アナザーストーリー《第1話》潮路つづり/室蘭
──旅のはじまり、風のことば──
室蘭の朝は、少し潮の匂いが混じっていた。
港に近いこの町では、風が吹くたびに、どこか遠くの海を思い出す。
つづりはその日、ひとりで絵鞆(えとも)神社に向かっていた。
夏と秋のあいだの、少し涼しい風が、制服の裾を揺らす。
神社の石段をのぼると、誰もいない境内に、風鈴の音がかすかに響いていた。
小さな社のそばには、いつもと違う“なにか”があった。
──古びた革のノートだった。
そっと手に取ると、表紙にはうすく「旅のことば」と書かれていた。
ページをめくると、最初の紙に、ひとつの文が書かれていた。
> 「これは、“言葉を拾う旅”のためのノート」
誰が書いたのかは分からなかった。
けれど、それが自分に宛てられたものだと、つづりにはなぜか分かった。
「旅って、行き先を決めることじゃなくて、心が向くほうに歩くことかもしれない──」
そうつぶやくと、潮風がふわりと頬をなでた。
その日の午後、つづりは港のベンチで一人、船を見送っていた。
汽笛の音が響くたび、胸の奥のなにかが動き出す。
「言葉って、風みたい……形がないけど、どこかに届くのかな」
ノートの最初のページに、そう書いてみた。
絵鞆の岬に立ち、つづりは静かに目を閉じた。
誰かの声を探すように、風の中のことばを感じていた。
その日から彼女の小さな“ことばの旅”がはじまった。
---
📝次回予告《第2話》:
無人駅で出会った旅人の記憶──。
つづりは風の中に“過去の声”を見つけはじめる。




