人間というのは勝手なもので、若い時には若く見られるのが嫌だったのに、歳をとると若く見られたいと思ってしまう。
ちょうど30くらいの頃、大きなプロジェクトをマネージメントする仕事を経験したが、若さ故に年配の方々からは軽く見られてしまう事も少なくはなかった。私の属する業界は昔からある業界の為に、経験値の差が大きく出てしまうからだ。
自分の意見が中々通らない事にストレスを抱えながらも正しいと思った事を信じて全力で突っ走ったものだ。当然ミスも起こるのだが、その時も全身全霊で謝罪する。そんな事を繰り返していると何とかなるものである。
逆に若いが故に助けを請う事も気が引ける事はなかったし、相手が油断してくれてこちらが逆手にとる事も多々あった。
ところが、この年齢になると若い時には中々通らなかった意見が簡単に通るようになる。当然と言えば当然なのかもしれない。それだけ責任も大きくなっているのだし、軽く見られる事も無くなっているのだから。
自画自賛で恐縮だが、これが年齢を重ねるという事なのかもしれない。
ただ寂しい事に近年では私を叱ってくれたり厳しく指導してくれた方々が次々に他界している。
ご冥福をお祈りしつつ、この先私に何が出来るのか何を残せるのかと考えてみる。
あれこれ考えているうちに、今も意見が中々通らない場所がある事に思い当たった。
家庭内では私の意見は昔と変わらず中々意見が通らない。
叱ってくれる人が少なくなってきた今、鬼嫁の存在は貴重だ。
嫁の写真を社員寮の部屋の北東部分に飾っておくとしよう。