図1.3次元断熱立方体中の電磁波の伝搬
これまでの議論と同様の系を考える。放射分布を求めるために、今回は統計力学の手法に倣って、電磁波が取り得る固有振動の状態数を考える。
図2.弦の固有振動
これまで同様、振動数の条件は図2より、前々回の式(1-1)
で与えられる。この振動数は、⊿=c/2Lの間隔で等間隔に配置されていることから、νとν+dν間での固有振動の状態数は
であることがわかる。この振動は3次元的に分布しているため、式(1-1)は正確には、前々回の式(1-2)
である。ここで、3次元直交座標の軸をx,y,zとして、座標が
である点を考える。sx,sy,szは整数であるため、この座標系は立方格子状になり、式(3-2)の3点はc3/(2L)3となる体積を与える球の表面に存在する。このときの、原点までの距離を求めると
となり、これを式(1-2)と比較すると、この距離が振動数を表していることがわかる。
図3.振動数の微小変化が与える球殻
こうして描かれる図3のような球殻、νとν+dν間の振動を数え上げると、状態数Z(ν)が得られる。したがって、まずはこの座標系の格子の体積を考えると⊿3=c3/(2L)3であり、またこの球殻の体積は4πν2dνであるが、sx,sy,szが整数であることから、図3の第一象限のみを考慮すれば良いため、4πν2dν/8である。さらに図2より、1つの腹に対して上下に2つの振動が属するため、求める状態数は2倍になる。これらの条件を用いると、式(3-1)の状態数は
と書き直せる。
ここまでに得た状態数を用いて、ヴィーンの放射公式を導く。前回の式(2-17)
と、式(2-23)
を用いると、どちらも断熱変化において不変であることから、適当な関数をF(x)として
と書ける。このエネルギーが、式(3-4)の振動の状態数によって分布するとして、これを体積で割ると、エネルギー密度の分布は
となる。ここで、関数F(x)の形を
と仮定すると、ヴィーンの放射公式
が得られる。ここで、kはボルツマン定数である。この式のγを適当に取ることで、ν/T≧1011の範囲で実験値に合わせることができる。
しかし、この公式はこの範囲外では実験と合わないことから、次に考えられたレイリー・ジーンズの公式を導く。まずは条件として、図1の壁面に電磁波が抜けださない程度の小さな穴を開け、熱浴と空洞間でのエネルギーが交換されて最終的につり合い状態に達すると仮定する。この場合、等分配則が成り立ち、図2の固有振動の自由度が2であるから、それぞれの振動数のエネルギー準位にkTずつのエネルギーが分配されている。よって、ヴィーンの公式と同様に、式(3-4)の状態数を用いてエネルギー密度の分布を求めると
となる。この式は、ヴィーンの公式とは逆に、ν/Tが非常に小さい領域では実験値に合うが、値が増すと途端に実験結果からは外れ始める。
出典:量子力学Ⅰ 朝永振一郎著 P.1~ 第一章エネルギー量子の発見
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
結論から言って、どちらの式も正しくない。ただし、全く以って的外れというわけではなく、片方は半分当たり、もう片方が残り半分当たりと言った様相である。実際に実験的に得られた分布の両極端では正しいということからもわかるが、現代的な視点で言うなれば、ヴィーンの公式は振動数とエネルギーの関係、すなわち波動性の議論からこの式に至り、レイリー・ジーンズの公式は、エネルギーの等分配則を用いた粒子性の議論から得られたと考えられる。真相としては、光子は波動性も粒子性も持ち合わせているのであるから、双方の議論を満たすような解答が現代的な解釈である。
しかしながら、ヴィーン自身の論文には上記のような議論とは全く違う形で記されていた。マクスウェル方程式によると、熱放射である電磁波と光が同一のものであるはずだが、ヴィーンの論文ではマクスウェル分布が用いられて、熱放射を気体分子として関数の概形を推定して、ステファン・ボルツマンの法則に合うような公式を導いている。ノーベル賞が出ている論文を否定するのは、筆者にはなかなか勇気の要ることだが、現代からすればこれはずいぶんと昔に否定された議論であるため、でたらめが書き綴られていると言わざるを得ない。だからと言って、ヴィーンの功績は無駄ではなく、実験値に寄せるように当てずっぽうを並べても、実際に史上初めての放射分布の式を得ていることに変わりはない。このような苦悩と模索はプランクに引き継がれていくことになる。
レイリー・ジーンズの公式は、実はプランクの公式の後に発表された式である。正しい結果を得たプランクの議論に被せてまで発表されたということは、要するにそれだけプランクの主張を受け入れられなかったのではないかと予想できる。そのプランクの公式は、次回に本人の論文を元に議論を展開しよう。
参考:WILLY WIEN. On the Division of Energy in the Emission-Spectrum of a Black Body.
Philos. Mag. ser5: 43 (1897) 214-220
![]() |
量子力学 I (物理学大系―基礎物理篇)
Amazon |