「ビットコインは預金通貨である」──これについては既に述べていますが、「預金通貨」についてはもう少し考えてみる必要があります。そこで預金通貨とは何かを知るために、お金の歴史を簡単に振り返ってみることにします。 原始社会では、共同体内で生産される食物や家畜が「お金」として利用された時期があったのです。米、小麦、塩、油、布、皮牛、羊などがそうです。これらを「商品貨幣」と呼んでいます。しかし、商品貨幣には、時間の経過によってその品質が劣化するという難点があり、また、家畜は細分化して決済できないので、少額の取引には不便です。 そういうわけで、この欠陥を補って登場したのが「金属貨幣」なのです。はじめは金属ではなく、変わった貝殻であるとか、珍しい石とかなども使われましたが、その希少性から数量が不足するなどの問題もあり、いろいろな金属を貨幣として使うようになるのです。 青銅器時代には、鉄、銅、錫、青銅、金などが重量で価値が決められたのです。しかし、それらの金属そのものが、お金としての機能を持ったため、取引のたびに、いちいち重量を計測するという面倒さがあったのです。 この不便さを救ったのは商人の知恵です。鋳造した商人が一定の重さを示す刻印を押すようになり、取引のたびにいちいち測ることはなく、その数字を数えればよいようになったのです。しかし、商品に対する信用不安や、金属そのものの純度などについて疑いや争いが絶えなかったのです。 やがて時代が進んで、権力が国家というかたちをとるようになると、貴族や豪族や国王などの権力者が国を治めるようになると国家として金属貨幣を作り、その純度と重量を保証する刻印を押すようになったのです。これが「鋳造貨幣」すなわち、コインなのです。 お金がコインのような鋳造貨幣のかたちになると、価値尺度が強化され、お金を貯蔵することができるようになったのです。これについて、大手銀行の出身で長年金融市場関連部門でのキャリアが豊富な安西正鷹氏は次のように述べています。――――――――――――――――――――――――――――― 金属はお金としてのみならず、それ自体に価値があるうえ、腐 ったり使いものにならなくなることはない。自然界に存在する 物質はみな、時間の経過とともに劣化する。とりわけ穀物や野 菜、魚や肉といった食料品は保存がきかず、すぐ劣化してしま う。貝殻も使用し続けているうちに摩耗して、やがて当初の価 値を維持することが困難となる。一方、金属の場合は、劣化が 非常にゆっくりと進行するため、長期間お金として使うことが できる。特に金は熱、湿気、酸素など、ほとんどの化学的腐食 に対して非常に強い。自分の持つ品物を交換する相手方を見つ けるまでの時間的余裕だけでなく、物理的・心理的な余裕もで きる。一時的なつなぎ決済手段として鋳造貨幣を用いるのであ れば、これほど便利なものはない。 ──安西正鷹著 「国際金融資本がひた隠しに隠す/お金の秘密」/成甲書房刊――――――――――――――――――――――――――――― 日本におけるはじめての公的な鋳造貨幣は、「和同開珎(わどうかいちん)」であるといわれています。708年に現在の秩父地域で初めて銅が産出されたことから、当時の政府は元号を「和銅」に改めるとともに、この年に貨幣の鋳造をはじめたのです。 鋳造貨幣──とくに金貨の時代は、18世紀から19世紀にかけてきわめて長い期間にわたって、他の形態の貨幣と並んで使われたのです。そして、「預証貨幣」、すなわち現在の預金通貨の前身が登場することになるのです。 鋳造貨幣になってからは、国のリーダーたちは、財政資金が必要になると、専門的な技術を持つ者たちに命じて悪貨を鋳造させたのです。悪貨とは混ぜ物の多い貨幣です。貨幣を国民から定期的に回収し、金属を削り取ったり、他の金属と混ぜたりして貨幣の数を増やし、国民に返却することもしたのです。こういうことをするエンジニアは、金細工師と呼ばれていたのです。 現代では、国が多くの財政資金を必要とする場合、国債を発行してそれを売るか、あるいは、中央銀行がその国債を直接引き受けることによって資金集めをしますが、これと基本的に同じことです。これは、「国債の貨幣化」などと呼ばれます。 鋳造貨幣の時代になると、貨幣が劣化しないので、それを多く貯め込む富裕層が増えてきたのです。とくに貨幣の発行権を握る国王の側近などのお金に日常接する人たちは、貨幣に対する執着が強くなり、お金を大量に貯め込もうとしたのです。 そういう富裕層は、自分が保有している貨幣が強盗などに遭って、それを喪失してしまうのではないかと不安に思う者が増加したのです。いわゆる「金持ちの悩み」です。 「ドン・キホーテ」の作者であるスペインの文豪セルバンテスは、こういう「金持ちの悩み」について、次のような味わい深い言葉を遺しています。――――――――――――――――――――――――――――― 金貨は心労をもたらすが、金貨の欠如もまた然りである。しか しながら、後者の場合の心労はある程度の金額を手にすれば軽 減できるが、前者のそれは、多く持てば持つほどいっそう募る という点に違いがある。 ──文豪セルバンテス ──安西正鷹著の前掲書より――――――――――――――――――――――――――――― こういう「金持ちの悩み」というニーズに対応するために現れたのが英国の「金匠」──ゴールドスミスなのです。もともとゴールドスミスとは、17世紀において、英国のロンドンで両替商を営む金細工師であったのですが、しだいに貨幣、貴金属の保管から貸出し業務を行うようになったのです。そしてこの金匠は、まさに現代の銀行の前身になっていくのです。 ─── [ビットコインについて考える/30]≪画像および関連情報≫ ●「銀行券」の発展を見る/林 紘義氏 ――――――――――――――――――――――――――― 現代の通貨は紙券である、すなわち内在的な価値をもつ貨幣 (鋳貨等々)ではなく、“銀行券”である。しかも単なる銀 行券ではなく、中央銀行券である。それは確かに直接に紙幣 ではないが、紙幣と同様に減価し、インフレをもたらすので あり、もたらしてきた。銀行券とは何であり、そしていかに して、銀行券は現代におけるほとんど唯一の“通貨”となっ たのであろうか、またなり得たのであろうか。それを明らか にし、またさらに中央銀行券が通貨となっている、現代資本 主義の頽廃した本性の一端を暴露する。もちろん、現代の中 央銀行券は、かつての(本来の)銀行券とはある意味で全く 別のものであり、十八、九世紀にもっていた、信用貨幣とし ての性格はほとんど失われているといっていい。むしろ、そ れは実際には一種の紙幣であるといった方がはるかに真実に 近いのである。しかしにもかかわらず、それは直接に紙幣で はなく、銀行券の母斑を引きずっているのであり、それがま た現代の中央銀行券の本性――事実上の紙幣であること―― を見抜くことを困難にしているのである。現代の通貨つまり 中央銀行券と、その本性を確認するには、銀行券の性格とそ の“発展”もしくは、“進化”の歴史を知らなくてはならな い。すなわち、いかにして、商業信用の発展の中で生まれた 銀行券が、中央銀行券に成長し、さらにそれが事実上の紙幣 にまで転化してきたかを知らなくてはならないのである。 http://bit.ly/1qdUCDX ―――――――――――――――――――――――――――安西 正鷹氏の本
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