設定変更

 


notebook lovers_


 

 

設定変更仲間に会うことは、とっても嬉しいニコニコキューン

 

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設定変更もノートも大好き飛び出すハート 

だけど、大好きだからといって、

誰かに見せびらかすとか、

ましてや自慢げに語るとか、

いつもいつも追っかけてる、みたいな、

そういうのはまた別のもので。

 

例えば過去「私も設定変更をしてます」

っていう表現をした時の自分に、

なんとなくだけど

違和感があったのを思い出した。



 

「設定変更」のどんなところが好きで、 

どんなところに魅力を感じてるんだろう?


 

もう7年くらいになるけれど、

生活の一部になってる目がハート

 

 

目の前の「現実」は、

紛れもないこの「私」が創り出していて

その現実の「ソース(源)」を放っているのが、

私が持っている 

「言葉に乗せている設定」ということを知った!

 


しかもこの「設定」は、

自分好みに変えていけるし、

変えていける飛び出すハートということは

人生を好みにクリエイトしていける、

ということ!

とゆーーーことは?? 


そもそも、「私」とは?

源とは?「全て喜び」とは? 

「生きる」とは?

 

日常でただの「会話のための音」

として扱って来た

「言葉たち」に乗せている

フワッとしたエネルギー

(現実化の材料、って感じ)を、

その都度、 

じっくり言語化して来ました。

 

設定変更は、知識でありツール。 

さきこさんという存在から、学んだ知識。

知識も、知恵も、

なんなら資格も、学びも、

それそのものに価値があるというより、

やっぱりそれらを

「自分で自分の人生(生活)」に取り入れて、

生かしてこそ、

初めて価値を生むんだろうと思う。

 

 

自己顕示欲のために知識を使うのではなく、

承認欲求のために知識を使うのでなく、

ただただ、

「今、ここの私の幸せ」 

のために使う。生かす。

だから、私にとっての、

より良い人生のために、

「設定変更」という知識を使うし、

「ノート」というツールを使うニコニコ



 

設定変更、という知識を通じて、 

ノートを使って自分の現実、

自分を知り、自覚し、

イマジネーション(想像)と 

クリエイション(創造)という、 

神様から与えられた

素晴らしい機能を使って、

この人生における

私という個を楽しもう、 

という在り方を持って生きる。

個で感じられるもの全て、

魂が肉体を持つ喜びなんだよね。

 

言葉にするとこんな感じになるけれど、

頭で考えるより先に、感覚でわかってくる。

それが、毎日の「お稽古」の賜物なんだと思う。

 

数日前に、 

「もっとちゃんと、自分の事したい」

って強烈に感じたのだけど、

ちゃんとする、という言葉は、

ルールや規則、社会人としての常識、

を守らないといけないことのようで、

時に窮屈に感じる事がたくさんあった。

そういう意味での「ちゃんとする」じゃなくて、

 

「ちゃんと自分の事する」という響きには、

自分の人生に対する、

肚の座った「愛情」を感じる。


この瞬間、これまでうるさかった思考が、

主導権を放棄したように思えたんだ。笑

周りから見ても、

何がそんなにドラスティックに

変化したかどうか

絶対にわからないことであるけれど、

私にとってこれは、

ひとつの「政権交代」ぐらいの

瞬間だったと思う。笑

 


 

まず、「感じる自分」  

で在ることの方が絶対に先。

その後で、その

「感じたもの、言葉にならないけれど、

ここに感じている何か」を

言語化して、

物質化するために、ノートを使う。

そこから先に、

「設定変更のための、ノートの書き方」 

が、出てくるという感じ!

 

もう8年ぐらい、それを続けて来て、

もう何年も

「ノートがあってよかった」

「設定変更に出会えててよかった」 

と思え続けている飛び出すハート

そして、設定変更を通じて、

仲間達に出会えることの喜び、幸せ。

嬉しいなー^^