・。」
「ああ、でも大丈夫だよ。教会は広いから、隠れる場所は
いっぱいある。絶対に見つからない場所も知ってるよ。」
僕は武器とは無縁な生活を送っていた。
だから、剣に頼る生活なんか知らなかった。
「隠れる場所だけじゃダメ・・・こっそり、ここから逃げ出せる
出口はある?」
「うん、秘密の出口だね?教えてあげる。おいでよ。」
僕は有頂天だった。
少女が何を考えているのか、僕はさっぱりわかっていなかった。
「ねえ、君、名前は?」
「・・・ニケル・アルバ。」
それだけ言うと彼女は、黙って僕の後をついてきた。
・・・騒ぎが起こったのは、その日の夜のこと。
「ガウッ!」
「ひいっ?!」
教会に押し入って来たのは、剣を持った男たちではなく、
一匹の犬だった。大きな、人を噛み殺してしまえそうな犬。
「(まずい・・・)」
犬は鼻がいい。
少女の匂いを辿って来たのなら、隠れ場所まで楽々と
突き止めてしまうだろう。
「(逃げないと・・・)」
犬は他の人間には目もくれない。
「逃げて!」
僕は犬にしがみつきながら大声を上げた。
・・・子どもの筋力なんて高が知れている。
それに、怖かった。
でも、何もせずにいるわけにはいかなかった。
周りの人間のように、おろおろして何もしないわけには・・・。
犬は僕を噛もうとはしなかった。
でも引きずられた。きっと打ち身になっているだろう。
「(早く・・・!)」
早く逃げてと、それだけを思っていた。
・・・犬は、少女が隠れているはずの地下室の方には
向かっていかなかった。
「(・・・え?)」
けれど迷う様子もなく、犬は聖堂へと向かっていく。
「(あそこは・・・)」
「ニケル!」
「・・・!」
「グウウウウ・・・!」
ニケルは剣を持っていた。
・・・ここに置いてあったケルバーソードを。
「っ?!」
犬は僕を振り落とすと、ニケルへと飛び掛った。
飛び掛ってきた犬をかわし、彼女は剣を振るった。
「・・・っ?!」
痛みに彼女は顔を歪めた。・・・手の傷が治っていないのだ。
犬も怪我は負ったようだが、また飛び掛かろうとしている。
僕はまた犬にしがみついたが、後ろ足で蹴られ転がった。
「(誰か・・・!)」
僕の願いも空しく、犬は少女に向かっていく。
「があああっ・・・!」
「・・・司祭様っ!」
「!!!」
犬の牙は、腕に食い込んだ。
・・・咄嗟に間に入った司祭様の腕に。
「・・・!」
「ギャッ・・・!」
ニケルは犬の首を刎ねた。
嫌な臭いが、血の臭いが聖堂に充満していく。
「司祭様、司祭様っ!」
・・・僕は、司祭様に言わなかった。
彼女が危ないってことを。
自分だけで、何とかなると思っていたのだ。
・・・なんて子どもじみた思い上がり。
そのせいで、司祭様が大怪我を・・・。
「ごめ・・・ごめんなさい。ごめんなさい・・・。」
泣きながら謝る僕の頭を、司祭様は傷のない手で撫ぜた。
いつもの、優しい微笑を浮べながら。
そして何か言おうと口を開きかけたところで・・・
・・・司祭様の首は聖堂の床に転がった。
「・・・・・・。」
わああああああああああああああああああああああ!!
誰の声だろう?
うるさい。
聖堂で騒いではいけないとよく司祭様に言われて
いるじゃないか。
優しい司祭様を、困らせるなんてよくないことだ。
・・・あれ?
ニケルはどこに行ってしまったのだろう?
さっきまで、さっきまで司祭様の後ろにいたのに。
犬の死体。犬の生首。司祭様の首。司祭様の身体。
・・・叫んでいるのは、僕だ。