前項では齋藤勇博士が著書『文學としての聖書』の中で論じているAuthorized Version 欽定訳の短所を短くまとめました。
本項では長所をまとめておくことにいたします。
前項同様、個々の具体例については今後、本ブログで市河三喜『聖書の英語』を読み進めていく過程で改めて取り上げてまいります。
(なお、原著では旧仮名遣い・旧字体が用いられていますが、ここでは出来るだけ現代仮名遣い・字体に修正しています)
(二)Authorized Version 欽定訳の長所(176頁以下)
1.素樸簡勁(そぼくかんけい)である
簡勁(かんけい)は余り見慣れない言葉ですが、国語辞典では「言葉・文章などが、簡潔で力強いこと。また、そのさま」*1とされています。
齋藤博士によると、素樸さは欽定訳の至る所に見出されるが、殊に旧約聖書の「ルツ記Ruth」に目立つとのことです(齋藤、176頁)
また、簡勁という点では新約聖書の「ヨハネによる福音書11章35節」が最も優れた箇所とされていますが(齋藤、180頁)、この聖句については項を改めて少し詳しく論じることといたします。
2. 殆ど全部が具体的表現である
齋藤博士は別の箇所で「ヘブル人は抽象的な、一般的な意味を有する言葉を殆ど全く有たなかった。ほとんど一々の言葉は悉く幾分か具体的である」(齋藤、134頁)と述べています。
3.英国古来の言葉が多い
「外来語でなくとも言い表し得ることならば、できるだけありきたりの言葉を用いている」(齋藤、188頁)のですが、それは「欽定訳の基礎となったティンダル訳の長所に因る」(同189頁)のでした。
欽定訳中の外来語については今後、具体的な例文の中で見て行きましょう。
4.朗々として誦すべきものである
齋藤博士は欽定訳のリズムに関して英文学者George Saintsbury (1845-1933)や詩人・哲学者のSamuel T. Coleridge (1772-1834)について触れていますが(齋藤 196-199頁)、私たち非英語国民にとってはハードルの高いテーマなので、本項では立ち入らないことにいたします。
*1 http://kotobank.jp/word/簡勁-469597