読み切り短編小説 ふたり ~第四章・風になって【後編】~
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ラグビー部を退部しバイトも辞めた優一は、誕生日に翼を見舞ったのちは週に最低二回翼を訪れるようになる。
夏休みも終わりかけの平日の午後。
「優一さ・・・お前部活続けろよ。バイトについては欲しいものがあるからっていう理由だと思うから、続けようと辞めようとあんま関係ないけどさ。あと、お前は文系クラスで成績上位なんだから、しっかりした大学へ進んだ方がいいんじゃねぇの?勉強ちゃんとしなよ」
「再入部はしない」
「正直言うと、俺は優一の逞しく男くさいカラダに憧れてるしこれからも見続けたいんだ。部活辞めたら衰えてゆくじゃん。お前のファンも悲しむぜ」
「自宅で筋トレくらいはしてるさ」
「俺を優先しても何もいいコトないよ」
「何度も言うけどさ、俺は翼と過ごす方を選んだの。同情とか可哀そうとか、そんな気持ちじゃない。翼が正直に好きだし会うたび抱き合いたい。ずっとお前のそばにいて、お前を守りたい」
「お前の彼女も可哀そうだし、イチャイチャは彼女とすればよくない?ってか彼女は優一が俺の見舞いに頻繁に来てることは知ってるの?まぁさすがに関係までは知らないと思うけど」
「もちろん彼女は俺たちの仲を知らない。俺は彼女は彼女で好きだし、デートもしてる。こないだも映画見に行ったし、キスもした。次に会う時はエッチもするかもしれない。でも翼とはこの関係を保ちたい。お前もそう思ってるっしょ?」
「でも俺は今後醜くなってゆくんだぜ。ドラマとかでよく見るでしょ?髪の毛も抜けて瘦せ細って青白くなって、ゲーゲー吐いて・・・そんな姿になったら俺、誰とも会いたくない。面会拒絶するぜ」
「俺はそんな翼の姿を見届けたい。いや、見届けなきゃいけないって思ってるから。俺が勝手に思ってるだけだし、お前が何て言おうと俺は最期までお前に会い続ける。ってかお前は顔面偏差値高いから、痩せたところでハゲてきたところで何も変わらないよ」
優一は彼女と別れたことを翼に伏せ、会うたびにベッドやシャワールームで翼と営みをおこなっていた。ナースや主治医が入ってくる時間のパターンは決まっている。翼の体調に異変が生じれば別だが、郁恵も今のところは翼の指定した日以外は来なかった。
「なぁ翼、今まで俺以外の男といい感じになったことはあるの?」
「あるワケねーだろ。お前はどうなんだよ」
「ないない!まぁ中学生になってから、何人かの男子に寄ってこられたことは何回かあるけどな・・・直近だとそうだなぁ、高二になって間もない時、新入部員の一人に部活の帰り際『先輩のカラダ男らしくてエロくて憧れです。ちょっと触らせて下さい』って言われたな。あれがちょっと膨らんでたよ」
「ちなみに誰?」
「竹内って子だよ。あいつ入学して既に4センチも身長伸びて、すぐ頭角を現してきたよな。一年の中で主軸候補だよ」
「へぇ、竹内が。お前はその時どうしたんだよ?あいつ結構モテ顔よな」
「意外と甘えたな感じのヤツでかわいいなって思ったけど、イチャイチャしてやろうとまでは思わなかったよ。そういうのバレると怖いし。筋肉は触らせてあげたけど、すぐ帰ったさ」
「俺との関係は怖くねぇの?いつバレるか分らないぜ?」
「俺か翼のどちらかが漏らさなきゃ、バレようがないじゃん」
「まぁ確かに」
数十秒の間が空いた後、優一が切り出す。
「話変わるけど、次俺とイチャイチャするとき、やってみたいコトとかされてみたいコトとかある?性癖っていうのかな」
「はぁ?そっ、そんなこと答えられるか」
「男女のカップルでも、お互い性癖があるって言うじゃん。ああいうことしたいとか、されたいとか」
「あっ?えっ?うん・・・そうなの?」
「隠すなよ。俺だってあるし。翼が答えた後に言うから教えてくれよ」
「俺恥ずかしいよ・・・」
「教えてくれなかったら、もうイチャイチャしないからな」
「はぁ?えー、まぁ・・・その、なんだ・・・」
「照れるなよ。超かわいいな」
「うん、俺・・・・優一とお互いに、ラグビーの練習の格好でイチャイチャしたい。部活終えて汗と土まみれの部室で一回ヤッたことあるじゃん?それが一番興奮した」
