スタバには寝てる娘をつれて
小児科の帰りに何度か寄った
ことはある。

だけど今日は娘と一緒に
ワッフルを食べてみたすたば
キッズチェアは娘に拒否
されたから、エルゴ付けた
ままで娘を脚に座らせた。
エルゴは食べこぼした
ワッフルでいっぱいになって
しまったから、はらうわけ
にもいかなくてリュックに
しまって、片手で抱っこして
少し買い物した。

夫が休みで迎えに来てくれる
から出来たことだけど、
娘も楽しそうにしてたあげ
カップをみたら初めてメッセージ
が書いてあったお~きらきら



でもワッフルが娘には甘すぎる
から、すたばはやめておこうかなん~・・・。
9月10日(土)
お昼頃から娘がやたら
ほかほかしてる気がした。
お昼寝のあともグズグズ。
やっぱり身体もいつもより
熱いから体温を計ってみたら
38度あった。

ぐったりはしてないけど、
いつもより早く寝た。
熱いからか、夜中と早朝に
泣いて起きた。


9月11日(日)
いつもは朝までグッスリだから
私も睡眠不足で頭痛する。

食欲はいつもよりはないけど、
まあまあ食べれた。
ただ、あまり自分で食べようと
しない。

お昼寝のあと、バナナとキウイ
とフォローアップミルクの
スムージーをおやつ代わりに
飲ませた。
少しぼーっとしてるかな?って
感じだったけど、寝起きだから
かなぁと思ってた。
ばあばが17時半頃に体温を
計ったら39.2℃まで上がってた。
1時間後に39.4℃まで上がってて
電話相談に電話してみた。
水分をとにかく取らせるように
ということと、月曜日に
念のためかかりつけの小児科に
行くように言われた。
せっかくの400日目だったけど、
記念撮影はやめた。

夜中に何度も泣いて起きた。


9月12日(月)
小児科に行った。
まだ発疹が出てなかったので、
抗生物質と熱が下がらなくて
困ったとき用に解熱剤を
貰って帰った。

熱は38℃くらいまでになった。

夫がビールを飲んだ。
熱性痙攣とかなったら
どうするつもりなんだろうか?
父親としての自覚の無さと、
一本ぐらい大丈夫という謎発言
に幻滅。

夜、発疹が耳の後ろに出てる
のを発見。

夜中一度、泣いて起きた。


9月13日(火)
だんだん発疹が増えてきた。
熱は下がってきた。


9月14日(水)
発疹は少しだけ顔や腕、脚
にもでた。
夜だけ微熱っぽかった。


9月15日
予防接種と1歳児健康診査
のため小児科へ。
突発性発疹と診断された。
身長は平均くらい、体重は軽め。
発達は1歳1か月にしては
色々出来てるらしい。
予防接種は延期になった。
いつも娘を寝かしつけ中に
娘より先に寝るから、
blog更新出来ない。。。

最近、色々なものを指差して
「これ!」
「これなン!」
と言う。
『これは何?』と言っている
らしく、知ってるものでも
何でも指差して聞く。
とにかく答えてほしいらしい。
猫のぬいぐるみを抱っこして
「かーいラブラブ
と言ってる。
『可愛い』と言ってるんだろうな。
娘の真似をしたら、ケラケラ
笑って色々手を動かして
私が真似をするか見てるニコニコ
たまに全身に力を入れて
イーって強張らせることがある。
これはよく解らない。

最近のお気にいりは
フォローアップミルクで作る
スムージースターバックス・バニラフラペチーノ
あんまり朝食べなかったら
午前のおやつに飲ませる。
あとは、コロッケや揚げ物
が結構好きらしい。
相変わらずブロッコリーと
もやしは鉄板で手掴みで
モグモグ食べてるご飯
時々スプーンやフォークで
掬って食べることもあるけど、
大体掬って手でつかんで食べる。
コップで飲みたがるように
なったので、ガラスのお猪口で
練習中。



ご飯離乳食で食べたものご飯


70の前開きの肌着をパジャマ
として着せていたけど、
いよいよ小さくなってきた
なぁと思っていたけど、
身長がぐんと伸びてたんだなキョロキョロ
80㎝ありそう。
よく食べるもんな。
9月3日(土)

早朝4時頃、母が部屋に来て
「お祖父ちゃんの容態が
急変したから病院行ってくる」
と言って出た。
5時頃、亡くなったと連絡が
あった。

13時に納棺、18時からお通夜
と決まり、妹に連絡した。

娘にご飯を食べさせ、
バタバタと用意して、
足りないものを途中で買って
13時を過ぎて葬儀場所に到着。
納棺にも間に合った。
そこで7年ぶりくらいに父に
会った。
父は私に気づかなかったらしく
神妙な面持ちで会釈した。
髪も殆ど白髪で、病気をした
せいか痩せて皺も出来て、
父は実年齢より老けて見えた。

納棺が終わって、母から
私だと聞いてびっくりした
父に顔をガン見され、
「顔が違う!」
と意味不明なことを言われた。
その後、娘の世話をせかせかと
していた私に
「母親の顔になったな」
と半泣きの顔で言いながら
頭をポンポンしてきた。

お通夜の最中、娘がグズって
泣き出したので外に出た。
近くをウロウロしてたら
寝てしまって、このまま朝まで
寝るかなぁと思ったら、
お腹いっぱいじゃなかったし、
部屋では父が大きな声で話す
から起きてしまった。
夫が迎えに来きて、家についたのが
20時半過ぎ。
軽く食べさせてしまってたし、
フォローアップミルクと豆乳で
ベリースムージーを作って
飲ませて終わりにした。


9月4日(日)

10時から告別式、13時にお骨あげ。

バタバタと準備をして
なんとか10時の告別式に
滑り込んで間に合った。

泣くかと思ったけど、
病院で1年点滴で生きてたこと、
本当なら会えるはずのない曾孫
に会えてること、
本当なら誰にも世話をして貰えな
くても当然だったけど、
必要最低限の世話や助けは
あったこと、91歳という年齢
を思うと、涙は出なかった。
ただ、実の息子の父には本当に
何もして貰えず、お見舞いも
ほぼきて貰えず寂しかった
だろうなと思う。

お祖父ちゃんの棺に入れる
ために持っていった帽子は
結局入れられなかった。



1日考えて、夫と話して、
四十九日の納骨は行かないこと
にした。
母は行くらしいので、
何かお供え物を持っていって
貰おうと思う。


妹の旦那さんの伯父さんが
亡くなって、お葬式があった
そうだ。

もうお葬式が続かないといいな。