日本から帰ってきて3週間ほど経ちました。
今回、2ヶ月という長期間(ほんとはもっと長くいる予定でしたが、早めに切り上げてバングラに帰ってきました)、日本に一時帰国しましたが、ただリラックスするためだけに帰ったわけではなく、「私」という軸を見つける帰国(というか旅)だったなって思います。
ここ数年、私は自分の軸を見失っていて、日々がとても苦しく辛かったので。
軸がないと、何が辛いかというと、日本にいてもバングラにいても、どこにいても「自分の居場所がない」って感じてしまうというか。
現状を受け入れれず、主体的に日々を楽しめないんです。
そして、自分の満たされ無さを、相手(周りの人や環境)のせいにして、余計に辛くなるという悪循環に陥ります。
今回、日本に帰っても初めのうちは、全然ハッピーではなく、私の居場所はどこ?日本なのに私の居場所がない!私の幸せって何?って一人もがいていました。
人の言葉、「旦那さんを置いて帰ってきて悪い嫁やなぁ」とかにも過敏に反応して1人のときに信じられないほど泣いたりとか(=◇=;)
そんな何気ない言葉(でも、ペンは剣よりも強しだったり、言葉はナイフだったりするので)にも過敏に反応するなんて。
酷く弱いなぁって思いますが、自分という軸がないと、誰かの言葉にもいちいち反応して一喜一憂してしまうんですね。
言葉を跳ね返せれなくて。。
実は、ここ3年ほどの間、私は自分を見失っていて、暗く深いトンネルをただただ潜り続け、どうしたらここから抜け出せるのか分からず一人孤独にもがいていたんですが、最近やっとなぜかあるとき、気持ちが晴れていって。なんか急に光が見え始め、吹っ切れていったんです。
簡単に言うと、きっと時間が解決した、んだと思います。
心理学者の河合隼雄先生が「灯りを消す方がよく見えることがある」と著書で書かれていたり、村上春樹氏もこの言葉に同意され、「あまり直接的な、即効的な解決策を求めない方がいいのではないかと、僕も考えています。
少なくともしばらくの間は、誰かに相談したりもしない方がいいだろうと。
それよりはその「きつさ」を抱えていた方がいいのではないかと。
それを1人でしっかり抱えているうちに、何かしら自然に見えてくるものがあるのではないかという気がします。
それがおそらくは、河合先生のいう「灯りを消す方がよく見えることがある」ということなのではないでしょうか。
あまりに早く解決策を見つけてしまうと(あるいは見つけたと思ってしまうと)、人にとって大事な「心の年輪」みたいなものが、そこでうまく作られないままに終わってしまいます」と著書に書かれていますが、こういうことを言うのかなって。ちょっとだけ、わかったような気がします。(でも、暗闇の最中にいるときは、ただただ辛いだけで、いつ何かしら自然に見えてくるのか分からない)
今は、あの長い暗闇の日々が嘘みたいに、すっきりし始めていて。
どこにいてもほんとは一緒なんだなって✴︎
私という軸さえあれば、どこでも、自分の居場所になる、というか。
1人(孤独)を本当の意味で楽しめれるようにもなったり。
自分の立場と、今、幸せであるかは何も比例してないんだ、って。
ただ自分という軸がしっかりしてると、どんな状況でも立場でも日々を受け入れ楽しめるもんなんだなって。
気持ちに包容力が生まれ、リラックス出来るようになりました。
きっと、このシンプルな基盤がどっしりある人が会社のトップに立ったり、社会に流されず何かを発信し作っていく人になるんだろうな。
もう今の世の中は、流れがほんとに早くて、情報は溢れ、なんにでもすごいスピードが求められますが、だからこそ、自分という軸がないと、もうほんとに振り回され、置いてかれ、孤独の渦に巻き込まれていく人が、更に増えていくんだろうなって思います。
大変な時代ですが、もう後戻りは出来ず、ただただ自分という軸(意識)をどっしりと持つ。
自分は大きくて太い木だ、もしくは大きな山だ、とかってイメージし、急流に流されてしまわないようにしないと。
そして今の時代を、意識を高く持って生きる。うん!
こんなに流れが速い世の中で刻一刻と変わっていってはいますが、それでも、普遍的な価値観ってあるような気がします。
当たり前のことですが、忘れないように、この場に書くことにしました*てへ。
ふわぁ~~(´0ノ`*)
今日は3つもブログ上げてしまいました。暇人ですね。笑
でも、書くって気持ちがまとまるし、自分を発見できるし、楽しいですね。
いい時間の使い方だと勝手に思っています(´0ノ`*)
ではでは。
おやすみなさい✴︎✴︎