目的をすり替えてる私たち
世の中にはたくさんの「願いを叶える方法
」がタイトルについた書籍が
いっぱい売ってあって
本屋さんに行くたびに、「願いを叶える方法
」があるんだ!と認識するようになって、
そのおかげで「願いを叶えるには方法が必要なんだ
」と思うようになって、
いつの間にか私たちは「方法」を
探し求めるようになってしまったのでは?! って最近思うようになってます。
著者があれをした、これをした、と言われる、いわゆる「Tips」のほう。
本を読んでみては、「うーん・・・・方法載ってないなー」とか
「こういうのは好きじゃないんだよねー」とか
「やってみたけど全然願い叶わない」とかになっちゃって
また別の「方法書かれてそうな本」を探し出す。
この、目的と手段をいつの間にかすり替えちゃうっていうのは、
あまりにもナチュラルにスライドしてしまうので、
ほんっとーに「手段」にばっかりこだわって
「目的」を見失ってグダグダになるってことが、よくあると思う。![]()
見栄えのいい手段、自分に都合のいい手段、そういうのばかりにこだわっちゃうというか。
その、目的と手段をすり替えてしまう自分に気付けるようになったのは、
やっぱりノートを使って自己対話する習慣が付いたからだし、
自己対話でも「ムダな対話」になってると、とってももったいない。
なんなら、その自己対話のノートすら、
「やれば願い叶うんでしょ?」
「書いてれば、理想の自分になれるんでしょ?」
って思っている人がいるのかも知れない。
(
やっぱり、書いていて「こういう在り方」になってしまってる人には
仮にどんなにいい方法に巡り会えたとしても
「気付かないで終わる」気がする。大切なことに。)
「さっさと願いを叶えられる自分になるにはどうしたらいいかな?」
っていう方に、想像と創造のエネルギーを使うようにする。
そういう在り方で、世界を見てみる。
真由美さん のオンラインサロンに入ってから
日常の中で「設定変更仲間たち」に会う機会が増えて、話をする機会も増えて、
その度に感じてきたこと。
「方法じゃないな」ってこと。
そして、カンタン
なのが、ホントなんだなーってことです![]()
カンタンに出来ない、したら困ってしまう理由が何かしら自分の中にあって
自分が全部、その先の展開をせき止めてるだけなんだなと痛感。
何がどうカンタンだと感じたのか、また書いていきたいと思います![]()