「いわゆるユニフェチってヤツ?」
「そうかもな。何か、ピチピチのラグパン(注 股下数センチのラグビーパンツ)とむっちりした色黒の太ももの組み合わせが好きなんだ。日焼けしてない白い肌の部分が時々見えると『おっしゃ!』みたいに萌えてさ。汗ばんでるとなおさら興奮するよ・・・できれば上下とも白がいいな。俺変態でしょ・・?」
「俺とまったく同じとは思わなかったよ。俺も部活の後、そのまま練習着で部室とか体育館の倉庫とかでバレないようにヤるっていうシチュエーションに憧れてる」
「まさかの同じ性癖?面白れぇよな」
「じゃあ次回来るとき持ってくる?お前の分も用意するぜ」
「でもなー、病室のシャワールームだと何か違うくてさ。興味無くはないけど、テンション上がらないかも・・・一度病院抜け出して、誰もいない部室とか体育館に侵入できると面白いんだけどな。まぁ絶対無理だな」
「おっ、いいなそれ!今度補習で学校行ったら、部活の練習日とか調べとく。体育館を誰も使わない日とかあるかも知れんし、体育の先生にも聞いておくよ!文化祭に備えての撮影リハーサルしたいから、体育館を少し使わせて欲しいって頼めば何とかなるかもよ」
「そこまでやってくれるのかよ!もう興奮してきた」
実現の目途も経たぬまま一年と余月が経過し、病棟の中庭のコスモスが輝く季節。
翼は延命治療や抗がん剤治療を拒んだ。
死ぬ間際までかっこいい姿を保ちたい、死ぬ間際までみんなから尊敬される体格でいたい、抜け落ちる髪や痩せ細った姿を誰にも見せたくない、との強い意志だった。余命宣告をされても、翼は思春期真っただ中なのだ。たとえ親でも醜い姿を晒したくないのだ。
日に日に翼の体重は落ち、顔は頬骨が目立つ。あばらも浮き出るようになっていた。
冬休みを迎える頃には起き上がってシャワーを浴びに行くことすら難しくなっていた。
それでも優一は約束通り足繁く翼の面会に挑んだ。十一月の半ばから翼の射精能力は完全に無くなっていたが、優一にとってそんなことは重要課題ではなく、お互い会うたびに抱き合ったりキスをし合ったり、を続けていた。
「優一、ごめん。俺もうあっちの元気、なくなってるわ・・・」
「だからどうした?」
「えっ?だからその・・・もう優一、無理し・・・」
「ばーか、俺がお前のアソコ目当てで好きになったと思ってるのか」
息ができないくらいに強く翼を抱きしめる優一。
翼のそれの能力は衰えていたが、優一の愛によって翼の「愛根の先端」は毎回確実に濡れていた。一方で優一のそれは元気な事が多く、翼はその時はベッドに二人で寝転がり、翼が己の手を使って愛を示し続けていた。
学年末テストが終了する時期になると翼は話すことさえも辛そうなほど症状が悪化していた。それでも翼に会い続ける優一。
「翼、エクレア買ってきたぞ。小さく千切ってやっから、いっぱい食えよ。俺も半分食うぞ」
意識はあるが、体力の消耗で腹筋が衰え、うまく喋ることが難しくなっていた。固形物の食事は摂取が難しくなりつつあり、柔らかいエクレアはかろうじて受け付けた。
学年末テストの結果が出る頃には、翼はほぼ寝たきり状態になっていた。
「翼、プリンなら食えるだろ。お前の好物のビッグプリンだぞ」
プラスチックのスプーンで離乳食にも満たない量のプリンをすくい、翼の口元に持ってゆく優一。
翼の容体は、意識が戻ったり遠のいたりを繰り返していた。
1996年2月24日
主治医から余命あと数日と告げられる。
優一は郁恵に頼み込み、三時間だけ二人きりで過ごしたいと申し出る。二人の関係を薄々知っている郁恵は真剣そのものの優一の懇願を承諾した。
「翼、俺の格好見てみろよ。お前も着替えさせてやる」
優一は翼の全身の衣類をゆっくりと脱がせ、自身の持ってきたラグビーの練習ウェアに着替えさせる。
「翼、メチャエロいぜ・・・!興奮するよ」
「優一・・・マジでかっけーな。やっぱ・・・お前は似合ってるな・・」
「何もしゃべるな。このまま眠ろうぜ」
優一は自分の左腕を翼の首にかけ翼の頭を撫でながら添い寝した。
1996年2月26日
