近くのコミセン(城陽市南部コミュニティセンター)図書室企画の木簡に出会う旅に行って来ました。

近鉄京都線を富野荘駅から西大寺まで南下して、北改札から出るとすぐに西隆寺の案内掲示板がありました。

西大寺の尼寺でしたか。

歩いていくとなんと、ナラファミリーというデパートの一角に回廊跡がディスプレイされているじゃないですか!




史跡巡りがデパートの中とは思わなかったです。

例によって、一階の化粧品の匂いと店員さんの「おはようございます!」に迎えられながら…バックパックの一団は照れながら歩を進めます。




店内の丸いマークは、寺院の柱の跡なんだそうです。

結構たくさん印があって、中にはワゴンの下になってるのも見つけました。

デパートを建てる時に発見されたそうです。




しばらく歩くと隆光大僧正のお墓がありました。江戸時代の綱吉将軍に生類憐れみを進言したというあの人です。。。

エスカレートしてしまい、えらいことになったみたいですが。。。

お線香をあげて、合掌いたしました。




大極殿を眺めながら、木簡の出土した場所に行きました。なんやら、当時の給食センターのごみ捨て場だったとか。。。

土中に埋もれて紫外線も当たらず、湿地だったので酸化も少なくて保存されていたとか。。。

年代などの記載事項からいろいろわかるのだそうです。




奈良ソムリエの田中先生から、平城天皇陵が実は前方後円墳だと聞かされて!
ん、平安時代初期にそれはないよね?
宮内庁もわりと適当です(笑)




近くに仁徳天皇妃の磐ノ媛命の陵がありましたが、時間の都合で行けませんでした。
またの機会てすね。




南東の門跡です。淳仁天皇が淡路島に流される時に出立された門だそうです。。。

ん、時を超えて何かしら心動くもののあるやなしや。






最後は長屋王の屋敷跡で解散となりました!

長屋王の屋敷は奈良そごうからイトーヨーカ堂になりました。

長屋王も皇族でありながら、たぶん大商人でもあったのでしょうね♪

葉室麟さんの「緋の天空」では、光明子を巡る聖武天皇(首皇子)の悋気として描かれていましたが。

ここにも、天智系と天武系。藤原と反藤原の争いがあったのでしょうね。

奈良時代は面白いです!

京都と奈良の真ん中で暮らしているわたしですが、

今日の畿内の中心は奈良でした(^-^)/

帰りはJR奈良線に揺られて大和街道を眺めながら帰りました。
昨の土曜日に地域の方数名で近場の散策に連れだって出かけました(^^)/

過日の花見はけっこう盛況だったのですが…今回は宣伝不足もあって、集まって来られた方は顔馴染みの方ばかりでした。

居住地からすぐのところにカキツバタや花しょうぶの見られるところがありまして、話をしながらゆっくり花を愛で歩きです。




例年より花付きの少ないカキツバタの花園です。
それでも、一眼レフのしっかりしたカメラを持った方々が何人も撮影に来られていました。




こちらは、花しょうぶの蕾です。ハウスではもう咲き終り気味でしたが、露地栽培の方はこれからが出荷のようです。
葉も蕾も鋭く天に向かっていますね!邪気もこれには敵いませんです。

わたしの心も鋭く突かれたみたいです。なんかスッキリしました(笑)

里山の方へ歩を進めると…


上手になった鴬の鳴き声が聞こえてきました♪よく見ると枝に止まっていて、時おり喉をふるわせて鳴くのです。(写真では見えませんが…)




観音堂の巽畑というところの渋柿の木です!城陽市の銘木№38だそうです。小さな青い実をいくつもつけていました。
唯識論ではないですが、いのちの識を感じさせられる木です。




いよいよ、以仁王の冑が祀られたという城陽の旦椋神社に着きました。

観音堂村の産土神の神社ですが、祭神は高倉宮以仁王だとかどこかのブログで見たような気がします。
旦椋(あさくら)は校倉(あぜくら)からきているようで…もとは朝廷の穀物倉庫とかだったのでしょうか?

宇治の大久保というところにも同じ名前の旦椋神社が建っています。こちらは、古代の豪族の栗隈氏縁の神社だとか…。祭神はたしか…タカミムスヒとカミムスヒと菅原道真だったと思います。

日本の神社は古来から政治と強く結びついてきたのだなと思います。そういえば、まつりごとは「政」で「祀事」で「祭事」ですもんね。

平安時代の末期に観音堂村の人たちはどんな思いで以仁王の亡骸から落ちた冑を拾って神社にお祀りしたのでしょうか?

平家の隆盛、そして藤原・源氏連合との闘争。。。やがて源平合戦を経て鎌倉幕府の時代へと時は移っていきます。




覆殿に守られながらも、修復された痕跡もなく本殿は静かに佇んでいます。塀の白壁は剥げ落ちて寂れの感を重ねます。

それでも、空気は清く清んでいて涼やかに身を包んでいます。

日常からちょっとだけ離れたところに神様は居られて、人の営みと時の流れを見守ってくださっているような気がしました。



山わらう…春の季語ですね。

桜の花もおおかた散っていきましたが、吉野の奥千本辺りはまだ咲き誇っているのではないでしょうか。。。

訪れたいのですが…隙がない(笑)

風に散る花の行方は知らねども
                 惜しむ心は身にとまりけり

                               西行法師でしたか?


古来、わらうという文字は「笑」ではなくて「咲」であったとか。

山咲う。ですか…いいですね!

さて、西の方を眺めますと実におっとりとした色彩の夕焼けでありました。

飛行機雲が流星の如くアクセントを添えています。

天咲う。であります。




を読みました。

一枚ずつ花弁が散っていく椿が出てきます。

散りゆくものは、残っているものがあるからこそ散っていけるのだとか…。

武士の世であれ、政争の中で人らしい己の想いを貫くことの難しさを犇々と感じつつ。。。

くもり日の影としなれる我なれば
         目にこそ見えね身をばはなれず

という返歌の意味をめぐって心の中で葛藤する男たち。

恋心とは、とかく魂の暗闇を潤すものであることよ♪

散る桜   残る桜も  散る桜   とは、某和尚もうまいこと詠んだものですな。

西の方、想いは風にのってゆるやかに流れていきます。

どうか  幸せに咲っていてくだされや♪

思い思われ、恋い焦がれ。

目にはさやかに見えねども
        朝の雫に身をばうつして