郁恵は病室の隅の方で腰を掛け二人のやり取りを眺めている。本当は翼の手をずっと握りたかったが、翼はきっと優一と最期を過ごしたいのだろうと悟っていたからだ。
「翼、お前を腕枕したい」
「いや・・俺が優一を腕枕したい。いいだろ・・?こっち・・はぁ、はぁ・・俺の胸にこいよ。心臓の・・・鼓動・・聴いてくれ」
優一はその言葉を聴いた瞬間一幅の名画のような涙を両目からボロボロとこぼした。
「何でお前、そんなに強いんだよ」
「優一・・・お前こないだ・・俺のコト守ってくれるって言って・・・くれて嬉しかった・・はぁ・・はぁ・・・でも、俺も・・同じコト前から思ってた。お前が・・・好き・・だ。はぁ、はぁ、はぁ・・・俺もお前の傍にいて・・・お前を・・守りたい」
「翼・・・」
優一は真っ赤な目で優しく翼のシャツを脱がせ、自身も上半身裸になった。
「さぁ・・・俺の腕の中へ・・・胸の中へこい・・・・よ」
翼のやつれた胸は優一の大量の雫でいっぱいだ。美しい数々の雫は翼の横っ腹を通じベッドも濡らすほどだ。
優一はずっとずっと翼の腕に抱かれながら目を閉じていた。
「俺は・・・風になって・・はぁ・・はぁ・・優一を守る・・ お前が辛い時、悲しい時、何かに負けそうなとき・・・俺は暖かい風になって・・・お前の体に優しく吹いて・・・やるからな」
「翼、何も言うな、何も言うな!今だから打ち明けるけど、お前に初めてお見舞いに行ってから、俺彼女と別れてた。最初は自分がホモなのかもって認めたくないから嘘付いてたんだ。翼の前では強がっていたかった。でもお前の方が好きっていう正直な気持ちにだけは嘘付けなかったよ」
優一の顔は人物の特定が出来ぬほど涙でグシャグシャになっている。
「優一・・・出逢ってくれて・・・はぁ、はぁ・・・ありがとな。次生まれ変わっても・・・お前と出逢いたい・・・お前の彼女として・・・彼氏として・・お前の兄弟として・・・お前のペットとして・・・お前の・・・両親として・・・はぁ、はぁ、お前の先生として・・・でも、やっぱ・・・今と同じ・・関係で・・出逢いたいな・・・俺、キモイかな・・?」
「翼・・・翼・・・俺も同じ気持ちだよ!」
「優一・・・俺そろそろ・・・眠くなってきたぜ・・・でも、はぁ、はぁ、お前が俺の・・・腕の中でスヤスヤ寝てくれるまで・・・・見届けるよ・・そして俺は・・・風に・・なる」
数分後、翼は優一の顔を己の左胸に寄せて抱きしめながら鼓動を止めた。
セレモニー会館で多数のクラスメイトや部員は泣いていた。翼の熱烈なファンであろうか、数名の女子は終始嗚咽が止まらなかった。優一は涙を見せなかった。
葬儀後に向かう斎場は郁恵と優一、優一の両親という何とも不思議な組み合わせだった。郁恵の強い願いであった。
出棺の時。
二月下旬の冷たい風が斎場に吹き付ける。真っ黒なコートを纏っていても寒い。駐車場には梅が七分ほど咲いている。
その時居合わせた遺族たちに一瞬だけ生ぬるい風が吹き抜けた。
「えっ?さっきすごく暖かい風が吹かなかった?ほんの一瞬」
優一の母の言葉に一同が頷いた。
「翼、風になったな!たしかにお前の風を今感じたよ。これからも吹き続けてくれよ!」
セレモニーホールで涙を我慢していた優一。目に見えぬ風を抱きしめながら号泣した。
遺骨を壷に入れる四人。優一は遺骨のひとつまみを自身のコートのポケットに入れた。
その刹那、雲間から一粒の雨が優一の額を潤した。
「ねえ、父さん、母さん。俺、今日から翼のお母さんの『半分子ども』になるから。文句ないよね?」
~ 第 四 章 終 話 ~
【あとがき】
一編の読み切りを心掛けているが、本章は当事者の会話から何気ない高校生の日常を感じ取って欲しかったため、細部にまで会話を膨らませた結果前編と後編に別れる結果となってしまった。死してもなお風になって守る、生まれ変わっても一緒になると宣言できるほど愛せる人がいる、これほど美しい愛情表現は他に存在しないと思いながら本作品を完成させたが、みなさんはどうだろうか・・・。己の性が揺れ動く、思春期真っただ中の高校生の心情を本作品で読み解いて頂ければ本望だ。単なる性欲の発散という次元を越えた人間としての愛を感じ取ってほしい。ノンケの人、BL好きの人、小説好きの人、ゲイの人たちの感想待ってます!


